第7話 強敵

「完全復活!」


 身体はしっかり治り、体調も万全。天使のカーディガンは火傷跡も無く完璧に治してくれた。

 数日ほど完治に時間がかかったが食料を沢山蓄えておいたおかげで何もない雪山でも快適に過ごす事が出来た。


「本当、残念な雪山だよ」


 木はあっても木の実は無い、野草も食べれそうなものは生えていない。川などは見当たらず当然魚は無し。

 食べられるものが一切ない。少しはバッタの森を見習って欲しい。

 気温についても森は非常に快適な環境だったがここは雪山……セーラー服が体温調節してくれなかったら凍え死んでいる。


「さて、行くか」


 既に先に続く階段を見つけているのだ。木の実や野草を探していたらついでに見つかった。

 この先は何が待っているのだろう。


「……」


 待っていたのは見覚えのある洞窟。しかし道というよりは広場のような空間で奥の方に大きな扉があるように見えた。広場には特に何も無く扉まですぐに到着した。


「えっと……」


 間近でみると凄い大きな扉だな。鉄で出来ているっぽいし重すぎて動かないと思うんだけど開けられるかな?


「んー!」


 試しに開けようと思って扉に触ったらギギギギと鈍い音がして扉が少しずつ勝手に開いていく。

 何故だろう?私にはスキルで暗くても見えるはずなのに暗くてよく見えない。しかし入ってこいという意思は感じた。良いよ、かかってこい。

 中へ入るがやはり真っ暗で見えない。が何かいる事は《気配察知》で丸わかりだ。


「っ!扉が……」


 私が完全に中へ入ると扉が勢いよくバタンと閉まった。そして閉まった瞬間に中の部屋が明るくなる。


「人……じゃなくて牛?」


 筋肉ムキムキな人の体に牛の顔……なんか見た事ある気がするけどなんだっけ?


 ミノタウロス……牛の顔を持った巨人。巨大な斧を持ち全てを薙ぎ払う。


「ああ、見覚えがあるのはこれか」


 ミノタウロスが巨大な玉座に座り私を睨みつけている。完全に戦闘体制に入る前に私は石を投げて攻撃してみる。


「石は……効かないね」


 私が投げた石は見事にミノタウロスの目を狙って飛んでいったが簡単に斧で弾かれた。

 やはり倒すなら骨で殴るしかないだろう。


「ふぅ……やるか!」


 私が骨を取り出している間にミノタウロスは立ち上がり斧を構え始めていた。


「いざ!」


 骨を片手に強く握りしめてミノタウロスに突撃する。ミノタウロスも同時に斧を持ちながら突進してきた。

 私の骨とミノタウロスの斧が正面衝突して凄い衝撃がくる。


「ぐぎぎぎ……力では勝てない、か」


 このくらいの衝撃では何ともないくらい私は強くなった、しかし押し合いでの力勝負は勝てなさそうだ。

 ジワジワと押されてついには弾き飛ばされる。


「うわっ!」


 壁に叩きつけられそうになるが上手く体制を立て直して壁を蹴り衝撃を和らげる。


「……!」


 息を吐く暇もなくミノタウロスの追撃がやってきて防御をしようとする――


「しまった、な」


 防御が間に合わず避ける判断が遅れた私の横腹を見事にざっくりと切り裂いてきた。

 ポタポタどころではないドバドバと出る血が流れて明らかに致命傷だ。


「《着火》!」


 私はすぐさま横腹の傷を自らの炎で焼き止血をする。

 痛みなど些細な事だ。どうせ快感に変わる。


「あはは……!」


 一瞬にも関わらず血を流しすぎたせいか身体の体温がおかしい。熱いような寒いような。セーラー服が大きく切り裂かれたせいで修復されるまで体温調節機能が働いていないのかもしれない。


