第2話「7人目の誓い」
四月十五日、朝練後の体育館裏。
朝露の残るベンチに、湿った風が通り過ぎていく。まだ日差しの角度が浅い時間帯。体育館裏にぽつんと並べられたベンチに、一翔がどさっと座った。
肩からはジャージの上着がはだけ、息が少しだけ荒い。早朝ランのあと、そのまま籠(こも)るようにここへやってきたのだ。
「やっぱ、あと三人だよな……」
小さくつぶやく。隣では結衣が、タオルで首元を拭きながら頷いた。
「運営・資金・広報。この三分野にリーダーが必要。今のままだと、全体把握が不十分すぎる」
「でもさ、誰をどう誘えばいいかっていうと……」
一翔が言いかけたとき、「よっ!」という軽い声とともに、背後からぐいっと誰かの顔が覗き込んだ。
「二人とも朝っぱらから難しい顔してんなあ」
金髪寄りの茶髪に、にやけた顔。洋輔だった。体操服のままバスケボールを抱えて、スニーカーの音をギュッと響かせながら歩いてきた。
「復活計画の会議っしょ?おれ参加するって言ったし、ここでしょ?」
ずい、と結衣の隣に無断で座りこみ、持ってきたアイスコーヒー缶を自分だけ開ける。プシュ。
「んで、残り三人は?」
「それを話してるところ」
「ほほう。それなら、おれから紹介したい奴がいる」
洋輔は、さっと顔を横に向けた。すると、体育館の反対側から走ってくる、筋肉質な影が見えた。
その少年は、一直線に向かってくると、最後はぴたりと前で止まった。見事な制動。
「紹介するぜ。俺の筋トレ仲間、幸平!」
「ども。……んで、話はなんだ?」
幸平は飾らない態度で、一翔たちを見渡した。
「虹ヶ丘ランド、知ってる?」
結衣が訊ねると、幸平は無表情で首を縦に振った。
「昔、親と行った。観覧車と……あれだ、変なカエルのゴーカート。スピード出なかったけど」
思い出したように唇の端が少しだけ上がった。
「そこがさ、十月に解体されるって決まって。で、その前に一日限定で再開させたいっていう話をしてるんだ」
一翔の言葉に、幸平は一拍だけ間を置き、腕を組んだ。
「なるほど。で、俺をなんで呼んだ?」
「安全と運営の責任者。特に当日のスタッフ管理が一番の肝になる。体力面と判断力を見て、推薦したいって洋輔が」
結衣の説明に、幸平は頷いた。
「スタッフ教育、怪我防止、立ち入りルートの整備……そういうのか」
「やる?」
「……おれが仕切るなら、徹底してやる。甘えはナシ。サボるやつは切る」
「それでいい」
一翔が即答した。どこかで、誰かが厳しく全体を締めてくれるなら、自分は前に出られる。そう確信していた。
「――で、俺からも一人、推薦していい?」
結衣が口を開いた。
「実希。イラストとか小物づくりとか、あと発想力がすごい。広報リーダーに最適だと思う」
「お、それはナイス人選」
洋輔が指を鳴らした。
「今どこ?」
「来てる。あっち」
手を挙げて走ってくる少女がいた。大きなトートバッグを肩にかけ、髪はツインテール。
「おはようございます!」
「紹介する。実希。チラシ作りとか、あたしも頼りっぱなし。器用でまじめで、正直、うちのクラスで一番“動ける”子」
結衣が胸を張るように言うと、実希は少し照れながらも、ぺこりと頭を下げた。
「わたし……できる範囲でなら、やってみたい。楽しいイベントになるなら、力になりたいなって」
そして、さらにもう一人、静かに近づいてきた影があった。
「もう一人、紹介させてください」
声の主は蘭だった。
蘭は、制服の襟をきっちり整えたまま、一礼してから口を開いた。
「すでに一部の設備構造を調べました。遊園地の図面は市の資料館で一部公開されていて、そこのコピーを持っています」
「……えっ、もう?」
一翔が目を丸くする。彼女の登場が唐突すぎて、誰もが一瞬固まった。
「安全なルート確保と修繕優先箇所の判断には、現地調査と既存図面が不可欠ですから」
蘭の口調は静かだが、内容は圧倒的だった。結衣が目を輝かせた。
「じゃあ……あなたは“技術班”に入ってくれる?」
「もちろん。ただ、個人的には“リスクマネジメント班”のつもりです。感情ではなく現実的な対応が求められるので」
言い切ると、蘭はベンチの背もたれに図面の束を取り出して並べ始めた。
「……すごいな、この人……」
洋輔が呆れたようにつぶやくと、幸平がうんうんと頷いた。
「理詰めの人間は貴重だ。筋トレにも応用できる」
「それはちょっと違うと思うけど……」
結衣が小さく笑いながら、すかさずホワイトボードに名前を書き足す。
