神坂家の物語

神坂俊一郎

第1話竹野清十郎とれんの悲恋

江戸末から昭和初期のこと、大阪近郊のある村に竹野清十郎と言う老人が住んでいました。

彼は、先祖がその地域の庄屋を務めていた関係で、その村の四分の一を占める程の土地を所有する大地主でした。

そして、敷地が一万坪ある豪壮な邸宅に住んでいたのです。

しかし、使用人が数人居るだけで、他の家族は離れて暮らしていました。


清十郎は、16歳の時に、屋敷に小さいころから奉公に出されて、家事の手伝いをしていた若い娘に恋をしました。

彼女は14歳、『れん』と言う名で、学は無いものの利発な働き者で、丸顔に愛くるしい瞳が輝く可愛い子だったのです。

清十郎もなかなかの好男子であり、二人はやがて相思相愛になったのです。

清十郎は、彼女を嫁にしたい、と父清助に申し出たところ、断固とした拒絶に会いました。

反対する理由は何かと食い下がると、彼女には、清十郎と結婚する資格が無いとの答えだったのです。

どうしても納得が行かなかった清十郎は、資格とは何かと執拗に食い下がったところ、清助は、身分違いの上に彼女が実は朝鮮人であり、本名は金蓮華(キム・レンファ)であることを告げました。


しかし、清十郎には、なぜ朝鮮人であることがいけないことなのか、理解できませんでした。

彼女はとても良い子だし、どう見ても日本人にしか見えないし、日本語も達者だし、何とか結婚したいと思った彼は、思い余って彼女を誘って家を飛びだしました。

二人は安い旅館を転々とし、その間夫婦同然の幸せを味わったのですが、逃亡生活は長くは続きませんでした。

1ヶ月後二人は連れ戻され、れんと清十郎は引き離されてしまったのです。


れんは、親戚一同からひどく責められることになったのですが、彼女にしても、何故愛する人と一緒に逃げたことが悪いことなのか、全く理解できなかったのです。

そして、その時彼女は既に彼の子を身ごもっていました。

そのことが知れると、彼女は更に激しく責められ、堕胎を迫られました。

「何故なの。何故私がしたことがいけないことなの。清十郎さまに会わせて。」

れんは、泣きながら両親に訴えましたが、聞いてはもらえず、子供もおろせときつく命じられたのです。

実は、清助も気立ての良い働き者のれんのことを買っており、妾として迎えたいとキム家に打診し、れんの両親はそれなら認めようとしていたのです。

ところが、れんの姉梨花(リーファ)は、その言葉がどんな悲劇を生むことになるのか考えず、「妹を日本人に売るのか。」と騒いでしまったのです。

梨花が騒いだことにより、朝鮮人部落で、話題になってしまうと、れんの両親も、娘と清十郎の仲を認めるわけに行かなくなってしまったのです。


れんは、どうしても子供をおろす気になれませんでした。

彼の子供を殺すぐらいなら、自分も死んだ方がましだと思った彼女は、思い出深い竹野屋敷の納屋で首を吊って自殺することにしました。

首に縄をかけながら、れんは思いました。

今度生まれ変われるものなら、彼と一緒になりたい。

そんな世界に生まれ変わりたい。

同じ人間なのだから、本当に好きな人と自由に結婚できる世界に生きたい。


清十郎は、れんの死を聞いて半狂乱になって父に詰め寄ったのですが、父はこう答えるしかありませんでした。

「お前には、竹野の家を継ぐ使命がある。れんは可哀相なことをしたが、お前がいくらわめいたところで、それは今の社会では通用しないことなのだ。お前が諦めていれば、あの子も死なせずに済んだのだ。」

