第19話 ゲーム

 白猫と黒狐は《恋人》がくれた地図を頼りにゴーストタウンから北東へ進んだ隣町へと来ていた。色々話し合った結果、《恋人》は来るべきでないとなった。揉め事になれば助けられない可能性もあり、交渉も上手くいくとも限らない。


 ここは極平凡な町で特段賑わった様子もなく、人通りもポツポツとしかない。

 それは白猫と黒狐にとってはもっとも嫌がる街だった。人が少なくそれなりの規模の町だと、どうしても通り過ぎると顔を見られがちなのである。となれば、耳と尻尾が目立つ彼女達は一目散に通報されてしまう。故にさっさと目的だけ果たして先へ行こうと2人は話し合っていた。


「けど、こんな近くに敵のアジトがあるって何か不穏だな」


「罠?」


「聖女さんが嘘を言うと思えないけど、何かな……」


 白猫と黒狐は世界中を旅する風来坊である。仮に敵組織が偶然彼女達を見つけたとしても外国である場合が多い。実際、ゴーストタウンに立ち寄ったのも偶然で、《恋人》が裏切ったのも偶然、隣町にアジトがあるのも偶然。果たして偶然なのかと思っている。


 とはいえ、考えても仕方ないので早歩きで目的地へ進む。そこに到着するのに10分も要さなかった。住宅の中に不自然に1つだけ高いビルが建っているのである。明かりは点いておらず、入り口前に警備の1人もいない。2人が近付くとガラスドアが勝手に開いた。

 彼女達は足を踏み入れずに顔だけ覗かせる。


 ロビーも暗く人の気配がない。受付の窓口にも、事務所にも人がいる様子はない。白猫と黒狐は頷いて一歩踏み出す。ドアが勝手に閉まってタイルの上をコツコツと歩く。

 キョロキョロと注意深く観察し、耳も立てて僅かな音すらも見逃さない。人の呼吸、心臓の音すらも拾おうと必死になるも、やはり人はいない。


「どういうこと?」


「既に無人なのか?」


 2人は任務に失敗したのでアジトを捨てたと考える。一応、《恋人》の話によれば《審判》はビルの10階の会議室にいるとのこと。ならばそれを確かめるまでは帰れない。


 廊下の奥にある階段を使って上階を目指す。各階に上がる度に不意打ちを警戒して黒狐が用心するも敵は来ない。白猫は後ろを気にして上がるも敵は来ない。本当に無人だった。


 おかげで10階に来るまで何事もなく終わる。廊下に出るといくつもの扉があるが、一番奥に両扉があった。上には小さく『会議室』と書かれている。

 彼女達は音を殺して歩き、扉の前に立つ。そして、黒狐は足で扉を蹴飛ばして開けた。


 ドン、と開け放たれて扉がふらふら揺れる。会議室の全貌が見える中、彼女達の足が止まる。一番奥の席で茶色のコートを羽織った白髪の老人が椅子に座りながら手を組んでこちらを見据えていたのだ。


「ノックも出来ないとは、常識がないな」


「お前が《審判》か」


 黒狐はなるべく怒りを抑えて話す。


「人に名前を聞く場合、自分から名乗るのが常識だろう」


「ふぅん。野蛮な人を送り込んで殺そうとしてくるのも常識なんだ?」


 白猫もまた怒りを露にしようとしている。それでも相手が臆する様子はない。彼女達が会議室に入ると、揺れていた扉が急にバタンと閉まった。


「単刀直入に言うが今後、聖女には手を出すな」


 すると《審判》はポケットから縦長のカードを取り出して、その中にある男女の映ったカードを机の上に置いた。向きは《審判》から逆位置となっている。


「不道徳だな。《恋人》は組織アルカナを裏切った。ならば相応の罰を受けるのが筋だろう」


「もし、聖女さんに手を出したらあなたは死よりも恐ろしい目に遭わせるから。生と死の狭間で無限の苦痛を味あわせるよ」


 白猫が低い声で言う。それでも《審判》の表情は一切変わらない。


「交渉か? それとも要求か? いずれにせよ、お前達はこちらの交渉を拒んだ。ならば、こちらも聞く道理がない」


 《審判》が《太陽》と《月》のカードをそれぞれ場に出して《恋人》の隣に並べる。


「あれを交渉と言うか? こっちに利がないのを交渉とは言わない。お前がしたのは要求だ。私達は違う。交渉だ」


「ほぉ。ならばこちらにどんな利が与えられると?」


 すると黒狐が自分を指差した。


「お前の望みは私達があの施設に送還されることだろう? だったら望み通り帰ってやるよ。それが対価だ」


「《恋人》の誘惑をなくして、お前達が何もせず黙って帰るとは思えないな」


「それはそっちの問題だ」


「これではまるで交渉になりませんね。ならば1つゲームをしようか?」


 すると《審判》は場のカードを纏める。そして、裏側になっていたカードから2枚のカードを2人に見せた。そこには逆さづりの男の《吊るされた男》と山羊頭の《悪魔》のカードが映っている。


「このカードを処分しようと思っていたのでな。ルールは簡単だ。裏側になったカードの中からこの2枚のカードを引き当てるというゲームだ。カードは交互に引き、そちらが2枚揃えたら勝ち。私が1枚でも引いたら勝ち。勝った方が相手に要求を与えられるというものだ」


