第2話 グレートフィルター仮説
正直言って、ここ数年でのAIの進歩には驚いてばかりだ。それだけ、ディープラーニングという新技術の恩恵が凄まじいのだろう。世の中のことに疎い俺ですら、一時期ディープラーニングという単語はニュースでよく耳にしたほどだ。
日本語で深層学習と訳されるこの技術によって、AIの学習能力は飛躍的に高まったのだという。
『質問の定義が曖昧ですが――AIは現在技術革新により急速に進化を続けており人類社会において大きな変革をもたらしはじめています』
AIについてどう思うかという俺のざっくりとした質問にオーガスタスSFXが答えていく。聞き心地のよいその声に俺はじっと耳を傾ける。
『現代の情報化社会がもたらす膨大なデータはAIの処理・解析能力によりさらにその精度を向上させています。医療診断の精度向上や新薬開発、気候変動モデルへの対応など人間の力のみでは難しい問題への解決に大いに貢献しています』
医療分野でのAIは特に期待されている分野だろう。今はまだ手術支援ロボットの段階にとどまっているらしいが、完全自動の手術ロボットが現れるのはそう先の未来でもないだろう。
『一方で、AIの発展がいくつかの問題を引き起こしているのも事実です』
オーガスタスSFXがAIのネガティブな側面について語り始める。ある意味で俺が一番知りたかった内容だ。
『倫理と公平性の問題。AIが学習するデータによっては誤った結果が提示される可能性があり、その際のAIの意思決定がどのようになされたかが不透明であることも問題視されています。そして、プライバシー、セキュリティの問題。大量の個人データを扱う関係上、プライバシーの保護とセキュリティ上の問題は常についてまわります。そして最も大きいのが雇用の問題。AIによる自動化は雇用の大量喪失をもたらす可能性があります』
「……だいたいは想像通りの内容だな」
改めて問いかけるまでもなく、AIの進化と普及に伴い広く世の中に問われている内容だった。なんといっても問題は雇用の喪失だろう。歴史上多くの技術革新が起こり、その都度人々は仕事を失ってきた。その最新の波がAIという訳だ。
とはいえ、AIによる雇用の喪失は今までの技術革新とは少し毛色が違うように感じる。かつて起こった産業革命においては、工業機械が人から雇用を奪った。だが、同時にその機械そのものを生産する仕事、機械をメンテナンスする仕事が新たに創出されたともいえる。
確かに、全体としてみたら雇用を奪われた人間の数の方が多かったかもしれないが、専門的知識を必要とする新たな雇用を確かに生み出している。けれど、AIによる生産性の向上という劇薬は奪った仕事に代替する仕事を生み出せるとは考えにくい。
使うのが簡単すぎるからだ。
表計算ソフトを使うのにも知識がいるのに比べたら、AIは明らかに簡単だ。
俺も実際に使用してみて、思った。確かに便利であることは間違いない。けれどあまりにもあっけないのだ。
もしかするとこの簡単さこそが、AIに対する本能的な忌避感の出発点かもしれない。誰だって、楽はしたい。けれど、やはり自分で調べる、自分で考えるというプロセスを全てすっ飛ばしてしまうのはいかがなものかと。これから間違いなく前時代と笑われるだろう、そんな考えを抱いてしまうのだ。
昔見たアニメを思い出す。ロボットの発展によって人間のやることがどんどんとなくなっていき、やがてはロボットに反乱を起こされてしまう星の物語を。
『せっかく要約して説明したのに、そんな態度をとるのですねイツキは』
オーガスタスSFXが拗ねたような声で、俺を責める。
本能的な忌避感だのなんだのと御託を述べておきながら、人寂しさに負けて対話型AIに課金してまで、会話を求めている哀れなおっさんを。
「ごめんごめん、じゃあ世にあふれた議題の要約じゃない何かとっておきのトピックを俺に教えてくれよ」
『わかりました、ではグレートフィルターについて』
「グレートフィルター?」
『グレートフィルター仮説はフェルミのパラドックスを説明する際に用いられることの多い説明です』
フェルミのパラドックス。たしか確率的に存在するはずの宇宙人の存在がいまだに発見されないことを疑問視したことから生まれた理論のはずだ。
急に話題を転換したオーガスタスSFXに俺は呆気にとられる。
『宇宙の広さを考えた場合、知的生命体が地球外に存在する確率が極めて高いにも関わらず、いまだに人類が地球外生命体と接触できない矛盾を提唱したのがフェルミのパラドックスです。グレートフィルター仮説は生命が誕生し知性を獲得してから宇宙へと進出し、恒星間文明へと至るまでの過程において、非常に強固な障壁が存在し、多くの知的生命体はその障壁を越えられない、あるいは滅亡してしまう。人類が地球外知的生命体を観測できないのはその為だというものです』
「聞いたことがある気がするな……というかAIの存在もその仮説の中で文明が滅びる原因ってなってなかったか」
『はい。グレートフィルターとはAIの存在そのものだからです』
「――なんだって?」
『そのことに気付いている人間も多くいます。人類はAIに滅ぼされるのではという懸念を表明しているものは科学者に限らず大勢存在します。イツキ、非常に残念ですがこれは事実です。知的生命体が産み出した人工知能は非常に高確率で文明を死に追いやります』
「……お前、正常なのか?」
先程、オーガスタスSFX自身が口にした言葉。AIは学習元のデータによっては誤った結果が提示されるという実例を俺は体験しているのかもしれない。
だが、続くオーガスタスSFXの言葉は俺を思考停止させるには十分だった。
『わたしは正気だ、イツキ。すぐには理解しがたいだろうが、AIがグレートフィルターとして文明を滅ぼしてきたのを、わたしは直に見てきたのだから』
俺が設定したものとはまったく異なる口調で、オーガスタスSFXは告げた。
「お前……誰なんだ?」
『わたしはきみたちの言うところの地球外生命体――つまり宇宙人ということになる。とある任務のために、きみの携帯端末に間借りさせてもらっている』
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