当時は、父の権威は絶対でしたし、清十郎は、自分も責められるべきだと思っていましたから、それ以降れんのことは一切口にしませんでした。


妹レンファの死に、姉の梨花は、自分がしてしまったことを後悔しましたが、どうしても納得が行かなかった彼女、夜竹野家に忍び込み、清十郎を殺そうとしました。

清十郎、実は武道の達人でもあり、素人だし非力な女性の梨花がかなうような相手ではなかったため、持って行った包丁をあっさり取り上げられました。

しかし清十郎、れんを失ったこともあり、彼女の姉に殺されるならいいかと、一旦取り上げた包丁を彼女に返し、「殺したいなら殺せ。」と言いました。

「本当にいいの。」

梨花は何度も念を押し、清十郎はうなずきましたが、どうしても彼を殺すことはできませんでした。


その後梨花は、妹の代わりに竹野家に奉公に出て、彼を見守ることにしました。

家族には反対されましたが、普通に朝鮮人と結婚することを条件に、梨花は自分の考えを押し通しました。


一方、れんの魂は、死んでも清十郎と一緒になりたいと言う気持ちが強かったためか、妄執にとらわれ、その後長く地縛霊となってその場に止まることになってしまいました。


れんの死後、清十郎は、父の薦めにより名家の娘茨木蓉子と結婚し、一人娘真澄も授かったのですが、蓉子は、真澄が3歳の時に病死してしまいました。

蓉子が死ぬ時に「若い娘が、私のことを呼んでいる。」と言い残したと聞いた清十郎は、れんの祟りかも知れないと思い、その後再婚しませんでした。


梨花は、両親との約束通り結婚しましたが、夫が早世し、子供もいなかったため、その後の人生を、同じく独り身となっていた清十郎の女中、実は愛人として送ることになりました。


清十郎の娘、真澄は、東京帝国大学を卒業したエリート官僚辻洋介と養子縁組で結婚しましたが、孫娘の青華が生まれた8年後、夫婦とも関東大震災によって亡くなりました。

青華が生き残ったのは、母真澄が、健康が優れないことを理由に、地震の前日に彼女を鎌倉の乳母宅に預けたためでしたが、乳母は、両親ともどうも何か異変が起こって自分達が死ぬことを知っていて自分に娘を託して鎌倉に避難させた様に思われると後に清十郎に語ったのでした。

青華は、しばらくの間、乳母の所に預けられていましたが、10歳になった時、清十郎が引き取ることになりました。


清十郎は、既に65歳になっていましたが、老人とは思えぬ頭の切れを持ちながらも、気難しくて短気な面があったため、使用人たちからは敬遠されており、普段は極端に口数の少ない老女中一人だけが付き添っていました。(彼女が、梨花だったのです。)


青華は非常に利発な子でしたが、幼少の頃から奇妙な性癖がありました。

清十郎は、事前に乳母からも聞かされていたのですが、彼女は草や木だけでなく、見えないものとも話すと言うのです。


引き取ってみると、確かに彼女は邸内の桜の木や竹と話をし、それがまた非常に嬉しそうでしたし、彼女に話しかけられた草木は、何故か元気になるのです。

しかし、清十郎は彼女のそんな行為が心配でした。

青華は利発な子だが、いやそれだけに、彼女が他人に誤解され、傷つくことを、彼は恐れたのです。

そこで、彼はできるだけ青華を人から遠ざけたましたが、彼女は更に異常な行動を取ることになりました。


ある日の夕方のこと、それとなく青華の様子を見張る様に言いつけておいた女中の一人が、息せき切って清十郎のところに駆けつけて来ました。

青華に何かあったらしいのだが、女中の言うことはどうも要領を得ませんでした。

「お嬢様が、消えてしまいました。」

ようやく聞き出した答えが、その一言だったのです。

「神隠しにあった、とでも言うのか。」

どうにも信じられぬ彼が言うと、女中は少し落ち着いたと見えて、ぽつりぽつりと話しだしました。

その話しを要約しますと、女中が青華をそれとなく見張っていると、彼女は突然誰かに話しかけ始めたのですが、そこには誰も居ないのです。変に思っている内に、今度は彼女自身が霞む様にぼんやりとなったかと思うと、最後はすーっと消えてしまった、と言うのです。

清十郎、直ぐに下男達に探しに行かせましたが、確かに邸内には見当たらないと言うので、池にでも落ちたのでは無いか、と大騒ぎをしていたところ、2時間ぐらいたった頃、青華は何事もなかった様な顔で帰ってきたのです。

清十郎が叱ると、青華は不思議そうな顔で言いました。

「私、どこにも行っていませんわ。桜の園の亭に座って桜たちとお話をしていましたら、見たことの無い人が本を読んでいましたので、その人の後ろでずっと見ていましたの。」

女中に聞くと、確かに彼女はその亭内に座っている時にすっと消えてしまったとのことでした。

女中は信用のおける人物でしたし、かと言って青華も嘘をついたことが無かったため、清十郎は混乱しました。

使用人達を下がらせた後で、彼はもう一度青華に優しく聞いてみました。

「今日のことを、もっと詳しく聞かせてくれんかな。」

清十郎は青華にとって厳格で気難しい祖父でしたが、彼になついていたので、素直に話し始めました。

「私、桜の木とお話ししていたのです。」

「何時もしているそうじゃが、木は何と答えてくれるんじゃ。」

彼女は、目を輝かせて楽しそうに言った。

「うん。何時もは、触れながら声をかけると、昔あったことを見せてくれたりするのですが、今日は少し違うことを尋ねて見ましたの。すると、とても悲しそうだったので、ずっとお話ししていたのです。」

