この道の果てで、影と私は世界を終わらせた

インバランスなケーパビリティ

この道の果てで、影と私は世界を終わらせた

私は終わりのない道の途中にいた。平べったい世界の果ては、幻のようにゆらゆらと揺れている。それは空が内側にたわみ、全てを飲み込もうとする終末の渦。かつて“ビッククランチ”と呼ばれた現象の中に、世界は崩れながら、静かに息を引き取ろうとしていた。


どこへ続くかも、どこで終わるかもわからない道。そんな道が、彼方先まで延びる。私はただ、歩き続ける。後ろに伸びる自分の影だけが、私の背後を静かに追ってくる。


――それは、かつて“魔王”と呼ばれた女の面影。


そして私は、“勇者”と呼ばれた者。世界を救うはずだった剣は、終わりを切り裂いてしまった。


* * *


かつてマリアは田舎の小さな村で育った。山と畑に囲まれた静かな村。笑う父と、花の香りをまとう母。日々は穏やかで、世界に争いなどないように思えた。


その夜までは。


魔王軍が村を襲ったのは、星が曇った夜だった。黒い鎧をまとった獣人たちが火を放ち、刃を振るい、容赦なく命を刈り取った。悲鳴、炎、血のにおい。すべてが混ざった地獄の中で、マリアは家の焼け跡の中、父と母の冷えた手を握っていた。


そのとき、彼女の中に何かが目覚めた。心臓の奥から熱が湧き、空気が光を含んで震えた。剣の形をした光が、彼女の前に現れた。それが、勇者の力の覚醒だった。


* * *


王国は滅びかけていた。国王はすでに老い、魔王軍の勢いは止まらなかった。だが「勇者の再来」が現れたという報は、希望となった。


マリアのもとには、志を共にする仲間が集まった。重装の盾をかざす戦士ロガン。拳で岩を砕く女武闘家セリア。祈りで命を紡ぐ僧侶フィオナ。叡智と火を操る魔法使いレミオ。そして、光の剣を持つマリア。


彼らは“対魔王軍討伐隊”として、各地で戦った。その名は瞬く間に広がり、やがて“勇者パーティ”と呼ばれるようになった。


* * *


一方で、魔王軍を率いていたのは、若き魔王マルファ。


先代魔王の娘であり、聡明にして強大な魔力を持つ彼女は、争いの終焉を望んでいた。「このまま続けても、我々も人間も、滅びるだけだ」


和平を模索し、密使を送り、共存の道を模索した。だが、それはすべて裏目に出た。人間側には罠と捉えられ、魔族の中には裏切りとみなす者が現れた。


そして、四天王の一人が王都を強襲し、全面戦争が始まった。


マルファの叫びは届かなかった。もはや、誰にも止められなかった。


* * *


勇者パーティは、四天王を一人ずつ討伐していった。


氷の魔女セリクシア、死霊使いザルヴァ、剛力の鬼グランディス、黒炎の竜騎士フェルモル──そのすべてが激戦だった。


だが、その代償はあまりにも大きかった。


武闘家セリアはセリクシアと相討ちになり、僧侶フィオナはザルヴァの毒に倒れた。戦士ロガンはグランディスとの一騎打ちで斃れ、魔法使いレミオは最後の魔法で命を燃やし尽くした。


勇者マリアは一人になった。


* * *


魔王城の塔の頂で、勇者マリアと魔王マルファは対峙した。


「やはり、来たのね」


「……当然。私はお前を討つためだけにここまで来た。お前のせいで、私の家族も、仲間も……全部失った」


「それは……私の意志ではなかった。私は、止めたかった。だが、もう止まらなかった……」


「言い訳するな! お前が魔王だから、すべてが始まったんだ!」


「違う、マリア! 私は戦いたくなかった! でも、あの時、お前たちは和平の手を切り捨てた!」


「ふざけるな……! 私がどれだけの命を背負ってここに立っていると思ってる!」


「それは私だって同じだ!! 魔族にも家族がいる、仲間がいる! 私だって失った!!」


「黙れ! お前に人の気持ちがわかるものか!!」


「なぜ……なぜ聞こうとしない!? 私は謝ってるんだ……お前にすべてを託すしかないんだ……」


「もう……黙れ!!」


マリアの叫びとともに、光の剣が振り下ろされた。


マルファは最後に、絞るように言った。


「こんな結末、望んだものか……でも……あなたが私を倒したその手で……終わらせて……」


剣が魔王の胸を貫いた瞬間、マリアの中の何かがぷつりと切れた。怒りも、悲しみも、目的すらも、すべてが空に溶けていった。


* * *


そして私は、今、終わりのない道を歩いている。かつて勇者と呼ばれた、ただの村娘は、すべてを終わらせてしまった。


私の影――それは、今や静かに寄り添うマルファの残響。争いの果てに残ったものは、勝利ではなく、静かな虚無だった。


けれど、私たちはまた出会う。道の先で、影と影として、最後に残されたこの世界を見届けるために。


――終わりのない道は、もしかしたら始まりの道なのかもしれない。

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