第30話

キヨリーヌの父親と和解してから、本当に落ち着いた日々を送っていた。

ドリーは乗馬が上手い兄に憧れを抱き、暇があれば乗馬の練習や馬の世話をよくしている。シエルは体力作りに騎士の早朝練習等にも顔を出して、剣の鍛錬も始めたらしい。

知らなかったが、ケイモンドはレイピアの使い手らしく、騎士達に『青い稲妻』と呼ばれていると聞いて、あの名曲を思い出して、『げっちゅう!』と言わずにはいられなかったのは、(年齢ダイレクトの為)仕方ない。

あの街の広場に私のドレスショップ、ミュエルのカフェ、ローズの宝石店、マチルダの楽器屋があり、空いていた店舗をレイアンの家が買い取ったので、残った二人も空き店舗を買い取り何か始めたい、と言い出した。そのお陰で令嬢達の騎士が護衛に名乗り出てくれ、私のドレスショップも開店の運びとなった。

そうして、ドレスショップは無事に開店したのだが、早々に国王より舞踏会の招待状が届いた。

「ドレス、どんなのに致します!?」

大興奮の状態で店に駆け込んでくるローズとレイアンに、私は口をへの字口にして迎えた。

「キヨ様は何をそんなに怒っておりますの?」

「ん」

手渡したのは、注文書。それを受け取った二人は注文書を捲り、

「「えぇ!?十二侯爵夫人(令嬢)全員から、注文ってコトォ!?」」

目玉が飛び出しそうな顔で驚いてくれた。

「わざわざ、違う部に注文しなくていいじゃんねぇ…。まじでさぁ、自分の部で注文してくれよぅ…」

それじゃなくても、東部の伯爵家の大半がうちに注文してくれて、てんやわんやだというのに。

「間に合いますの?」

「そこなんだよ。だから、今、ブラウンに他のドレスショップに協力を求めに行って貰ってるんだよね。でも、他のショップも結構、いっぱいいっぱいだから難しいだろうけど…」

はぁ、と思い切りため息を吐いてお茶を口にする。

「困りましたわねぇ。っていう事は、キヨ様のドレスも出来上がるか分からないって事に成り兼ねないって事ですの?」

「うん…。まぁ、私のは最悪、ここにあるドレスで胸が入る様にして着て行けばいいけど」

「そんな…」

悲しそうな顔をする二人に

「ほら、私は一度も舞踏会に行った事が無いから、ドレスは何でも大丈夫な訳だし」

にっこり笑って見せる。貴族は舞踏会のドレスを同じ物を着る事は“自分の家は貧乏です”と告知しに来る行為らしい。(阿保らしいと思っても口に出せない)

「奥様、ただいま帰りました」

ブラウンが帽子を取りながら店に入って来る。

「どうだった?」

「申し訳ございません。…やはり、駄目でした」

「だよねぇ…。ありがとね、ブラウンも疲れているのに歩き回らせちゃって」

「いえ!そんな事、ございません。あ、あの奥様…」

「どうしたの?」

「えっと、私等がこんな事を言っていいのか、分かりませんが、その…」

しどろもどろするブラウンに、レイアンが

「言いたい事が有るならはっきり言いなさい。待たせるのも失礼よ」

と令嬢らしく注意する。

「は、はい!申し訳ございません!我が国のメイド達、特に平民は裁縫が出来ないとメイドとして採用されないのです。ですので、メイドに休みの日に手伝えないか聞いてみるのは如何でしょう」

「え?そんな条件とかあるの?」

「はい。特に裁縫が上手い者が専属メイドに選ばれる傾向があるので、(給料も上がるから)裁縫を頑張る者が多いのです」

「…双子があんなにドレスの手直しが上手かったのね。…だから、貴女も手直しできる破き方しかしなかったのね。凄いわ!」

多分、私達には知らない情報だ。

「「知りませんでしたわ…」」

目から鱗、といわんばかりの二人に、ブラウンへ恥ずかしそうに、へへへ、と笑って見せる。

「な、なら!ローズ様、レイアン様!メイド達にお休みの日、手伝っていい人はうちの店に来て欲しいって頼んで貰える!?」

「「勿論ですわ」」

「あ!待って!作業スペースあるか聞いて来る!」

「それなら、私が買った店舗、今、中が空っぽですから使って下さいな!」

「うおおおお!超助かる!みんなー!きぃてーーーー!」

少しだけど光が見えたようで嬉しくて、裏の作業場へ駆けて行った。

ブラウンのアドバイス通り、メイド達に声を掛けて貰った(勿論、ミュエル達のメイドにも)。賃金は一日銀一枚で送迎の馬車有りで昼食付。おやつにミュエルの茶菓子を出す、と言うと挙って参加してくれた。お陰で残業も強いる事も無く、余裕を持って納期内に渡す事も出来て、自分のドレスもゆっくりと作る事が出来た。

ブラウンの言う通り、本当に裁縫の上手い子ばかりで助かった。それ以上に令嬢達の協力が本当に心強く、友達の有難みを痛感した出来事だった。


ーーー

舞踏会当日。

馬車の混雑緩和の為、昼過ぎから男爵家が早くに王宮入りして、子爵家・伯爵家の順、夕方から侯爵家・公爵家の順で王宮入りしていく。まぁ、全貴族が参加する訳ではないが、前回の舞踏会から期間が開いた事と、その間の結婚ラッシュで参加者が多くなったようだ。