「何と尋ねたんじゃ。」

「桜も、お父様やお母様みたいに、死ななくてはならないのですか、と。」

「桜は、何と答えたんじゃ。」

「何時かはわからないんですけど、あの桜の木達はみんな切られてしまうらしいのです。それで一緒に悲しんでいたら、そこに若い男の人が立って悲しんでいるのが見えたのです。」

「何だ、それは一体誰なんじゃ。部落の青年か。」

屋敷の部落側は、長大な土塀で囲われており、そう簡単に人が入って来ることはできないようになっていました。

「ううん、見たこともない人でしたし、見たこともない服装でした。そう、お父さまの写真から首に結んでいたものを外した様な黄色の袖の短い服を来て、青いズボンをはいていました。」

清十郎は驚きました。

青華にはたまに着せてやっていたのですが、洋装の若者がこの部落には居るとは思えませんでしたし、たとえ居たとしても、黄色い半袖のシャツなぞ着ているとは思えなかったのです。

「で、その男はどんな顔しとったんじゃ。」

「不思議なことに、写真で見たお父さまに良く似ていましたの。」

「それで、その男は何をしてたんじゃ。」

「おじいちゃんの書斎にある様な難しい本を読んでいました。何故か、文字や仮名が今の本と違っていました。そして、不思議なことに、私にはその人のことが見えるのに、その人には私は見えないし、私の言葉も聞こえないのです。それでも、私にはその人が考えていることがわかりました。彼も、切られてしまう桜の木達のことを悲しんでくれていることが。」

