【〇月×日 11:05 都内某所の小学校駐車場】


――話が上手くまとまってよかったですね。


「まあ、まだ油断できませんけどね。後日『やっぱりあれは無しで』なんてお断りをされる事もあるので」

 学校を後にする車の中で、そうは言いながら田中氏の表情は少しホッとしているようだった。

「まあ、ビターエンドやハッピーエンドの場合はまだ良いのですが、サバイバル系やバッドエンド系ですとか、同じ教室案件でもバトルロワイヤル物は本当に難しいですね」

 その後もお勧めというトンカツ屋までの車中で、様々なセッティングの苦労話を聞けた。


 転移と言ってもその準備やサポートで様々な業務がこの後待っているらしい。

 例えば転移のタイミング一つとっても、主人公がいれば適当に魔法陣を展開してしまう事もあれば、『教室に生徒全員と頼りない副担任が揃った状況』をどうにか作り出す事もあったという。

 魔法陣も出現させるだけなのか、文字を光らせるのか、回転させるのか、途中で変化させるのか……といった風にクライアントの要望に応じた調整も行うそうだ。

 一部はオプションの別途料金という事もあり、追加契約を取り忘れた部下の尻拭いも結構多いらしい。

「クライアントも有料オプションをわざと後になって言ってくるケースが多いんですよ」

 気持ちはわかるんですけどね……と田中氏は言いつつ、自分の作品に必要な事なんだから、必要な所にはきちんとお金はかけるべきだと主張する。


――ほかにこう言った調整で苦労される事はあるんですか?


「そうですねえ……クライアントさんが随分話を進めた後で、転移させた人を『無かった事に出来ないか?』とか言ってきたり、転移のオプションで設定したチート能力を取りやめたいとか追加したいとか……そういう事を言ってくる場合はありますね」


――それは……作品の根幹に関わるお話では?


「そうですよ。転移させた人たちが思ったように動いてくれなかったり、予定と違う動きを始めたりとか……まあそういう事はよくあるらしいですね。おかげで当初の設定が足枷になったり、逆に便利過ぎて話の組み立てが出来なくなる事も多いらしいんですよね」

 帳尻合わせや仕切り直しで、当初と違うストーリー展開になる事も良くあるそうだが、そこでドツボに嵌って身動きが取れなくなる事も珍しくないのだという。


――ああ、もしかして長期間更新や刊行の無いお話というのは……


「まあ、全部とは言いませんけどね、そういうケースもある……という事ですよ」

 なるほどなあと思った所で、田中氏は着きましたよと言いつつ、車を左折させて駐車場に入る。

 11時半という少し早めに着いたおかげで、駐車場内は程々に塞がっている感じだった。

 あまり行列が好きではないので、すぐに座れそうなのは助かる。

「ああ、私も行列は嫌いですね」

 ……また思った事を口にしていたらしい。照れ隠しも含めてとっさに質問をぶつけた。


――東京の人、どうしてあんなに並ぶの平気なんでしょう?


「我慢強いですよね、本当に。あれ?という事はアクアさん東京出身ではないんですか?」


――実は和歌山県出身です。父はそこでオリーブや柑橘作ってます。


「あー、ちょっとそれ羨ましいなあ……お父さん、人気者でしょうね」


――まあ、典型的なラテン気質なんで、当たり前のように溶け込んでますね。


 その後田中氏は私の父の事をやたら聞きたがる。

 どうもIターンの田舎暮らしに憧れがあるらしい。実家は何をしているのかと聞いてみれば、両親とも会社員さんで、ご両親は定年後は田舎暮らしをしようと準備しているのだとか。田中氏もその話に触発されて、最近興味を持ちだしたらしい。

「仕事でもスローライフの作品は、いいなあと思っていつも話を聞いているんですよね。バトル物の作品に関わると、殺伐とした世界に接してこっちも荒んでくる事がありまして、余計に憧れがあるのかな?って思います」


 サービスランチのヒレカツ定食を二人とも注文し、ゴマ摺りでゴマの潰れる音と感触に心躍らせつつ、田中氏の淡々と話す内容を記憶に刻む。


――先ほど少し話に出ましたが、転移者のご家族へのケアとかも業務範囲なのですか?


