第2話
「この度【知恵の塔】の評議会でメリク殿の管理室入りが満場一致により許可されました」
客までテーブルに座り向き合った三人は和やかな雰囲気で話し始める。
エンドレクの言葉にオズワルトは改めてメリクに祝辞を贈った。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
「管理室に属する魔術師に与えられる【金の指輪】は子爵位に相当します。
メリク殿はオーシェ家の縁となりますから、今日はその差配をご当主のオズワルト殿にお尋ねするよう、魔術師長より申し遣っております」
オズワルトはふむ、とテーブルの上で指を組んだ。
「女王陛下はいかが仰られておいでか?」
「陛下は後見を重んじ、ご自分の発言は控えられるとのことです」
オズワルトに一任するという意味だ。
歴戦の軍人であるオズワルトは微かに笑みを浮かべ、メリクの方を見つめた。
「メリク殿はいかがか。私個人のことを言えば我がオーシェ家はもともとショーヴランの田舎の一伯爵家に過ぎない。血筋で言えば他の公爵家とは比べようもないほどで、貴方が正式にオーシェ一族に入られたとしてもさほど政治の種にはならないでしょう。又、私には跡取りとなるべき息子はおらず、ゆくゆくは三人の娘のいずれかの婿にでも本家を任せるつもりでしたから、オーシェ一族の系譜に入っていただくことは、妻のミラスなど飛び上がって喜ぶに違いありません。
貴方のその曖昧な立場が定まる時を、サンゴールの人々はいつも興味深く見つめて来た。オーシェの名を継がれればむしろ皆、拍子抜けしてがっかりするでしょうな」
「いえそんな……」
メリクは首を振った。
瞳を上げれば、側のハーレイが笑いを堪えるような顔をしていて、メリクはからかわれたのだと気づいて赤くなる。
オズワルトが声を立てて笑った。
「ははは……要するに私が言いたいのは、オーシェ家の養子になった所で、貴方の身に大きな影響は無いということです。そしてそう言っていただけるなら、私はもちろんミラスも何一つ断る理由は無いということ」
ありがとうございます、とメリクは言った。
オズワルト・オーシェはこの十年ほど本当に良き後見人となってくれた。
実力者でありながら元々の身分としては名門とは言い難いオーシェ家だ。
だからこそメリクの存在を他の有力貴族達が、必要以上に脅威に見なかったのだろう。
「しかしオーシェ家に入らぬも貴方の自由です。一人の人間として子爵の家を持ちたいというのならそうなさればいい。それもいいことだと思いますよ。貴方はまだ十七歳ですが、何と言っても【知恵の塔】の管理者の一人となられた今、何も出来ない子供と侮る者はもはやいますまい。
また、その場合私はオーシェ家の当主として貴方とお付き合いすることでも、多くの利益を頂けることには変わりが無いということも付け加えておきましょう。
息子として大切にするか、友人として大切にするか、ただそれだけの違いです。お分かりか」
「はい」
「どちらの道を選んでもオーシェ家は貴方の支えになりましょう」
「ありがとうございます、オズワルト様」
「どうしたいか、強い望みはお持ちですか?」
メリクはやや目を伏せた。
「……私自身は、特に希望はありません。一人の人間として家を持ってみたい気もないわけではありませんが、曖昧な立場の私が貴族の位を持つことで、あらぬ噂が増々立つようなことだけは避けたいとは思いますが。
わたしは……サンゴールという国にとって一番平穏な道を選びたいと思います」
「あらぬ噂というのはミルグレン王女とのこと然り、第二王子殿下とのこと然りですね」
「……。」
「メリク殿、気にされることは無い。有能な人間の周囲にはあらぬ憶測は必ず飛ぶものですよ」
エンドレク・ハーレイが優しい声をかけてくれる。
「貴方は全面的に女王陛下を尊重しておられる。そして陛下は全面的に貴方を信頼なさっておられる。それは確かなことなのですから」
二人の遣り取りを見ながらオズワルトはテーブルに置いた手の指を組んだ。
「……にもかかわらず不穏な噂が飛ぶのは、間違いなく第二王子殿下が明確な意志をお見せにならないからでしょう。
王女のことにせよ、ご自身のことにせよ、たった一度ご自分がメリク殿と人々の前に並び立つだけで、愚かな風評など消せるものなのですから」
「……」
「やはりここは、メリク殿の選択は、第二王子殿下のご意向に添うようにした方が一番良いでしょうな」
オズワルトの言葉にエンドレクも頷く。
対するメリクは俯いて押し黙っていた。
オズワルトはその様子を見ていたが「やがて分かりました」と一つ頷いた。
「メリク殿がご自身のことを、ご自分でお尋ねするのはいかにも角が立つ。この機会に私が第二王子殿下に貴方の後見人として、お考えを聞きに参りましょう」
「オズワルト様が?」
驚いたようなメリクにオズワルトは軽く笑んでみせる。
「ええ。なかなか機会に恵まれずここまで来てしまいましたが、今回は殿下の弟子たるメリク殿の祝事なのですから、よいきっかけでしょう。
それに私も軍部大臣として、第二王子殿下がこの国の未来にどのような展望を持っていらっしゃるのか――一度きちんと聞いてみたいと常々思っておりました。
メリク殿の身の振り方を、全て殿下の思うままにお任せしようと思いますが……よろしいですか?」
メリクは慌てて頷いた。
「はい、私はもちろん……」
「では早速女王陛下にお願いし、謁見の席を設けていただくことにします。メリク殿。心配なさらず今回のことはこの私にお任せください」
オズワルト・オーシェがまさかリュティスに会う、と言うとは思っていなかった。
しかしメリク自身はこれからの自分の身の処し方など、リュティスに到底聞きにはいけないと思っていたので、これは救いの一手だった。
リュティス・ドラグノヴァがこの軍部大臣にどんな言葉を与えるかなど、全く予想もつかないことではあるのだが。
立ち上がって窓辺に立ったオズワルトの毅然とした背をメリクは見る。
何か強い意志のようなものがそこにあるのを、彼は確かに感じ取ったのだった。
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