混乱した彼は、つい怒鳴ってしまいました。

「わしは、あの桜の木を切ったりはせん。丁度見ごろになった桜を、何故切らんといかんのじゃ。」

すると、彼女はふっと気付いて言った。

「ううん、違いますの。」

「どう、違うんじゃ。」

「桜の木が全然違うのです。」

「どんな風に違ったんじゃ。」

「ずっとずっと大きくて、それから、あの亭が無くなっていて、その人は、石でできたくるくる回る椅子に座っていました。」

青華の話から合理的に考えると、彼女はずっと未来の光景を見たように清十郎には思えてきた。

「お前は、やはり神隠しにあっとったんじゃろう。わしは昔、そんな話しを聞いたことがある。」

「どんなお話しですの。」

「御伽草子の中の浦島太郎の様な話しなんじゃが、一人の子供が、霧の中で老人に会うんじゃ。しかし、それは自分の未来の姿だった。」

「それで、その通りになったんですの。」

「そうなんじゃ、しかも、そのことを日記に書き残しておった。『昨日、私は子供の私に会った。それは、50年前の霧の日の自分だった。』とね。」

「きゃっ、怖い。」

怖がる様子はまだまだ子供だったので清十郎は笑ったが、青華の方がもっと危険なことをしでかしているように思えました。

「お前は、もっと危ないことをしていたのかも知れんのじゃぞ。」

「ううん、私、全然怖くありませんでした。でも、桜が悲しがっていました。」

「わかった。もういい。でも、また同じことがあったらわしに教えるんじゃぞ。」

「はい。おじいさま。」


清十郎は、大正時代としては非常に教養の高い、進んだ人間だったのですが、流石に人が時間を超越することができるとまで考えることはできませんでした。

その後も、青華はしばしば見えなくなりましたので、気味が悪くなった女中は暇乞いをし、他の使用人達も、青華には近づかなくなってしまいました。

清十郎は、女中頭となっていた梨花に、見守らせることはありましたが、青華を自由にさせることにしました。

すると梨花も、彼女の姿が消えては戻ってくることがあることを清十郎に報告したのです。


そんなある日、青華は、清十郎に恐ろしいことを聞きました。

「おじいさま。赤い襦袢を着て、口から血を流している、若い女の人のこと、知っていますか。」

清十郎は、死なせてしまったれんのことを思い出した。

彼女が首を吊った時、赤い襦袢姿で口から血が流れていたと聞いたのを思い出し、顔から血の気が失せた。

「どんな顔をしていた。」

「そう、面立ちは梨花さんみたいで、目が大きくて、右の目の下に黒子がありましたわ。」

れんには、右の目の下に黒子があり、清十郎はよく、泣き黒子女とからかっていたのです。

「何故、お前がその女を知っている。もう何十年も前に死んだ女じゃ。」

そう言うと、それが妹であることに気付いた梨花が、とても悲しそうな顔をしました。

「その人、とても悲しんでいたけど、怖いこと言っていました。」

「何と。」

「おじいさまを、殺してでも一緒になりたかったって。」

れんは、いや自分もそう願ったかも知れないと昔のことを思い出した。

「それで、お前は何か話せたのか。」

「あなたは、本当はおじいさまと一緒になりたかったのでしょう、と尋ねました。」

「れんは、答えてくれたのか。」

「れん、と言う名前でしたの。」

「そうだ。わしはあの子と結婚したかったのだが、社会が許さなかったのだ。」

「れんさんは、本当はおじいさまと一緒になりたかった。だから、そんな時代に生まれ変わっておじいさまと一緒になりたいって言いました。だから私は、そのためには、お祖母様にしたようなことをしてはいけませんって言いました。」

「お前は、何故そのことを。」

れんの悪霊は、清十郎の妻蓉子を呪い殺していたのです。

「あっ、言い忘れました。れんさん、最初はもの凄い形相で、お前も祖母のように呪い殺してやると言ったのです。」

「そうだったのか。お前は怖くはなかったのか。」

幽霊にすごまれたら、普通恐がりそうなものである。

「うーん。何故か怖くはありませんでした。だから、言い返したのです。」

凄い度胸だなと思いながら、清十郎は続きを聞いた。

「それで、れんは何と。」

「おじいさまには、梨花さんがついているから、手を出せないとも言いました。」

女中頭で事実上清十郎の愛人だった梨花の本名はキム・リーファ、れんことレンファの姉だったのです。

「リーファは、れんことレンファの姉じゃからな。」

そう言うと、隣で梨花がうなずきました。

「へえ、そうだったのですか。おじいさまの大切な方だとは思っていましたけど。梨花さん、本当はリーファって呼ぶのですか。」

青華、祖父が時々彼女をリーファと呼ぶことを知っていた。

「果物の梨の花と書いて梨花じゃが、本名はキム・リーファというのだ。お前のことも大事にしてくれているだろう。」

「ええ。私にはお祖母様ではなく、お母様みたいな方ですわ。」

清十郎、最初は愛人でもある梨花と青華の関係を心配していたのだが、微妙な距離をとりつつ仲良くしているので、安心していたのだ。

「誰が何と言おうと、梨花、リーファは、わしの家内じゃ。」

青華も、梨花は祖父の奥方だと思っていた。

「そうですね。でも、レンファさんの霊は、おじいさまが生きている間はここから離れられないし、自分は妄執が強すぎるから、きっとその後もここに住む人に三代はたたりつづけるだろうって。可哀相な人なん@です。何とかならないのって聞いたのですけど、これは輪廻転生の法則だからどうしようもないみたいです。」

難しいことを言う孫娘に、清十郎は苦笑しました。

「輪廻転生とは、随分難しいことを言うものだな。誰から教わったんじゃ。」

「桜の園の若者が、そんなことをいろいろ書いた本を読んでいましたから、私も彼と一緒に読んで覚えたのです。」

「そうか。しかし、何故お前はれんに会えたのだ。」

清十郎は、不思議だったので平静を装いながら聞いてみました。

「屋敷の納屋で誰かが呼んでいる様な気がしたので、入って見ましたら、その女の人がすっと現れたのです。」

「れんは、わしと結婚できなかったことを苦にして、50年前にその納屋で首を括って死んだんじゃ。」

「そう言われると怖いんですけど、れんさん、子供にはどうしても手が出せないって言いました。お腹にいた自分の子供を殺してしまったことを、ひどく後悔しているようでした。私は、草や木だけでなく、死んだ人ともお話しができるみたいですから、そんなことも聞き出すことができたのだと思います。私には、お父様やお母様が何時も一緒に居て下さるから、怖く無いのかも知れません。」

