ドキュメント密着取材『異世界転移コンサルタント会社 ウィルビー』

夕凪沖見

【〇月×日 9:30 都内某所のコインパーク前】


――どうもこんにちは、本日は取材の機会を頂き有難うございます。


「ああどうも、なんか緊張しちゃいますね……あ、ちょっと失礼」


 そう断りを入れると、名刺を差し出す前に電話の応対を始める。

 どうやら新規案件のようだ。断片的に聞こえてくる『病弱な中高生の女の子』、『チート付与』や『魔法は制限付き』と言った単語から、ある程度内容は察する事が出来る。


 異世界転移コンサルタント会社。噂にはよく聞くが、守秘義務の分厚い壁の向こうにいて、中々その内情を知る事が出来ない仕事だ。

 今回ようやく取材の機会を得たのだが、出版社もフリーランスの私を雇う辺り、何かあればすぐ切り捨てる魂胆を感じる。まあ、こちらとしても独立系ジャーナリストとしていい足掛かりにさせて貰えるので、お互いWin-Winといった所か……

 そんな事を考えていると、電話を終わりの挨拶を交わす声が聞こえてくる。


「すみません、急なお客さんが入ったらしくて……」


――お忙しそうですね。


「まあ体力仕事ですからね、もう二十六連勤なので、いま労基に入られたらヤバいかもです」


 そう笑いつつ、ようやく交換できた名刺には『㈱ウィルビー 本店営業課 営業主任 田中秀夫』とあった。

 勝手な先入観だが、こういった異世界手に関連の仕事に関わる人の名前は、もっとこうキラキラした変わった名前の人が多いと思ってしまう。


「ハハハ、良く言われますけどね」


――……申し訳ないです。声に出てましたか……


 お気になさらずと交換した名刺を見て、田中氏は私の顔をまじまじと見る。初対面の人から向けられるこういう視線には私も慣れている。

 父親譲りの日本人離れした容姿と、すこし関西訛りの標準語。自己紹介の度に『お前何人やねん!』という言葉と共に裏拳を食らったものだ。

「フリーライターのアクア・タティタさんですか。……あの、ご出身は?」


――あ、私は生まれも育ちも日本です。父がイタリア出身というだけで、こんなナリですが好物はちりめん山椒とかですんで。


「ははぁ、こりゃまた面白い人だなぁ……」

 本当に愉快と言った感じで、それから田中氏は自身の事を歩きながら話してくれた。

 出身は茨城県で、都内の大学を出た後は今の会社に入って8年目。未だ独身で都内のワンルームに一人暮らしという、何の変哲もない、どこにでもいる会社員だ。

「まあ、家には寝に帰っている感じですからね。少し油断するとすぐにゴミ屋敷になってしまいます」

 趣味はサッカー観戦だというが、最近はそんな気も起きず、応援グッズは妹夫婦に譲ってしまったそうだ。


――立ち入ったお話かもしれませんが、彼女とかは……


「去年別れました。大学時代からの付き合いだったんですが、営業主任になって部下の面倒見る事も増えましてね……おかげで自分の時間もどんどん無くなってしまいまして……」

 忙しいからとデートを先延ばしにし、大事な話があるという彼女の電話口での訴えに曖昧に返事をしていたら、ある日別れを切り出されたという。

「別れないならそろそろ結婚をという話だったけど、どうしてもその気になれなくて……」

 まあ、自業自得だよねと自嘲気味に言う田中氏の横顔は、やはりどこか寂しげだった。


 コインパークに停めてあった営業車に到着すると、田中氏はちょっと待っててと言い置いて清算機に向かう。

 車は白いトヨタのアクア。車体側面に会社名の書かれたどこにでもある営業車だ。

 これから聞きたいことを頭の中で整理していたら、ロック板の下る音がしたので目線を上げた。

「お待たせしました」

 そう言って戻って来た田中氏は、自販機で買って来たらしいペットの紅茶を私に手渡す。

「あ、コーヒーとかの方がよかったですかね?」


――いえ、お気遣いなく。むしろ取材させて頂く側なので、そこまで気を遣って頂かなくても大丈夫です。


「いえいえ、お互い仕事ですから、タティタさんもお気になさらず」


――ああ、呼びにくいと思うので、下の名前でいいですよ。


 じゃあ遠慮なくとその後名前呼びになった田中氏は、確かに仕事のできる営業さんのようだ。

 紅茶を差し出した後も、私の食べたいものを巧みに聞き出し、美味しい店を知っているからと、昼はトンカツにしましょうと提案してくれる。

 さりげない気遣いや相手に合わせた話題選び。なるほどクライアントや部下からも頼りにされる訳だ。

「いやいや、つい安請け合いして要らない苦労を背負う、損な商売しているだけですよ」

 苦笑いを浮かべてそう答える田中氏は、あまりそういう風に人に認められることがないので、素直に嬉しいという言葉を口にする。


――ちなみにこれから伺う仕事はどのようなものですか?


「ああ、業界では『教室案件』と呼んでいるやつですね」


――教室案件?ですか。


「ええ。学校の教室にいる生徒さんや、たまに先生まで巻き込んで異世界転移を行うというものです」


――なるほど。そう聞くだけで結構大変そうですね。


「まあ、意外とよくあるケースなので、そこまで難しいものではないですよ」


 今回の場合、とある小学校の特殊学級の生徒を対象としていて、異世界転移時のチート能力付与で十八歳になり、さまざまな特殊能力を得てハンデを克服して異世界生活を謳歌する流れなのだという。

「初期設定はハードですが、転移後はどちらかというとスローライフ系ですね」

 先日学校には連絡を入れ、今日の打合せになったのだという。

 初期設定が特殊なため、クライアントの望む学校を探すのに苦労したらしい。

「元々ハンデを背負った子供たちですからね、転移後に苦労するのは学校側としても受け入れ難いとかで、話も聞いてくれない学校が殆どでした」


――実際、転移後に日本に戻ってこれるかも重要だと聞いたことがありますが……


「そうですね、戻ってこれるのであれば協力して頂ける関係者が多いのは事実です。帰って来れないとなると……合法的な範囲・・・・・・でどうにかするしかない時もありますね……」

 ちょっと怖い話になりそうだったのでそれ以上は突っ込まない事にした。


 車は幹線道路から住宅街に入る。やがてカーナビが目的地周辺であることを告げ、田中氏は校門の前で車を停止させる。


 鉄扉が開く音に驚いて、電線にいた雀が一斉に飛び立った。

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