家毎に名前を呼ばれ入って行き、ケイモンドと一緒に結婚の挨拶の為、侯爵家周りをする。まぁ、今回はドレスの注文をしてくれたのでそれのお礼も。ドレス注文のお陰で女性陣と会話はスムーズに行くし、敵対された感じも無く良い感じで挨拶が終わった所で、公爵家の入場が始まり、今度はそちらへ挨拶を。

大企業の立食パーティー並みに人が多くて、愛想笑いに本当に疲れた。漸く挨拶周りが終わり、私はミュエルを捕まえて他の令嬢達の許へと逃げ出した。

ミュエルのドレスはサテンのノースリーブワンピースの上から、レースの長袖ワンピースを重ね、ウエストを強調するようにキュッと引き締めさせている。彼女も気に入ってくれたようで動くとふんわりと裾が浮くので、それを何度も楽しんでくれている。

「いやはや。あんだけの人(家)を全て覚えないといけないと思うと、ぞっとするわぁ」

「我が国が東西南北に分かれているのはご存じですよね?私達が居る東部は青系、西部は赤系、南部は黄系、北部は緑系と色分けされているのです。そして、公爵家から濃い色、子爵、男爵になるにつれ色が薄くなっているので、それで見分けるとよいですよ」

「あ、だからうちはネイビーでミュエル様の所がインディゴだったんだね。いやぁ、本当に色々教えてくれてありがとねぇ」

「うふふ。実は私も結婚が決まるまで何も知らなかったんですよ。全部、レイアン様が教えてくれたんです」

「…やっぱりさぁ、レイアン様って呼ぶより、レイアンお姉様って呼ぶ方が合ってる気がしない?」

「では、そのお姉様を探しに参りましょ?」

内緒ポーズをしながらウィンクする彼女が可愛いくて『いや、こりゃぁ、旦那さんが惚れるの分かるわ』と納得してしまった。

令嬢達を探すと、女性陣、というより結婚していない令嬢達は中央に集まっているという感じで、結構すぐに見つかった。(中央に集まると男性にダンスを申し込まれやすいんだとか)

「皆、ここに居たんだ」

声を掛けると、振り向いた令嬢達の目線が胸に集中する。

「よく、ケイモンド様が怒りませんでしたわねぇ…」

「本当に…」

「胸が大きいのに太って見えないのは、何故なんですか!?キヨ様!」

「な、なんで、って聞かれても、ねぇ…」

「「ああ!胸の谷間に指を指しこみたい!」」

ドレスの胸元をVカットにしているのだが、縦に長めの切れ目を入れて“ポロリも辞さぬ覚悟”だ。というのも、ライトが物凄い量で人の多さで熱気が凄いと聞いたので、汗対策にしてみたのだが、切れ目を入れすぎたなぁ、と少し後悔。

「胸なんか、脂肪の塊じゃん。そのくせ重たいし、肩凝るし、下乳はコマ目に汗拭かないと汗疹が出来るし。寧ろ、半分貰って欲しいよ」

「貰えるもんなら、貰ってやりたいですわ!」

一通りバカみたいな会話で大笑いすると、私達はお互いのドレスを褒め合う。

「ローズ様、妖精かと思う程、可愛いんですけど!」

童顔を気にしていたのでチューブトップにして、ドレス全体をラメの入った生地にローズの家色糸で蔓の刺繍を全体に入れたのだ。結構、大人っぽく仕上がったのだが、やはり、素が可愛すぎるので仕方ない。

「ハロー様のプリーツ、動く度にスパンコールが波打っているようで凄い素敵!」

あまり派手な感じにして欲しくない、といっていたので、シンプルにしてみたのだが、あまりシンプルにしすぎるのも良くないと思って、彼女の家色のスパンコールを入れてみた。が、光の当たり方が良く、いい塩梅に波打っている感じになって(本人には申し訳ないが)凄く目を引く。

「カガミ様!本当に素敵!スタイル良いし、足が長いのにもっともっと長く見える!」

乗馬服を注文してきたのだが、流石に国王主催の舞踏会に着て行くのは失礼だろう、とパンツドレスにした。ウエストに太めのベルトを使って、ハイウエストで足長効果だし。胸元は私と同じVカットだが袖をレース生地にして凛として見える為か、男女問わず彼女に目を奪われている。

「マチルダ様…え?天使?」

美女と野獣でベルが着ていたドレスは女性だったら誰しも憧れを持つのではないだろうか。正統派ドレスが絶対に似合うと思っていたので、あのドレスをイメージしてみたが、正解だった。女性らしい彼女にぴったりで、ふんわり系が好きな男性がずっと見ている。

「レイアン様…、これは、嫁に行かせたくなくなるわ…」

ドレープで袖を演出しているので肩がチラ見えでセクシーだし、彼女の好きなユリを刺繍してみたが、それが光り輝き神秘的に見せる。Aラインのドレスが余計、彼女の気高さを引き立てるし、髪をアップにしているので後れ毛が余計に色気を出している。

「ふっふっふ…。やっぱり、私の見立ては間違ってなかった。…いやはや、本当、女の子って着せ替えのし甲斐があるわぁ」

皆のドレス姿を見て、ずっとにやけ顔が止まらない私であった。

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