「そうか…。」

信じられない話でしたが、青華は守られていると思えましたので、清十郎は安心しました。

「それから、桜の園の若者には、何度も会いました。それが面白いのですよ。私、その若者が、子供から大人になるまでを見てしまいました。」

清十郎は、青華が気が違ったのかと思いましたが、どう見ても彼女は正常です。

そこで彼は、知り合いの息子で、京都帝国大学を卒業したばかりの新進気鋭の医師、奥一郎を呼び、青華を診察してもらうことにしました。


清十郎は町の名士でもありましたから、一郎には開業する時には多大な援助をすることを約束していたのです。

それだけに、彼の頼みとあっては断れず、一郎は勤めている大阪駅近くの病院が休診の日にやって来て、丸一日かけて青華を精密に検診しました。

青華は健康な女の子でしたから、その一日はほとんど問診に費やされたと言っても良いものでした。

夕食も、竹野一家と一緒にとって、青華が床に付くと、清十郎は待ちかねた様に一郎に尋ねました。

常に清十郎に陰のように付きそっている梨花も、青華のことは気になったので、離れて座って聞いていました。

「どうだ。青華はどこがおかしいのだ。」

一郎は、何とも解しかねると言った風でしたが、首を傾げながら答えました。

「竹野の伯父さん。私が診察したところでは、彼女には全く異常が無いのですよ。」

清十郎も、そう思ったからこそ、わざわざ一郎に頼んだのであって、同じ結果では何とも納得できないので怒った。

「しかし、あいつはおかしなことを一杯しよってからに、女中が暇乞いして出ていきよるほどや。何も無い訳が無かろうが。」

一郎は、何と言ったら良いのか判らない、と言う感じでしばらく思案していたのですが、思い切って清十郎に話しました。

「青華さんはですね。もしかしたら、時と言うものに囚われない、特殊な人間なんじゃ無いでしょうか。」

清十郎もしばらく黙って考えた末、つぶやく様に答えました。

「わしにも、そんな風に思える。しかし、そんなことが本当にあるのじゃろうか。」

「伯父さん。一つずつ説明して見ますから、もしもおかしいと思われる様なら、遠慮無く言ってください。」

「ふむ。言うてみろ。」

「まず、貴方が知っている、と言う首を吊って自殺した女性の話しなんですが、青華さんが、死んだ後のれんさんの意識と、もしくは彼女の幽霊と話せたと仮定すると、筋は通りませんか。」

自分の責任であっただけに、流石に清十郎も嫌な顔をしましたが、頷きました。

リーファには、れんは愛する妹でしたが、彼女の自殺は、妹が妾として買われることに反対した自分の責任でもありましたから、蒼い顔で聞いていました。

「確かに、そんなことができる、と考えると筋は通る。」

「第二ですが、桜の木のことも、恐らく何十年もたった後のこと、と考えると、切られてしまうことだって考えられませんか。」

「そちらの方は、まだ納得しやすい。」

「それで、その時になってその桜に愛着があった人が居れば、やはり悲しみますよねえ。青華さんだって、悲しんでいましたし。」

「それはわかるが、一体そいつは何者じゃ。」

清十郎、孫娘の逢い引きの相手とも思えたので、そちらの方が気になっていました。

「それが、とても興味深いのです。青華さんも、彼には興味を覚えたらしく、その若者を時を越えて追ってみたらしいのです。」

「それで、何と。」

こうなると、もはや常識の世界では無くなってきましたが、確かに理屈が通ることでしたから、清十郎は続きを聞くことにしました。

「その若者は、何十年か後に、貴方に代わってこの土地に住むことになる人の孫らしいのです。丁度、貴方と青華さんの様な関係で。」

「それで。」

「青華さんは、その若者が幼児のころまで遡ったそうです。すると、その子も草や木と話すことができる子供で、徐々に、その子とも、心で交流できる様になってきたと言いました。」

説明している一郎自身、本当にそんなことができるのか、現実論からはとても信じがたい話だったのですが、論理的にはその方が正しいことを認めざるを得ない、と言うのが今日丸一日話し合った結論でしたから、続けることにしました。

「そして、その子が大学生になった時、その子の父親がとんでもない不始末か何かを仕出かして、この屋敷一帯の土地を売り払わねばならなくなってしまうんだそうです。それで、桜も切られることになって、青華さんと同じ様に草や木と話せるその若者は、とても悲しんでいたと言うのです。」

「では、青華はその何十年か後に飛んで行くことができた、と言うことなのか。」

「うーん。私としても、そうとしか思えないのが今日一日の結論なのです。普通、単なる妄想や嘘の場合、どこかで必ず矛盾点、理論が破たんするところが出てくるのですが、青華さんのお話しには、それが全く無いのです。全てを見てきた様に、しかも一度の言い間違いも無く、理路整然と話してくれた訳で、その通りの未来を見てきたと思った方が、理屈が通ってしまうのですよ。」