「正確に言うと範囲外ですが、ご家族へのケア要員へのサポートは行っていますね」

 何せコンサルなのでと少々自嘲気味に田中氏は言うが、残されたご家族への人知れず行われているケアは気が重い仕事なのだろう。

「華々しく活躍する転移者達はまだ良いと思います。役割があったり使命があったり、良くも悪くも注目を受ける立場にいますからね」


――当然ながら、ご家族はそうではないと……


「クライアントさんが残されたご家族について語ったり救済を行う場合もありますが、そもそも異世界転移が『不満や絶望のあるここではないどこかに行って、転移先で活躍する』という形が多いために、無視したり蔑ろにしたり、時には破滅を望むといった生臭いケースもありますからねえ……」

 クライアントさんに作品が『そういうもの』と言われれば、それまでなんですけどね……と続けて田中氏は言葉を濁す。


――そう言う報いが来るのを望むというのは、いわゆる『ざまぁ』という展開というものですか?


「そうですね……ありていに言えば。確かに問題のあるご家庭ですとか、主人公さんたちの境遇には考えさせられる事もあります。残された方々への因果応報は仕方ない事もあります」


 そのタイミングで料理が運ばれてきたので、一旦話は打ち切る。

 それまでの話の内容はともかく、空腹に衣がはぜる音と立ちのぼる香ばしい匂いが早く食べろと急かしてくるようだ。

「まあ、食べながら話しましょうか」

 にこやかに提案する田中氏の言葉に否応は無く、私も遠慮なく箸を手に取った。


――ほかにどのような課題が?


「課題ですか……そうですねえ、残されたご家族に『本当のことを言えない』というのは中々大変です」

 原則関係者以外は口外禁止というのが業界の鉄の掟だと、少々おどけて田中氏は言う。


 けどその守秘義務の壁の厚さは、私が子供時代遭遇した異世界転移事件の時も良く感じたものだ。

 あの時は中学校の同級生がある日失踪し、その消え方から異世界転移と騒がれたが、結局何も判らずじまいで終わってしまった。

 情報提供を呼びかけるビラをご家族が駅前で配っていた姿は、今でも記憶に焼き付いている。


 今の仕事を始めた頃に伝え聞いた話でも、情に流されてご家族に転移後の話を言ってしまい、その後東京湾に浮かんだり、軽装で冬山遭難をした事例を確認している。

 ちなみに私の取材も異世界転移関係者への取材や裏取りは禁止。守秘義務に関する分厚い誓約書にサインもした。

「取材の人も大変ですね。まあ、私も色々嗅ぎ回っていた新聞記者さんですとか、フリーのジャーナリストさんが突然退職・・・・されたなんて話もよく聞きます」


 ……どうやらまた心の声をそのまま口にしていたらしい。変に警戒しなくていいから助かりますよと、あまり有難くない信頼を田中氏からは得たみたいだが。


 それからも守秘義務に関する苦労話が続き、時たま戸籍抹消にならない転移者もいるら話も聞く事が出来た。

「能力次第では簡単にこちらに帰って来る人もいるんですよ。しかも主人公でもないのに」

 主人公クラスはクライアントも把握していても、モブや数合わせ要員は把握していない場合が多いそうだ。田中氏も何人か接触したが、総じて日本で静かに暮らしたいという事で、こっそり戸籍の改編や移住先の斡旋あっせんを手伝ったりもしたという。

「基本そう言った方々は巻き込まれただけですからね。転移に巻き込まれて人生を大きく狂わせたわけですから、それ位のサポートはします」


 その後、アフターコーヒーをまったり飲みながら、物語に巻き込まれて日本に生還した話を、具体的な事は伏せながら聞く事が出来た…………

 残念ながら個人の特定に繋がるので、聞いた話の内容は書けないのを申し訳なく思う。

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