第31話

ドレス姿を見て満足していると、『あの…』と後方、頭の上から声が降って来て、驚いて振り返る。すると、十人程の男性がで私達を照れた様子で取り囲んでいた。

「初めまして、べバレ侯爵夫人。令嬢達にダンスを申し込みたいのですが、その、宜しいでしょうか」

「本来なら、直接、令嬢ご本人に申し込むのが礼儀なのですが、夫人の許可を取ってから、ダンスを申し込むようにフルベ公爵閣下から言われておりまして…」

フルベ公爵は国王の弟らしく、そんな方からの命令なら従うしかないだろう。

「まぁ、それは礼儀正しくしてお利口さんな人達ね。では、礼儀正しく彼女達をダンスに誘ってあげて下さいな。でも、彼女達が疲れているようでしたら…」

子どもじゃねーんだから最後まで言わなくても分かるよな、という圧をかけて彼等に微笑み返しをする。と、待ってました、と言わんばかりに令息達は挙ってダンスの申し込みをし始めた。

「あ、あの…、べバレ夫人に申し込みをしても、大丈夫でしょうか」

と勇気を出して声を掛けてくれた子が居るが

「ごめんなさいね、私のダンス出来るドレスじゃないの。動くと胸が見えちゃうから、ケイモンドに怒られちゃう」

首を傾げてふふ、と笑みを浮かべるとその子は真っ赤になって『失礼いたしました!』と逃げて行く。私はダンスが踊れない(レイアンも教えてくれたが、才能がないようだ)ので、断る口実としてあんな事を言った、という事だ。

配給係がシャンパンを持ってきたので、それをひとつ取り、照れた感じで踊っている皆を眺めていると、不意に悪意ある声が。

「メイドの人生を駄目にしておきながら、ご自身は破廉恥な格好で舞踏会に参加する気分ていかがですかぁ?」

と見ず知らずの令嬢が目を吊り上げて私の前に現れた。

「どちら様?」

「私はエリーナの従妹よ!よくも、エリーナを屋敷のメイド達を使って寄ってたかって虐めて、辱めて、屋敷から放り出すなんて!貴女、それでも人の心があるの!?」

「は?」

「貴女みたいな悪女、今迄見た事もないわ!」

エリーナの従妹という子は薄い緑色のドレスを着ているという事は北部の人という事か。

「え~~~っと、貴女は今、私に喧嘩を売って来ているって事で合ってる?」

「喧嘩じゃないわ!抗議よ!」

「抗議、ねぇ」

「あの子が家に戻ってどんな酷い事を言われているか、知らないでしょ!」

興奮しているこの子の声に、周りが面白い物を見つけた、と言わんばかりの目で私達を見始めている。

「従妹でもどうでもいいんだけど、何故、関係の無い、そして見ず知らずの人に突然、罵倒されないといけないのかちょっと分からないんだけど」

「だから、私はエリーナの従妹で!」

「何度も言わなくても一回聞けば覚えるわよ。あのね、貴女ちょっと勘違いしてる」

「…は?勘違いって何を!?」

「エリーナにどう聞いたのかは察しが付くから聞かない。でも、私に話しかけたって事は、私の家族や関係者から事情を聞いたって事よね?って事は勿論、追い出したその日にケイモンドが告訴した事も聞いたよね?この時点でエリーナの件は私ではなく、侯爵家の問題なのよね?そうでしょ?という事は、貴女がその問題に対して抗議は、べバレ家に抗議をして来たって事になるわね」

「ち、ちがっ、」

「違わないわ」

真っ青になっている目の前の子が、私の言葉だけでこんなに怯えるはずもない。そして、この状況を面白がって見ていた者達も視線を逸らしている。まぁ、こんな事に時間を費やすのも莫迦らしいし、終わりにしよう。

「べバレ家から正式に抗議文を出させて貰うから、お名前を教えて下さる?黄色って事は北部の方よね?では、後は家同士でやり合いましょう?」

「も、申し訳、ございませんでした!失礼します!」

ケイモンドが後ろに居て、更に家同士だと勝てる訳ないと思ったら怖くなったか。彼女は謝罪もそこそこに脱兎の如く逃げていった。

「怒っている嫁がこんなに色っぽいとは思わなかった」

私の頭に顎を乗せ、喋るケイモンドに

「あら。後ろに立ってて喋らないからお口が無いのかと思いましたわ」

嫌味を返す。

「私が中に入るとお前が怒ると思ったから後ろで黙っていたんだが」

「あら、お優しい事」

頭の上から顎が退いたので振り返ると、ケイモンドは私に腕を差し出した。

「もう、帰れるの?」

「残念。今から国王王妃両陛下に挨拶だ」

「わぉ」

慌ててケイモンドの腕に手を添え

「でも…、それが終わったら、帰ってもいいって事でしょ?」

色めいた目でケイモンドを見上げれば

「…挨拶終わらせたら、速攻で帰る…」

今迄、見た事も無い真面目な顔を見せて来て、女性達はその顔に見惚れていたが、私は笑いを堪えるのに必死であった。(そして、帰りの馬車の中でもセックスした)