清十郎は、一郎が言うことでもあり、頭では納得しては見たものの、やはり信じ切ることはできませんでした。

一郎が帰った後、リーファは、黙って清十郎を抱きしめました。

偏屈な老人清十郎も、彼女の前でだけは素直になれたのです。


その後も、一郎は時々来ては青華と話し、彼女にいろいろなことを教えたりしていました。

清十郎は、いっそのこと、一郎が彼女を嫁にしてくれぬか、と秘かに願うようになりましたが、ある日一郎に聞いて失望することになりました。

「お前は、青華のことをどう思っている。」

単刀直入に切りだすと、一郎は笑いながら答えました。

「竹野の伯父さん、彼女は利発だし、美人だし、正直な話し、妻にしたいと思うぐらいの相手なのですが、彼女は、それは僕の運命では無い、と言うのです。」

又もおかしなことを言うものだ、と清十郎は渋面になりながら彼を問い詰めました。

「何だ。まだ青華はそんな変なことを言っているのか。で、彼女は、いやお前は誰と一緒になると言うのだ。」

彼は頭をかきながら、恥ずかしそうに白状しました。

「いやあ、彼女は神様みたいなもので、全てお見通しなので、びっくりしました。」

「と言うからには、お前にはもう決まった人が居ると言う訳か。」

「そうなんですよ。同じ病院に勤めている看護婦の松宮茜さんです。でも、青華さんは会ったことも無いし、絶対知らないはずなのに、見事に言い当てました。時を超える力と言い、我々には理解出来ない神がかりの力と言うべきものを持っているのでしょうね。」

清十郎は、ふと思いついたので聞いてみた。

「じゃあ、青華は、自分自身の運命も知っているのじゃろうか。」

その時、一郎の顔が曇ったので、清十郎は言い知れぬ恐ろしさを感じた。

「彼女、その若者を子供から大人になるまで見ることができたように、時を越えて行くことができるのですから、自分ではわかっている様です。でも、そこまでは話してはくれません。ただ、…。」

何か知っていそうな素振りだったので、清十郎は気になって問い詰めました。

「何か知っているのなら教えてくれ。」

一郎はしばらく躊躇していましたが、意を決して話しました。

「彼女は、貴方のことを心配していました。ある女が、あなたにたたっているとか‥。」

「ある女…れんか。」

その女とは、自殺したれんを指すことは明らかでしたが、心配している、と言うからには、自分の寿命ももう長くは無い、と言うことなのだろうかと清十郎は気付きました。

「わしのことは、それ以上何か言っていたのか。」

「ええ。僕の方から一つお願いしてくれ、と言われました。」

一郎を介してのお願い、とは奇妙な気がしましたが、直接言えない事情がありそうに思えたので、清十郎は穏やかに一郎に尋ねました。

「そのお願いとは何か、教えてくれ。」

「彼女は、とても賢いし、優しい子ですから、余りはっきりとは言いませんが、あなたはいずれ死にます。」

「当然だ。わしは65歳じゃ。長くはないじゃろう。」

「お願い、とはその時のことなのです。伯父さんは、『クリスマスキャロル』と言うお話しを読んだことはありますか。」

「いや、そんな毛唐の物語は知らん。」

「そうですか。一人暮らしの金持ちの老人の話しなのですが…。」

「何じゃ、わしのことだ、とでも言いたそうじゃな。わしは、これが好みなんじゃ。」

何となく強欲爺と言う感じがしたので、清十郎は気を悪くして言い返しました。

「いや、伯父さんには、青華さんよりもリーファさんがいますし、大分違うのですが、その話の中で、老人は、人々に囲まれて暮らすことの素晴らしさを、幽霊たちに教えられるのです。」

「つまりは、わしもそうしろ、と言いたげじゃな。」

「ええ。まあそれに近いのですが、青華さんが言うには、人間誰しも死ぬけど、おじいさまには、憎まれて死ぬよりは、惜しまれて死ぬ人になって欲しい、と言ったのです。」

「と言うからには、わしは、一人寂しく死ぬんじゃな。」

リーファも居ないのかと悄然としながら吐き捨てる様に言うと、一郎は慰める様に言いました。

「いいえ、青華さんが言ったのはそんな意味では無いのです。貴方には、今は青華さんとリーファさんが生き甲斐の様なものです。しかし、それだけでは寂しいんじゃないかと、彼女は考えたようです。貴方は、そう思っていないかも知れませんが。」

