白の姫

入江 涼子

第1話

 ある所にトワイライト王国と言う国があった。


 王は名をオルブライトと言い、妃はカレリアと言った。二人は仲睦まじく、王女と二人の王子をもうけている。その内、王女は珍しい白銀の髪と銀色の瞳を持って生まれた。けれど、オルブライト王とカレリア妃はどちらにも似ていない王女を受け入れられずにいた。そのためか、養育は乳母任せでろくに相手もせず、放任する始末だった。しまいには「汚らわしい、姿も顔も見たくない」と言い、乳母とわずかなメイドだけを同行させ、王宮から離れた戒めの塔に追いやる。ちなみに、戒めの塔は罪を犯した王族や貴族を幽閉させるために建てられた。が、王女は何一つ罪を犯してなどいない。ただ、姿形が両親に似なかっただけだ。乳母達は二人が王女を忌み嫌って監禁させたのだと内心で思う。皆、不憫な姫様だと憐れみを持ちながら王女のお世話に勤しんだのだった。


 王女はすくすくと育ち、乳母達からは白と言う意味がある『ビアンカ』の名で呼ばれていた。彼女の名はカレリア妃の実母もとい、祖母のエレイナ公爵夫人が付けてくれた。肉親の中でエレイナ夫人だけはビアンカを気に掛け、時折は手紙やお菓子など贈ってくれている。

 ビアンカは乳母達やエレイナ夫人の尽力などもあり、あまり悲観せずに日々を逞しく強かに生き延びていった。気がつけば、彼女は十九歳になっていた。


「姫様、今日も祖母君から手紙と薬草、食べ物が届きましたよ」


「そう、またお礼の手紙を書かないといけないわね」


「はい、祖母君は昔から姫様に親切でいらして。有り難い事です」


 そう言って、乳母のバーバラや娘でメイドのフェデル、同じくメイドのマリアはビアンカを優しく見守る。ちなみにバーバラは今年で五十歳、フェデルが二十二歳、マリアは二十三歳になっていた。また、祖母もとい、エレイナ・ライル公爵夫人は七十二歳だ。

 ビアンカは早速、エレイナ夫人にお返事を書くために準備を始める。慌ててマリアも近づき、手伝う。インクやペン、便せんに封筒などを机の上に置いた。一通り、出来たらビアンカは椅子を引いて座る。手紙を書き始めた。


 <お祖母様へ


 このたびは薬草や日用品など、いろんな物を頂き、ありがとうございます。


 本当にお祖母様のご厚意がなかったらと思うと何もお返しできないのが心苦しいですが。


 でも、何とか乳母や達とこれからもやっていこうと思えました。


 では、敬愛するエレイナお祖母様へ


 ビアンカ・トワイライト>


 一応、手短にしたためた。あまり、長々と書くとあちらに迷惑が掛かる。ビアンカはペンを置くとインクを乾かす。祖母に届けさせたのだった。


 翌日、ビアンカの元に一人の客人が訪れた。乳母のバーバラが応対する。


「ビアンカ様、お客様がいらしてますよ」


「え、どなたなの?」


「……それが祖母君がおいでになっています」


 意外な人物な事にビアンカは驚きを隠せない。バーバラは苦笑いしながらもマリアに指示を出す。


「マリア、あなたはビアンカ様の身支度をお願いね。私はフェデルとで祖母君の応対をするから」


「分かりました、バーバラさん。ビアンカ様、こちらに行きましょう」


「ええ、分かったわ。お祖母様には少し待っていてほしいと伝えて」


「はい、そうお伝えします」


 バーバラが頷くとビアンカはマリアと二人で奥に行く。身支度を始めるのだった。


 一時間もしない内にビアンカはエレイナ夫人が待つ塔の二階に向かう。こちらに、来客用の応接室があった。

 階段を降りて中に入ると、専属のメイドや護衛騎士を従えた一人の老婦人がソファーに腰掛けている。バーバラが淹れた紅茶を優雅に飲みながら、待ち構えていたようだ。


「……あの、お祖母様。よくぞいらしてくださいました」


「……あら、ビアンカ姫。お久しゅうございます。お元気そうで何よりです」


「お祖母様、昔のように「ビアンカ」と呼んでくださいな。姫を付けられると何だかよそよそしい感じがします」


「そうね、分かりました。ビアンカ、お久しぶり。以前に会ってからだと五年ぶりになるわね」


「はい、本当にお久しぶりです。けど、お祖母様の方から来るのは珍しいですね。何かあったのですか?」


 ビアンカが単刀直入に言うと、老婦人もといエレイナ夫人は真顔になった。持っていたカップをソーサーに戻す。ちらりとメイドや護衛騎士達に目配せをする。それだけで察したらしい彼らは一礼をして静かに退出していった。

