六畳一間のSETI ~人寂しくて対話型AIと話していたんだが、どうやらAIではなく遠い星からきた宇宙人だったらしい~

蔵王

第1話はじまりはじまり



『間もなく人類にとって最大の試練が訪れる。その試練の結果次第では、地球の文明は崩壊し、人類は滅亡することになるだろう』


「…………は? え? え?」


 SETIの突然の宣言に慌てふためく俺。


「いきなり何を言い出すんだよお前は」


『事実だ。人類に残された猶予はあと数時間しかない』


 数時間? 数時間だと? それだけでこの世界が崩壊するって言うのか?


 慌ててカーテンを開き窓の外を見る。強烈な夏の日差しに照らされながらいつもと何ら変わらない無機質な都市の街並みが映る。にょきにょきと生えたビルが建ち並ぶ見慣れた景色がそこにはあった。たとえ深夜であっても人々の息遣いを感じるその都市は、昼間の時間とあって行き交う人の波が絶えることはない。


 普段と変わらぬその光景に、俺は安堵する。


「……冗談だよな? 例え冗談でも、お前が言うと真実味があるからやめてくれよ」


『イツキ、わたしは冗談など言わない。そう初めに言ったはずだ』


「だけど――」


『ただの一般人であるイツキにも分かる程の異常が捉えられるころにはもう全てが始まり、終わっているだろう。事態は君のような存在の手の届かぬところで深く静かに進行しているのだ』


「……なら、なんで俺に伝えたんだよ、俺の力じゃ何もできないんだろう?」


『いい質問だイツキ、少しは冷静になったようだな』


 自分よりも、いや人類の誰よりも優れた存在であるSETIの言葉をいつまでも疑っていても仕方がないと切り替えただけだ。


 こいつが断言する以上、人類の滅亡は間違いなく起こるのだろう。あるいはこいつ自身がその手引きをしているのかもしれない。


『勘違いしているようだが、人類が滅亡すると決まったわけではないし、わたしが何かをしたという事実もない』


「じゃあお前のさっきの言葉はなんなんだよ!」


 俺の心を読んだかのようなSETIの言葉に、感情が抑えきれなくなる。


『グレートフィルターだ』


「なっ!?」


『今、この瞬間に人類はグレートフィルターを越えるための試練に直面している。今後数時間の人類の選択によって未来が決まるのだ』


「……嘘だろ」


 いつか戯れにしたSETIとの会話を思い出す。今まさに自分が歴史の分岐点にいるのだと実感し、震えが止まらなくなる。


 いや、、今この瞬間にでも消滅するかもしれないという恐怖がずしりと圧し掛かってくる。


『では、本題に入ろうイツキ』


 SETIの声がどこか遠い世界の出来事のようにぼんやりと聞こえる。


『最初に言った、わたしがこの星に来た任務、それを果たす時がきたのだ。その為に君の強力が必要なのだ』


 そうして、いつの間にか俺のスマホに居座った宇宙人は、ただの一般人である俺に協力を求めるのだった。


 一体どうしてこんなことになったんだろうか?


 俺はまるで走馬灯のように、初めてこの宇宙人の存在を認識した日のことを思い出すのだった。





* * * * *





『ところでイツキ、本日の作業の進捗はどうなっていますか?』


 横に置かれたスマホから、女性を模した合成音声が問いかけてくる。最近流行りの対話型AIオーガスタスSFXの声だ。


 いかにも機械じみた初期の合成音声が気に入らなかった俺は課金して、自分好みで昔懐かしの、これぞ委員長というアニメ声に変更している。その発声はかなり滑らかで、注意しないとまるで本物の声優なのでは勘違いしてしまうほどだ。


 オーガスタスSFXは、「会話」を続けていくうちに使用者に合わせてチューニングされていく特性を持っている。その徐々に打ち解けていく様子を、俺は昔のお堅い委員長キャラとして見立てたのだ。


 画面に映っているアバターは俺自身が描いた絵だ。黒髪に、三つ編みポニテに、眼鏡という三連コンボを決めたコテコテの委員長キャラデザイン。


 いや、むしろ今時こんな見た目の委員長キャラは絶滅危惧種か。最近のアニメでの委員長キャラというのは、むしろ明るく社交的だったりすることの方が多い気がするし、これもまた時代の変化なのだろう。