こうして、「運営:幸平」「広報:実希」「安全:蘭」の三名が新たに加わった。
「これで七人……だな」
一翔が立ち上がり、腕を大きく回すように伸ばした。心なしか、顔が明るい。
「よし、次は班の役割分担と朝のミーティング方法、決めよう」
「朝礼か?」
幸平が目を細めた。
「おれが毎朝筋トレしてるの、知ってるやついると思うけど」
「……それって、あの噂の“腕立て百回しないと会話できない”集団?」
洋輔が引きつった顔で訊いた。
「そう」
幸平はさらりと言った。
「ふざけてるように見えるが、筋肉は裏切らない。朝から動けば、判断力も鋭くなる」
「いきなり“裏切らない”とか言われても……」
洋輔がぼやくと、実希がふふっと笑った。
「じゃあ、朝礼は“幸平式フィジカルチェック”ってことでどうかな?まずはストレッチからお願いね。柔軟性大事だし」
実希の提案に、蘭がすっと手を挙げる。
「補足します。運動前後にストレッチを入れないと、関節可動域が狭まり怪我のリスクが増します」
「……はい、先生」
一翔が思わず頭を下げ、皆が吹き出した。
和やかな雰囲気の中、裕介が遅れてやってきた。白いホワイトボードを眺め、手にしていたポータブルホワイトボードを取り出すと、さっと文字を書いた。
「全体設計図はこっちで作ってきた。役割分担をわかりやすく示せるように。班ごとに矢印つけて、どこがどう連動するか一目でわかるようにしてる」
「天才か……?」
洋輔が思わず呟く。
「とりあえず“設計班”として任命しても?」
結衣が訊くと、裕介は軽く笑った。
「環境分析と人員調整は得意。自分のポジションは把握済み」
「よし、じゃあこれで七人全員そろった!」
一翔が手を掲げる。
「せーの!」
「「「虹ヶ丘ランド、復活作戦――始動!!!」」」
朝日が一気に昇って、体育館裏の影を塗り替えた。
その後、7人は各班の具体的な仕事の洗い出しに取りかかった。
ホワイトボードの前に集まった彼らは、いくつかのペンを取り合うようにして、「設備管理」「会場運営」「金銭調達」「広告宣伝」「行政手続き」「当日スタッフ育成」などのワードを列記していった。
すると、聖美がそっと手を挙げた。
「ねえ、じゃあこの“調整係”ってところ……私にやらせてほしい。直接現場に入るより、人の意見を聞いたり、書類揃えたり、そういうののほうが得意だから」
「異論なしだ」
結衣が即答する。
「……あ、でも責任重くない? ミスしたら大変そうだし」
実希が心配そうに言うと、聖美は微笑んで答えた。
「責任があるって、いいことだと思うよ。“役に立ってる”って感じるから」
その言葉に一翔はハッとした。
(俺は……まだ、“役に立ってる”なんて言える立場じゃないかもしれない。でも)
ふと目に入ったのは、ホワイトボードの一番上に書かれた自分の名前。
「総括:一翔」
――思いつきの直感で始めた挑戦が、いつの間にか、誰かの覚悟を巻き込んでいた。
「よし。明日から本格始動だ」
一翔が真剣な顔で言った。
「初日は、現地調査から。管理会社に連絡して、立ち入り許可をもらえるか確認する。ダメなら……」
「……抜け道、あるわよ」
蘭が小声で言い、皆がずっこけるように笑った。
「ダメだけど……助かる」
「じゃあ俺は、周辺の商店街とか、協力してくれそうなとこをリストアップしてみる」
洋輔が言った。
「私は素材集めとチラシのデザイン草案、作っておくね」
実希が付け加える。
「幸平と私は、最低限の安全マニュアルと、スタッフ育成の初期案を」
「俺は会場全体図を整理して、人の流れと危険エリアを分析する」
裕介が自信満々に言うと、結衣が最後に、静かに言葉を添えた。
「まずは“180日間”をどう分割するか、全体のスケジュールを立てて、可視化する」
その瞬間、誰もが「本当にやるんだ」という気持ちに包まれた。
ベンチの背もたれに、春の風があたり、張られた紙が一枚、空へ舞い上がる。
その紙には、最初に貼られていた「虹ヶ丘ランド解体」の告知。
だが、もはや彼らにとって、それは“終わりの紙”ではなかった。
始まりの一歩。たった一日、ただの遊園地にもう一度“命”を吹き込むために。
七人の中学生が、ここに誓いを立てた。
虹ヶ丘ランド、復活作戦。
未来へのカウントダウンが、静かに、しかし確かに動き出した。
―――第2話「7人目の誓い」完(END)
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