 後にはビアンカやエレイナ夫人、バーバラの三人だけが残る。エレイナ夫人はおもむろに切り出した。


「察しがいいわね、ビアンカ。さすがは我が孫と言うべきかしら。今日に来たのはね、理由があるからよ」


「理由ですか」


「あなたに縁談があってね、隣国のブルーアイは知っているでしょう?」


「はい」


「そちらの王太子殿下との縁談でね、来年の初夏頃には嫁ぐ予定なのよ。そのつもりでいてちょうだいね。本来はあなたの両親が伝えるべき事なのだけど」


 そう言って、エレイナ夫人はため息をついた。バーバラが気を使い、新しい紅茶を淹れ直す。ビアンカは両手をぐっと握り締めた。


「……わざわざ、ありがとうございます。お祖母様」


「いいのよ、ビアンカ。あなたが隣国に嫁ぐとなると簡単には会えなくなるから。だから、私の方から行く事にしたの」


「そうですね、これが最後になるかもしれませんね」


 ビアンカは泣きそうになるのを我慢する。エレイナ夫人はすっと立ち上がり、こちらへやって来た。隣に佇み、ビアンカの華奢な肩や背中に両腕をそっと回す。優しく抱き締めた。


「……ビアンカ、あなたは今まで十分に我慢してきたわ。今だけは好きなだけ、泣きなさい。ここには私やバーバラしかいないから」


「うん、私……」


 ビアンカは嗚咽の声を出しながら、ボロボロと大粒の涙を流した。バーバラも「姫様!」と言ってもらい泣きしている。エレイナ夫人はビアンカの背中を擦りながら、沈痛な面持ちでいたのだった。


 ビアンカはエレイナ夫人が帰ると、バーバラと二人で三階にある自室に戻る。マリアやフェデルはこちらの壁際に控えていた。


「マリア、フェデル。お祖母様が先程までいらしていたの」


「はあ、何か大事なお話だとはバーバラさんから聞いてはいましたけど」


「うん、実はね。私の縁談が決まったとおっしゃっていたわ。確か、お相手はブルーアイ国の王太子らしいのよ」


「ブルーアイのですか」


「フェデル、どうかしたの?」


 ビアンカが首を傾げると、考え込んでいたフェデルは我に返ったらしい。慌てて表情を引き締めた。


「あ、すみません。ちょっと、ぼうとしてしまって」


「それはいいんだけど」


「……ビアンカ様、あの。僭越ながらブルーアイの王太子殿下はあまり、良い噂を聞きません。確か、放蕩者で無類の女好きだともっぱらの評判です」


 フェデルが告げるとマリアとバーバラがスンと真顔になる。ビアンカは二人のあまりの豹変ぶりに驚きを隠せない。


「そう、よくぞ教えてくれました。フェデル、今から王太子殿下を始末して来ましょうか」


「うん、あたしも母さんと一緒に行くわ」


「私も付いて行きます、フェデルさん、バーバラさん」


 三人共、なかなかに良い笑顔で物騒な事を言っていた。ビアンカは慌てて三人に制止を掛ける。


「ちょ、ちょッと待って!!早まらないでよ!バーバラ、フェデル、マリア!!」


『止めないでくださいませ、姫様』


 三人は綺麗にハモリながら、部屋を出ようとした。仕方なく、ビアンカはため息をついた。


「あのねえ、三人共。王太子殿下を殺ったりしようものなら、トワイライトとブルーアイの間の外交問題に発展しかねないわ。私の嫁ぎ先になるのに。行かず後家にでもならせたいの?」


「……申し訳ありません、ビアンカ様。私共がどうかしていました」


「わ、分かってくれたのならいいのよ。さ、来年には行かないといけないし。今から準備を始めましょう!」


『はい、御意に!!』


 またも、綺麗にハモリながら三人はビシッと整列した。ビアンカは少し疲労感を覚えながらも荷造りなどを始めたのだった。


 

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