ーーー

「ええええ!本当!?」

私の大声に、嬉しいのだが真っ赤になって俯く四人の令嬢達と、嬉しそうにふんぞり返っているレイアンは、一週間ぶりにミュエルのカフェに集まっていた。

舞踏会が終わって皆、バタバタしているみたい、と双子から聞いたので大人しく家に居たのだが、朝、集合の手紙が届いたので来てみたら、

「そ、その…、幼馴染から、プロポーズをされて、えっと、婚約する事に…」

マチルダから報告があると、今度はハローに

「兄の友人に、結婚を前提に付き合って欲しいと、言われて…」

と言われ、次にカガミが口を開き

「フルベ公爵様のご令息が、私とお見合いをしたいから、会ってくれないかって…」

最後にローズが

「釣書が十冊も届いて、如何したらいいのか分かりません!」

と泣き始めてしまった。

「ローズ様!ひとりずつ会えばいいのです!そして、“あ、この人”と思う人と何度かデートすればいいのですわ!もう、泣かないの!」

お姉様に怒られながらも頷いているローズが、何だかおかしくてミュエルと顔を見合わせて微笑む。やはり、ドレス作りを頑張って貰った甲斐がある。これは、金一封出さなきゃだな。

「「今年は、結婚ラッシュとなりそうだねぇ」」

おばあちゃんみたく、私とミュエルはお茶をすすり幸せのため息を吐いた。

…そんな中、トップバッターにカガミが公爵の子息との結婚が決まり、大喜びする暇もなく忙しくなった彼女に会えなくなってしまった。仕方ない。東部の最高峰との結婚だ。結婚式前に彼女に何か遭っても困る。

前の世界でも結婚をすると段々、距離が出来てしまって、最終的には繋がりも無くなってしまった。それは、こちらの世界でも同じだろう、と少し寂しく感じる。

そして、今日、時間が出来たカガミがやって来て、ウエディングドレスの採寸をしているのだが…。

「カガミ様も結婚かぁ…」

ふぅ、とため息を吐きながらそれを眺めていると

「…キヨ様…、あの、私なんかが、ニコラス様と結婚をしても良いのでしょうか…。私の家は子爵ですし、公爵家に不釣り合いだと思えて…」

不安というよりも、困惑を隠せないと言った感じのカガミが口を開いた。

「だ、だって、私はキヨ様みたいに女らしくも美しくもありません。レイアン様みたいに淑女らしくありません。可愛くも無ければ、歌も上手くないし、ピアノ何て弾ける訳も無い。お菓子なんて作った事も無い。…何故、私だったのか分からないのです…。不安。なのです…」

完全なるマリッジブルーか。

「ん~、私はニコラス様じゃないから、分からないなぁ」

分からない、と斜め上の答えが返って来て困惑した顔を向けるカガミ。

「そんな事ないよ、貴女も魅力的よって言って欲しかった?違うよね。私にそれを言ったって事はケイモンド経由で本心を聞いて欲しかったんでしょ?」

「……」

「でも、それは聞けない相談。だってさ、二人の不安を私達が取り除いてあげられる事ってないのよ。だって、二人で話し合って問題を解決しないと、何も進まないからね。憧れのニコラス様と」

クイッと顎で示し、彼女に教える。

「え?に、ニコラス様!?」

振り返った先にはニコラスが花束を持って立っていて、カガミは驚きの余り、声が裏返っている。私と職人はこっそりと作業場へ身を隠した。

「カガミ様、ボクは、貴女より年下です、」

「は、はい…(念押し?)」

「ボクは、小さい頃に貴女が乗馬をなさっている姿を見て、恋に落ちました」

「え…?」

「貴女の周りには何時も、乗馬で知り合った男性がたくさん居たから、早々に結婚なさるのだと思っていました」

「えっと、あれは、(乗馬教室の生徒です!そして、私が先生です!)」

「ボクは両親が早くに死んだ為、祖父母に育てられました」

「は、はい、存じております」

「祖父母にこう言って育てられました。“自分を持っている人を伴侶にしなさい”と」

「そうなの、ですね…」

「舞踏会のあの日、誰もがドレスを着る中、貴女は自分のスタイルを貫いてパンツドレスでした。貴女の事を陰で色々と言っていても、どこ吹く風で、べバレ夫人と“素敵でしょ”と胸を張っている姿を見て、私は、また、貴女に恋をしました。そして、この人だ、と確信したのです。だから、結婚の承諾を得に行った時に、気持ちを伝えたかったのですが、」

「!!!(申し訳ございません!母が嬉しさの余りに発狂してしまって!)」

「あの時、言えなかったから、絶対に式の前に伝えたかったのです。ずっと、貴女が好きでした、いえ、この先も貴女だけが好きです、カガミ」

ニコラスは持っていた花束をカガミに渡す。そんな告白をされると思っていなかったカガミは暫く大きく目を見開いていたが、大粒の涙を零しながら

「ニコラス様が十歳の時お会いしたの覚えていらっしゃらないと思いますが、その時、騎士達に交じって剣を振るう姿が素敵で、ずっと憧れていたのです。…えっと、纏めると、私の初恋って、ニコラス様なんですよ」

とても綺麗に微笑んだ。

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