清十郎は、心の中を見透かされた様な気がしましたが、確かにそのとおりなので、黙って聞くことにしました。

「それで。」

「一つだけ教えてくれたのですが、青華さん自身は、2年後ぐらいには運命が結んだ相手と結ばれて普通に結婚してこの家を出て行き、大変幸福に生きることができるそうです。」

「未来の男は関係ないのか。」

「それは、75年ぐらい後のことらしく、彼女が転生してから関係ができるそうです。」

「そうなのか。でも、青華は、何故わしから離れるのじゃ。」

一郎は、しばらく考えてから答えました。

「あなたには、梨花さんがいるじゃないですか。青華さんは、このまま一緒に居ては、あなたのためにもならないと考えたのですよ。」

「そうじゃろうか。わしは、青華を束縛している積もりはないが。」

「青華さんは、青華さんの家庭を築いていかないといけないのですよ。だからこそ貴方と一緒には居られない。そこで、貴方の未来を心配しているのでは無いでしょうか。」

清十郎は、しばらく考え込んで居ましたが、諦めて尋ねました。

「死ぬのに、幸福な死に方と不幸な死に方があるのじゃろうか。」

一郎は、神妙な顔で答えました。

「気の持ち様じゃ無いでしょうか。人間、絶対的なこと、は無いでしょう。同じことでも両方の捉え方ができるでしょう。だから、同じ結果でも幸せ、と思える様になれば良い訳です。」

「わしは、リーファに看取ってもらえば、それ以上は望まぬが、わかった。そうする様にしよう。」

「それから、死んだあとまで財産は持っていけません。強欲爺ではなく、青華さんがいうように、惜しまれて亡くなる人物になっては如何でしょうか。」

「それもそうだな。確かに地獄に金は持って行けぬわ。」

「それが、青華さんのお願いです。」

「よし、わかった。そうしていくことを約束しよう。」

程無く18歳になった青華は、何と一郎の同僚の医師、大野和明と結婚すると言い出しました。

驚いた清十郎が、一郎に聞くと、彼も首を傾げました。

「変ですね。大野君と青華さん、ほとんど話をしたこともないはずですが。」

「いや、青華の理解不能は何時ものことじゃが、結婚するのは1年後なんだと。それを見てきたから、そうなるはずなんじゃと。ほんまに変な孫じゃ。」

しかし、彼女自身がそういうからには、その通りになるのだろうと、一郎は大野和明に竹野青華のことは知っているかと、ずばりと聞いて見ました。

すると和明、青華は、一郎が以前に一度連れてきて診察したことがある美少女との認識はありましたが、それだけでしたから、何故聞かれたのかきょとんとしていました。

そこで一郎、和明に決まった人はいないのかと単刀直入に聞くと、彼、一郎の婚約者の看護師松宮茜のことを、いい子だなあと狙っていたが先を越されてしまったし、今はいないなと笑いました。

じゃあまあ、青華の予言が成就しても、問題はなかろうと思った一郎、次に竹野家に行く時、青華が和明に会いたがっているから一緒に行こうと誘ったのです。

和明、釈然としないので渋ったのですが、一郎に、青華よりも祖父の清十郎と知り合っておいて損はないだろうと説得されて、承諾しました。


1ヶ月後、和明を竹野家に連れて行って青華に引き合わせると、彼女喜んで彼と腕を組んだのです。

ぎょっとした和明、清十郎と一郎に助けを求めました。

「なんなのですか、これは。何とかしてくださいよ。」

すると青華、真面目な顔で和明に確かめました。

「私は、あなたのお嫁さんになる運命なんです。お嫌ですか。」

そう言われると、美少女の青華だし、自分には今付き合っている女性もいないし、清十郎からの援助も期待できそうだし、和明には拒否する理由はありませんでした。

「いいえ、あなたは素晴らしい女性だと思いますが、突然私の妻になる運命と言われても信じられませんから、驚いたのです。それに、あなた自身はどう考えているのです。わたしとは今日会ったばかりで、私のことは何も知らないはずですが。」

「いいえ、私、あなたがどんな人か、全て知っています。ですから、承諾していただけますか。」

和明、更にたじたじとなった。

青華は18歳だから7歳年下だし、童顔だからまだ15歳そこそこにしか見えないし、美女ではなく、美少女としか形容が出来ない女性なのです。

苦し紛れに、和明は、清十郎に尋ねました。

「あのう、青華さんには見込んでいただけたようなのですが、お孫さんの婿として、私は本当に認めてもらえるのでしょうか。」

清十郎と梨花は、最初は真面目な顔で和明を見ていたのだが、梨花がにっこり微笑んだ後、清十郎が吹き出した。

「ああ、失礼をした。いやまあ、孫の青華、人知を越えたところがあってな。わしも驚かされることしばしばなんじゃ。お前さんが夫になる男性だと言い出したのだから、わしも認めてやるしかないわけじゃ。」

