全裸でカップラーメンを食らう

D野佐浦錠

第1稿 全裸でカップラーメンを食らう

 孤独を罪だとは思わない。

 孤独を恥だとはなおさら思わない。

 特にこの、自室で、全裸でカップラーメンを食らう時間にあっては。


 残業もそこそこに仕事を切り上げ、帰宅するや否や私は部屋中の窓とカーテンが閉じていることを確認してから空調機を稼働させた。そして電気ケトルで水を沸騰させ、カップラーメンにそれを注ぎ込んだのである。

 自分の他に、この部屋の中には誰もいない。

 人工的な快適さに満たされた、静かで、自由な時間と空間がここにはある。たとえば通勤中の電車の中――見知らぬ人同士の体温と匂いと思惑がじんわりと交錯する――などとは大違いだった。


 カップラーメンの麺や具に熱が通るのを待つ。これは至福の時間である。

 ある意味で、カップラーメンを食らっている時間そのものよりも尊い時間であるといっても過言ではない。

 容器の蓋の隙間から湯気が漏れているのを見る。その爛々たる揺らぎに、私はうっとりと目を細めてしまうのである。


 ここで、無論私は全裸である。

 この至福の時間の中にあって、そうあることはむしろ当然の仕儀であるとさえ言えた。幸福は、それに見合った装いの中でこそ享受されるべきである、という主張を発話することはそれほどの抵抗を持たないように思われる。ゆえに、私は自分自身にとってこれが自然体であると感じられる状態をもって目の前のカップラーメンに臨む。誰でも当然にそうしていることだ、という思いがある。


 マナー、ということであれば、これは問題にならないのではないかと考える。

 およそマナーというものは、他人を不快にさせないためにあるものではないか。

 スープを啜って飲まないとか、肘をついて食べないとか、そうしたことは全て、食事を囲む他の人に不快な思いをさせないために存在するマナーである。

 衛生観念から発生したマナーというものもある――たとえば、食事の前には手を洗うべきであるとか――が、ここではひとまず措く。

 つまるところ、今この瞬間、ここには私一人しかいないのだから、不快に思う相手が存在しない以上、どういう仕方で食事をしたとしてもマナー違反にあたる道理がない。この際、たとえ私が服を着ていようが着ていまいが何の問題もないというわけだ。


 3分が経った。

 待望の瞬間である。

 蓋を開ければ、チキンの効いたスープの香り。

 たまらず割り箸を手にし、スープを絡めて麺を一気に啜る。

 熱さと美味さが口内になだれ込んでくる。疲れた身体に染みわたる味だ。この瞬間、私は、世界と一つになったかのような恍惚感に包まれている。

 オーソドックスな、チキンベースの醤油味。完成されている、と感じる。ラーメン専門店の味ともまた違う、ともすれば工業的な、しかし計算され尽くした味わいだ。スープの旨味は味蕾をダイレクトに突き刺すよう。細く平たい麺にしても、スープと具に伴走して旨味を逃さずに走り切る、という設計思想を強く感じる。何百何千パターンと試作を繰り返した末に辿り着いた形状、という趣だった。


 カップラーメンの持つ熱気にあてられて、身体から少しずつ汗が出てくる。その感覚さえもまた、幸福の一環であると私は感じている。

 キューブ状に形を揃えられた小さな肉に、それよりも更に小さく刻まれたネギやキャベツといった野菜類。カップラーメンの具材はこうしたメンバーだ。食事にはつきものの、「生命をいただいている」という感覚を想起させるにはやや人工的に過ぎるという向きもあるだろう。何しろこれらは自然な生命の形からは大きく乖離している。

 そういうことなら、麺にしてもスープにしても、自然の形からかけ離れているといえば完全にその通りであるし、容器包装の類も人の手でその目的のために最適化されている。カップラーメンというのは、コンセプトから実装に至るまで極めて人工的な食べ物である。