「大丈夫、まだ身体は動く」


 横腹でよかった。左腕や足を持っていかれたらどうしようもない状況になっていただろう。


「待ってはくれないよね」


 止血をしている私を見逃すはずもなくミノタウロスは斧を振り回している。

 素早い攻撃や横腹の傷で私の動きは鈍く致命傷を避けてはいるものの少なくない傷がどんどん増える。


「はぁ、はぁ」


 これ以上の傷はダメだ。血を流しすぎている。


「きたきた……あは、アハハ!」


 やっと気持ちよくなってきた。横腹の傷が深すぎて快感に変わるのが遅れていたのだ。

 そして疲れも溜まってきて最高に気分が良い。


「もう攻撃は受けない、ヨ?」


 気持ちよくなってきたおかげかミノタウロスの攻撃が手に取るように分かる。まるで数秒先の未来を見ているかのようだ。


ゴッ……バキッ


 ミノタウロスの攻撃を避け切ってから骨でミノタウロスを叩く。

 見事にミノタウロスの角がポッキリと折れてコロンと転がった。


「まだまだ、いくよ?」


 角を折られて怒りミノタウロスの攻撃がより一層激しくなる。しかし私はそれを全て避けて骨で叩いて叩いて叩きまくる。

 ミノタウロスは頑丈で叩いても怯むことなく私を攻撃してくる。それでも私は攻撃しつづけた――


「う、ゲホッ」


 口から血が勢いよく吐き出される。痛みや疲れなど快感に変わっているので感じないが身体は限界なのだろう。手に力が入らず骨すら持てない。ただ、それはお互い同じ。


「あなたも限界、でしょ?」


 角は2つともへし折り、両腕は変な曲がり方をして使い物にならず、息を切らしたミノタウロスが目の前で佇んでいた。

 ミノタウロスは私を睨み頭をこちらに向けてくる。これが最後の攻撃……恐らく全力で突進してくるだろう。


「最初のぶつかり合いは負けたから……リベンジだね!」


 私が覚悟を決めるとミノタウロスが今までのどの攻撃よりも速い力強い突進で私に向かってきた。

 私にこれを止めることは出来ない。避けるのも無理だろう。当たったら死ぬ……ならこれしかない。


「《狂乱の炎上天使》」


 ボッと全身が燃えるが不思議と熱くも痛くもない、怪我のしすぎで感覚がおかしくなっている。

 あれだけ限界だった悲鳴をあげて限界だった身体が軽く自由に動く。


「バイバイ、ミノタウロス」


 私はすぐそばに落ちている骨を拾い突進してくるミノタウロスを頭から突き刺した。

 その瞬間、ミノタウロスは私同様に炎に包まれて焼き尽くされる。


「解除」


 スキルを解除してすぐに私は気を失ってしまった。


 ・・・

 ・・

 ・


「……ん」


 やけにいい匂いがして目が覚める。


「うぐっ!」


 無意識に身体を起こして痛みを感じ、すぐに今の状況を思い出した。そうだ、ミノタウロスと戦って……。


「うわっ!隣で死んでる!」


 真隣で焼き焦げているミノタウロスがいた。立ち上がり様子を見てみるが完全に死んでいる。


「あれ?よく考えたらなんで動けるんだろう?」


 シロクマと戦い終わった後よりもさらに酷い怪我や疲労だったのにも関わらず身体は動く。動かすだけでも悲鳴はあげているけどね。


「ワタクシが生命力を分けたからです」

「……っ!」


 後ろから人の声がして振り向く。久しぶりに聞く人の声だが反射的に骨を持って応戦体制に入った。


「そんな警戒しなくともワタクシは葵さんを傷つけたりしませんよ」


 後ろを向くと大人の女性が立っていた。真っ白な羽を生やしているので恐らく人間ではない。もしかして――


「天使……?」

「おや、ワタクシを知っていましたか」

「ステータスにあったからね」


 この人……人?天使がずっと私を見ていた天使だろう。凄く綺麗で美しさを感じる。


「葵さんの頑張りをずっと見ていました。それこそこのダンジョンを葵さん専用にするくらい」

「ダンジョン?」


 ダンジョンって何だろう?この不思議な洞窟の事かな?


「そういえば葵さんがここに来たのはこの世界が変化した瞬間の出来事でしたね。それでは知らないでしょう」


 天使は長々とこの世界が変化した状況などを教えてくれた。


 この世には様々な神々が存在する。その中の地球を担当している神……娯楽神は平和な世の中に退屈をしていた。

 そこでさらなる娯楽を求めて混沌の神と手を組み娯楽の一部であるゲームを参考にモンスター溢れる世界を作成した。

 モンスターはダンジョンと呼ばれる場所でのみ出現し、地球人はステータスという不思議な力を使い生き抜く。そんな世界を作り上げた。

 ダンジョンは各世界様々な場所で作られ、作成者は全て混沌の神の使い……天使である。


「地球人は新たな魔力、モンスターの素材という資源、ダンジョンという娯楽を手に入れ、ワタクシたち天使も暇を潰せる、混沌神様や娯楽神様も楽しめる……とても良い世界になりました」

「はぁ」


 理解は出来たけど理解に苦しむね。普通に世界滅亡もあり得ると思う。私は結果的に助かったしありがたいから感謝しかないけど。


「こちらの情報は娯楽神様自らが世界各地でお伝え済みですね」

「……」


 神様ねぇ。


「ちなみにこれはこの世界誰も知らない内密な情報なのですが全てのダンジョンを攻略した者には天使になれるという破格の条件ですよ」

「天使になれるのはそんなに凄い事なの?」

「もちろんです!詳しい事は言えませんが人間如きがなれる存在ではありませんね」

「ふーん」


 全てのダンジョンなんて絶対に無理だからそんな条件になっているのかな?

 ちょっと燃えてきた、天使……目指そう。


「あら、葵さんは天使になりたいのですか?」

「別になりたい訳じゃないけど天使になれば神に会えるでしょ?こんな世の中にしてくれてありがとうって伝えたくて」

「ふふ、良い心がけです。葵さんはワタクシのお気に入りですから是非とも挑戦してもらいたいですね」


 そう言って天使は私の頭を撫でてきた。

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