 唐突な提案に2人は一瞬戸惑うもすぐに怪訝な表情になった。


「そっちの方が絶対有利じゃん」


「そちらは2枚引いて構わない。更に先手も差し上げましょう」


「こっちが勝ったらこっちの条件をちゃんと聞くの?」


 白猫の疑問はもっともだった。度重なる奇襲や攻撃を仕掛けてくる相手が対等に要求を聞くとは思えない。それは相手も同じだろうが。


「交渉とは信用の上で成り立つもの。そこを疑うならばこちらも無理強いはしない。その場合恋人がどうなるかは分からないがね」


 白猫と黒狐に最初から選択肢などなかった。それを言われたら否応なく従うしかない。

 2人は相手に聞こえるくらいの舌打ちをしてから頷いた。

 《審判》はにやりと笑ってから2枚のカードを混ぜてカットし、綺麗に混ざるようにショットガンシャッフルなども織り込む。そして、机の上にカードを1枚1枚並べた。


「では、どうぞ」


「待て」


 《審判》が言ってからすぐに黒狐が相手を指差して睨んだ。


「今足元の上にカードを落としただろ。そのカードを見せろ」


 ほんの僅かな一瞬。カードを切る隙間に《審判》は落としていたのだ。それを黒狐は見逃さなかった。《審判》は鼻で笑うとそれを拾って相手に見せる。そこには《吊るされた男》が映っていた。


「とんだイカサマ野郎だな、お前。それは私が取ったものだ」


「結構」


 《審判》は特段焦った様子もなく、それを黒狐が選んだものとして場に出す。次に白猫が少し迷いながら一枚一枚眺める。


「じゃあ、わたしから見て右から4番目、上から2番目のカード」


 《審判》は彼女の言ったカードを指差して相手を見る。白猫は黙って頷くと彼はサッとカードを引っくり返した。それは《星》のカードだった。


「では、こちらの番だな」


「待って。今、わたしが選んだカードもう一度引っくり返して」


 白猫に言われて《審判》は《星》のカードを裏返す。それを見て彼女は納得して小さく頷いた。


「やっぱり。それ2枚重なってるよね? 上のカードだけ捲って?」


 《審判》は肩を竦めて引くとそこには《悪魔》のカードが映っている。


「他のも全部重なってるよね?」


 《審判》は片手で机を撫でるように動かすと場のカードが2倍になった。それらを表にすると全てが《悪魔》のカードとなっている。


「一見対等に見えて全然対等じゃないな。最初に《吊るされた男》を除外してこっちが偶然2枚引くのを阻止する。そっちの番になったら上のカードだけ引っくり返して《悪魔》を見せたらお前の勝ち。恥ずかしくないのか?」


 実際、《審判》のカード捌きは見事で彼女達の目利きでなければ気付けるものはいない。それだけカードがピッタリ重ねられ、オープンされる時も異様に早い。おまけに最初に《恋人》や《太陽》《月》というカードを場に出すことで、彼の持つカードが細工されていないという印象も与えている。彼はゆっくりと拍手をした。


「お見事お見事。噂通り、それなりの頭脳をお持ちのようだ」


「約束を守れよな」


「ええ、勿論。元より《恋人》に手を出すつもりはない。お前達が肩入れするだけの人物をみすみす殺す方が惜しいというもの」


 いざという時には人質にでもすれば使えるという意味だった。実際、このゲームの交渉でも《恋人》を出汁にして相手を上手く乗せた。それを聞いた白猫が小さく「下衆野郎」と呟く。


「こっちの用事はそれだけだ。それともう1つ。今後、刺客を寄越すなら問答無用で殺すから覚悟しろよ?」


 黒狐がそういい捨てて振り返ろうとしたが足が動かない。足だけでない手も胴体も首も顔すら動かせない。動くのは口だけ。それは白猫も同様で驚いた様子である。


「何のつもりだ?」


「要求は《恋人》に手を出さないというもの。故にここでお前達を捕らえても問題はなかろう」


「本当にクズだな」


 黒狐の視線は《審判》を捉えている。しかし、能力が発動しない。そもそも、この部屋に入った瞬間から彼女は何度か相手を殺そうとしていた。だがそれらは全て無効化されていた。


 《審判》は椅子から立たずに彼女達を凝視している。


「お前達は自分の意思でここまで来たと思っているだろうが、全ては台本通りだよ。《恋人》の裏切りも、幹部の死亡も全ては予定調和。お前達の未来は既に決定している」


「負け惜しみ? ゲームに負けたからって八つ当たりはよくないよ」


「御託は結構。所詮は《世界》に泳がされているだけの存在だ。《太陽》と《月》は常に同じ軌道を巡る」


「だったらいつかはその軌道を破って世界から光をなくしてやるよ」


「いつか、とは? そのいつかの時にお前達から光がなくなっているだろう」


 審判が指を鳴らすと彼女達の口すら動かせなくなる。完全に身動きを封じられた状況だったが、彼女達が立っている床が徐々に軋んで最後には穴を空けた。

 階下に落ちると《審判》の束縛から逃れて自由が利くようになる。


「ふぅ。最悪の時の為に最初に手を打って正解だった」


「ナイスお姉ちゃん。それで一泡吹かせに行くの?」


「いや、私達の目的は聖女さんの安否だ。あいつを殺すことじゃない。本当はぶっ殺したいけど、やりにくい相手だ」


 敵の能力が分からない上、こちらの手は全て知られている。正面から戦うのは得策でなかった。だから黒狐は窓を指差して白猫の手を引いた。


「また飛び降り? お姉ちゃんも好きだねぇ」


「空を飛ぶ予行演習だ」


「だったらお姉ちゃんだけ蘇生しなくて飛ばせてあげるよ?」


「それは勘弁してくれ」


 ビルの窓を突き破って飛び降りる2人。突然の窓ガラスが割れて市民が悲鳴の声を上げるも、彼女達は着地してから目もくれずにその場を後にした。

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