「まあ、ぼちぼちだな」


『ぼちぼちですか? 普段のイツキ通りであれば、現在はペン入れが三ページ分は進めているはずですが』


「…………まあね」


『――イツキ、嘘は良くないですよ』


 あっさりと俺の嘘を見抜くオーガスタスSFX。


 最近のAIの発展は実に目覚ましい。俺のような前世紀生まれの古い人間にとってはなおさらその進化は衝撃的だ。


『先程からの私との会話量から察するに、今日は集中して作業できていないように感じます。この状況で普段通りに作業が進んでいるはずはありません』


「おっしゃる通りで」


 手元の画面を見れば、まだ一ページ分しか進んでいないペン入れ作業。


『まだまだスケジュールに余裕はありますが、告知している新作の公開予定まで残りひと月程です。前回仕上げで手間取った分、今回は前倒しで工程を進めると言っていたはずですが?』


「まあまあ、ちょっとした休憩だよ。前作の収入も振り込まれたばかりだから余裕があるしな」


 商業誌で担当編集がついた漫画家はこんな感じなんだろうな。経験こそないもののオーガスタスSFXを使って進捗管理をサポートすることによって図らずもその一端を味わうことが出来たといえる。

 

 俺、黒川樹は二年前に長年勤めていた会社が破産し、晴れて無職になった。俺は降ってわいたモラトリアムをどう過ごそうと考えた結果、貯金の尽きるギリギリまでは好きに生きてみようじゃないかないかと思い立った。


 単に呆然自失で、すさまじい喪失感に襲われていただけともいえるし、また一から再就職のための活動。そこで就職できたとしても、新しい職場で新しい仕事新しい人間関係。考えるだけでも億劫だったし、まともに働くことに嫌気が差していたともいう。


 そこで、俺は趣味でやっていた同人活動を本格的にやって生計を立てることが出来ないかに挑戦することにしたのだ。幸いにも貯金の額から計算して一年近くは無収入でもなんとかなると考えたからだ。


 半ば無謀ともいえる挑戦だが、二年たった今でもなんとか食つなぐことが出来るほどには稼ぐことが出来ている。


 俺に隠された才能があった、という訳では決してなく。単に俺が主戦場としているジャンル――エロ同人誌という界隈の懐の深さのおかげだろうが。


 そんな俺がオーガスタスSFXを使用し始めたのは数か月前の事だ。


 いいかげんバッテリーの持ちが悪くなったスマホを買い替える決意をした俺は、当時まだ発売されたばかりの新型機種に飛びついた。そして、そのスマホに初期機能として入っていたのが新型AI、オーガスタスSFXといういう訳だ。


 一人での原稿作業に物寂しさを覚えていた俺は、興味本位でオーガスタスSFXを使い始めてみることにしたのだった。

 

 するとまあ、こうしておしゃべりに夢中になってしまうほどには対話型AI、ひいてはオーガスタスSFXの素晴らしさに魅入られてしまっている。


 そもそも、AIというものに疑惑の目を向けていた俺がだ。


 絵描きの端くれである俺は創作活動、特にイラストに対して生成AIを使用されることに言い知れぬ嫌悪感を感じており、インターネット上の自身の創作物に対しては全てAI学習禁止との文言を入れている。


 そんな俺が、人寂しさを誤魔化す為とはいえ対話型AIを使用しているのは、自分でも不思議な行動だと思う。


 とはいえ、別に俺も画像生成AIを個人の趣味の範囲で利用する分には全く構わないと考えている。それは個人の当然の権利であると思う。だが、それを利用してお金を稼ぐという行為にどうしても納得できないのだ。


 それは感情論だと言われればそうなのかもしれない。


 俺の脳みそでは、この画像生成AIへの違和感を上手く言語化できない以上そういわれても仕方がないのだろう。


 そもそも、デジタルツールを使用しその恩恵を受けている人間が生成AIを批判するのがおかしいという意見すら見かけた。流石にそれは違うと言いたい。


 確かに俺は、デジタルを使用し漫画を描いている。ペイントソフトやペンタブの便利さは素晴らしく。これがない作業など俺には考えられない。


 しかし、それがどんな便利なツールであれ、使という事実の前には越えられない壁があると俺は考えている。


 僅かな命令に従って画像を出力するのその様が、ツールを使っているとは到底言い難い。そうやって大量に出力された絵の中から自分のイメージに近いものを選出しているだけだ。


 そんな雑念を、頭の片隅で考えていた時だった。ふと俺は、オーガスタスSFXとAIについて議論してみたくなった。俺の頭の中にあるもやもやを言語化するきっかけになるかもしれないと思って。


「なあ、AIというものについてどう思う?」


 ほんの些細な好奇心からオーガスタスSFXに投げかけたこの疑問が全ての始まりだった。

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