その翡翠き彷徨い【第41話 軍部大臣、動く】

七海ポルカ

第1話





 太陽を刻んだ白銀の盾。


 魔術学院の巨大な門をくぐり抜け、正面ガーデンへ乗り入れて来た馬車に描かれた紋章を、興味深そうに学院の学生達が窓やテラスから見下ろしている。

 馬車の扉が開いて侍従が反対側に回り扉を恭しく開いた。


 バサリ、と厚手のマントを捌き一人の男が地面に降り立つ。

 その髪は白髪を交じらせていたが、地面に立ったその背はビシリと伸びていて、体格も衰えた所の無い、貫禄ある雰囲気を放っていた。

 歩く為に肩から背へと預けたマントから覗く腰元には、見事な意匠の剣が下がっていて、魔術の学び舎にはいかにも珍しいその出で立ちに、ざわりと学生達がどよめいた。



「見ろよ、オズワルト・オーシェだ」


「すげぇ……初めて見るぞ。本物か?」



 サンゴール軍政の最高権力者と言っていい軍部大臣の登場に、学院中が湧いている。

「護衛一人でこんな所に……」

「何言ってんだよ。現役時代はサンゴール騎士団の武術大会で五連覇した手練だぞ。今だって相当な剣を使うらしいし、護衛なんか必要無いのさ」

「はぁ……そんな華麗なる経歴をお持ちの軍部大臣殿が魔術学院に何の用で?」

「それは、あれに決まってんだろ……」


 聞くまでもないなという声音で彼は答えながら、どこかを指差したのである。




「オズワルト様」




 魔術学院の入り口から出て来た一人の青年を見て、厳しい雰囲気だったオズワルトの表情が緩む。


「メリク殿」


 後見人の関係にある二人は手を取り合った。

「わざわざ来ていただき、ありがとうございます」

 メリクがまずオズワルトに礼を示した。

「久しぶりですね。元気そうだ」

「はい」

 メリクは微笑んでから、共に連れ立って出て来た深緋しんひの正装を身に纏った魔術師を振り返る。


「エンドレク・ハーレイがご挨拶を」


 温和そうな魔術師が進み出て、オズワルトの前で一礼をした。

「宮廷魔術師団のエンドレク・ハーレイと申します。オーシェ卿。【知恵の塔】では管理室に属しております」

「ああ、メリク殿から聞いておりますハーレイ殿。貴方がいついかなる時も力になって下さっていると」

「この度のこと、まことにおめでとうございます」

 オズワルトは親しげな眼差しでメリクを見つめ、肩に手を置いた。

「全ては貴方が懸命に励んだ結果ですよ」

 メリクは小さく笑んでから視線を伏せた。

「どうぞこちらへ」

「ありがとう」


 三人はエンドレクの先導で魔術学院の中へと入っていった。

 それと同時に、窓やテラスからこちらを見下ろしていた学生達も、瞬く間に散って誰もいなくなったのだった。



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