 それでもなお、私はこうしてカップラーメンを食らっている最中、自分はここにこうして生きている、と強く実感するものだ。世界と繋がり、他者と交わり、他の生命を食らって生きている、という感覚。自室に独りでいるというのに、こうした感覚が際立つというのは不思議なことだという風にも思う。世の中の色々な事柄は、得てしてそういうものなのかもしれないが。あるいは、ここに確かに起きている事象を逆説的なことだと感じる、自分の感性だけが歪んでいるという見解の方が正しそうでもある。


 至福の時間も、いつかは終わりを告げる。

 私はカップラーメンをとうとう食らい尽くしてしまった。

 暫時、食後の恍惚に身を委ねていると、やにわにインターホンが鳴った。

 こんなときに何だ、と私は身を起こす。荷物を頼んだ覚えもないし、セールスか何かか?

 クローゼットから手近な衣類を引ったくり、慌てて着つつ玄関へと向かう。流石にこんな格好では来客対応はできない。

 玄関のドアを開けると、立っていたのは小奇麗に紺色のスーツを着こなした若い男であった。

「D野佐浦錠さんですね」

 と男は言う。

「……はあ?」

 男はこう続けた。

「失礼いたしました。私はカクヨムの運営の者です」



「この度はですね、少々その、今回の物語の描写に問題があるという懸念がございまして、お伝えに参った次第で」

 さっきから何を言っているんだ、この男は。

「描写と言われてもね。私は部屋で一人でカップラーメンを食らっていただけなんだがね」

 仰る通りです、と男は頭を下げた。慇懃無礼という印象は拭えない。

「あのですね、大変恐縮ではございますが、そのう、食事をするにあたり『全裸で』という描写はいかがなものかという指摘が、上の方からと言いますか、入りましてですね……」

「ちっ」

 私は舌打ちで応じた。

「マナーがどうとかいう話だったら、それについて問題はないと独白したはずだが? 私は自室で独りカップラーメンを食らっていたんだ。どんな格好をしていようが迷惑をかける相手が存在しない以上、何の問題もないだろう」

「いえ、それが問題だというのです。……私個人の見解ではございませんので、どうかご容赦ください。つまるところ、これは、その、こういう描写があることで、この物語をお読みになった読者の方々が不快に思われるのでは、といった筋のお話でして……。それから、物語に影響を受けてこうした行為を軽率に真似をする人が出てくるのではないか、ということも指摘を受けてございます」

 いやいやいや、と私は大袈裟に首を横に振った。

「そんなことを言い出したら、たとえば殺人事件が起こるミステリーなんて全く書けなくなるじゃないか。不倫の話とかもそうだ。異能バトルものは現実世界の決闘罪に抵触するから書くなというのか? それに、一般論として悪意や悪徳というのは物語を面白く駆動させるもんだろう。あなた達にそういう姿勢をとられては、物語を愛する者として立つ瀬がないな」

「仰る通りではございますが、現に最近ですと、未成年飲酒や未成年喫煙のシーンなどは、物語の中においてであっても控えられる傾向にございます」

「……」


 言葉は丁寧だが、この男に自分の意志を曲げるつもりはないようだ。鬱陶しいが、主張に一貫性があるところは少しだけ気に入った。

 単純に、玄関先で押し問答を続けるのにも疲れた、ということもある。

「じゃあ良いよ、もう。この物語中における『全裸で』という文字列を全て『着衣で』という文字列に置き換えて、それを校閲済みの第2稿とでもしてくれ。少々おかしな文章になる箇所も出てくるだろうが、致命的な矛盾とまではならないだろう」

 それを聞くと、男は少しだけほっとしたような表情を見せて、深々と頭を下げた。

「ご協力、誠にありがとうございます。お忙しいところ、大変失礼いたしました」

「ああ、わかったわかった。それじゃ、これで良いかな。部屋で寛がせてもらうよ」


 そうして男は帰っていった。

 やれやれだ。

 災難だった、と言って良いのだろうか。

 全裸でカップラーメンを食らうのも、楽ではない。

 

 


 

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