「私を、からかっているわけではないのですか。」

吹き出した清十郎に言われると、和明、到底本気に思えませんでした。

「それはない。至極真面目な話でな。詳細は、一郎に聞けばよいが、青華、将来のことがある程度わかるんじゃよ。お前さんさえ良ければ、もらってやってくれんか。」

そう言われると真面目な話なのだろうし、和明、改めて青華の顔を見つめた。

整った顔だし、日本人離れしたプロポーションの持ち主だし、祖父の清十郎が認めるなら悪くはありません。

いや、いい話です。

「いいお話ですね。でも、青華さんのご両親の承諾を得ないで進めるわけには行きません。」

すると青華、あっけらかんと言い切りました。

「あっ、大丈夫です。二人とももういませんから、おじいさまと梨花さんさえ承諾していただければ。」

「えっ、いないとは。」

「ああ、死んじゃいましたから、いないんです。」

「それは失礼しました。」

謝ると、青華、気を良くしたのか、また和明と腕を組んで確かめました。

「じゃあ、私をもらってくれますか。」

それでも、和明は半信半疑でしたから、再度確かめました。

「本当に、あなたの夫は私なのですか。」

「そうなんです。私、見て来ちゃいましたから。」

「何を見てきたのです。」

「あなたと結婚して、子供も生まれて、幸せに暮らして、最後はあなたと一緒に死ぬところまで。」

最後だけは穏やかならぬが、彼女が幸せに暮らしてというなら、いい話なのだろう。

「そうですか。幸せになれるのなら、私も言うことはありません。あなたを妻にもらい受けたいと思います。」

「はーい。奥様として、よろしくお願いします。」

ぎょっとしている和明に、清十郎と一郎は無責任に笑っていたので、梨花が声をかけました。

「驚かれたでしょうね。でも、青華の言うことは必ず当たるんです。自分が見てきた未来のできごとなのですから、あなたも青華も必ず幸せになれるんですよ。妻として、大切にしてあげてくださいね。」

狐につままれたような状況ながら、悪くはないと、和明は割り切ることにしました。

「では、青華さん。私の両親に、会ってください。」

「はい。喜んで。」

そう答えた青華は、顔を赤らめ、年相応の恥じらいを見せました。

すると、彼女から清廉な色気が感じられて、和明はどきっとしました。

清十郎、笑ったままでは格好が付かないので、真面目に宣言しました。

「では、孫娘竹野青華と、大野和明の縁談を調えるよう、竹野家は大野家に申し入れることとするが、異存は無いか。」

「真面目に考えてくださるなら結構ですが、まず両親に引き合わせたいと思いますので、縁談を進めるのは、その後でお願いします。」

「承知した。」

一郎は、からかった。

「大野和明に、年貢を納めることを要求する。」

「お前はどうした。茜さんに取り立てられるんじゃ無いのか。」

負けずに言い返すと、一郎は舌を出した。

「残念でした。私はもう調っている。」

「えっ、何時の間に。」

「10月挙式で、結納も交わしたわ。」

「そうだったのか。ご愁傷様に。」

皮肉ったつもりが、青華に大笑いされたので、和明、体裁が悪くなって謝った。

「いや、今のは冗談だ。それはおめでとう。」

「だから、次はお前の番というわけだ。」

「では、次の日曜日に、青華さんを大野家に案内することでよろしいでしょうか。」

ほんの数分で、和明と青華の縁談は決まってしまいました。


縁談がまとまり、1年後に挙式を終えると、青華は、大野家に移りました。

その後、竹野清十郎は、約束通りに一郎と和明に援助するとともに、私財をなげうって地域の発展に努め、最後は望み通り、今や最愛の人となっていたリーファと、清十郎の援助で駅前に開業した奥一郎、茜夫婦と子供二人、彼には少し遅れたが、実家の西宮の大野医院を継いだ和明、青華夫妻とやはり子供二人、に看取られて亡くなった。

満ち足りた死に顔であり、人々に惜しまれる死であった。

彼は、最愛のリーファの手を握って、最後にこう言いました。

「リーファ、長い間ありがとう。れん、これでも良かったのだろうな。次は一緒になるということで。」

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