第3話
「今日は定理宇宙についての講義をする」
教授が講義室のホワイトボードの前に立つ。今日は定理宇宙に関する講義。内容は定理宇宙の成り立ちや証明戦のことがほとんどだ。
教授がボードに書きながら、喋る。
「まず宇宙というのは十一次元まである。これはM理論からの事実である」
ボードには単語が並ぶ。阿曇はノートを取りながら耳を傾ける。
「十一次元というのが現状の物理宇宙の限界だ」
十一次元はある宇宙の理論から出た話だ。宇宙は素粒子ではなく、一次元的な広がりを持つ弦から出来ているという話の。
「物理宇宙次元と独立しているベクトル次元においてはこの通りではない」
「定理宇宙内の物理で構成された宇宙における限界が十一次元というだけである」
「今私たちのいる定理宇宙は二千年前に生まれたとされている。しかしこの考えは近年変わりつつある。これは皆も知っているだろうがエウクレの観測結果が関わっている」
エウクレ、人類が持つ公理・定理観測装置。これのおかげで人類は感覚的にしか感じられなかった証明戦の影響を正確に知ることが出来るようになった。
「観測結果から、定理宇宙が二千年前に生まれたとする定理があるということが分かった。つまり今までの定理宇宙の基盤であるとされた定理、基盤定理を人類は誤認していたということである」
「基盤定理はおろか、二千年前定理を人類はエウクレ誕生以前には知りえなかった。エウクレは今後、多宇宙における様々な定理を観測していくだろう」
エウクレのおかげで人類は定理宇宙内を巡る様々な定理をより正確に観測できるようになった。しかし人類はこれと同等の観測装置を作れず、定理観測技術において停滞に近づいている。
「定理のみならず、知性体、それらの情報の一部でも観測可能なのはエウクレただ一つである。これは試験に出るぞ」
教授の一言で、学生たちのノートに書き込む音が一層増えた。
「これで今日は終了です」
と同時に講義終了の鐘が鳴り、学生達は席を立ち始める。
阿曇も食堂に行こうかなと席を立つ。すると友人である木村が話しかけてきた。
「よっ、食堂行くのか?」
「ああ、食堂ならエアコンも効いてるからな」
「俺も行くわ。それにしてもほんと暑いよな」
夏定理を迎えたとはいえ、今日は暑すぎる。温暖化の影響なのか、地球全体の温度は上がり続けるばかり。過ごしやすい日などそう来るものではない。
「そうだな、それこそ冬定理が来てほしいくらいだよ」
そうして二人は食堂に向かう。
「さっきの講義さ、定理宇宙とか言うけどあんまイメージ湧かないよな」
木村が頭を悩ませながら阿曇に聞く。
「さっきの講義で、エウクレが多宇宙の定理観測をしてるって言ってたがほんとかね~」
二人は食堂で冷やしうどんを頼む。
木村は七味をかけ、阿曇は生姜を大量に入れる。
「お前、生姜入れすぎじゃねぇ?」
「それを言うなら、お前も七味を入れすぎだ」
互いが互いの薬味の量に若干引きながら、食事を始める。
「まあ、観測結果が出てるから教授はああ言ってるんだろ。なんてったってエウクレは第一知性体が関わってるからな」
「講義のあれか、知性体もイメージ出来ねぇけど。第一は何で人類に手を貸したんだろうな」
エウクレは第一知性体が人類に干渉したことにより誕生した。人類の発明ではあるが、その技術のほとんどは知性体のもたらしたものである。故に人類は複製も出来ず、エウクレは少なくともこの定理宇宙では単体しか存在していない。
「さあ、気まぐれじゃないか?知性体から見たら人類は進化以前の猿みたいなものだろし」
知性体の一部は知れても、全体像は未だ知れず。何が出来、何が出来ないのか。どんな姿なのか、ほとんど知られていない。エウクレは物理宇宙における彼らを観測出来てもベクトル空間や形而上学的領域での彼らについての観測結果は不明瞭だ。しかし一説ではエウクレ自体、知性体の施しなので観測結果を人類に隠しているのだとか。
「辛い、しかし‥ごほっ、この辛さが、ごほっ‥良い!」
木村は七味にせき込みながら、うどんを啜る。
(これが辛さ好きのジレンマかな)
阿曇はそう思った。
「猿か、上には上がいるもんだよな。世の中は」
日差しが窓から入り、二人を照らしている。
「そうだ。公理宇宙は知性体たちの書き換えをされてないのかねぇ?」
「証明戦は出来ないだろうし、でも公理の証明じゃなくて消失と生成ならしてるかもしれないな。それこそ公理宇宙の公理を」
「それじゃ、定理宇宙も消えてね?」
「消えてるだろうな、公理が違うから」
というが観測結果が無い以上は分からない。知性体がどれだけいて、何をして公理宇宙の公理を消失させているかどうかも。
阿曇が先に食べ終わり、木村に質問する。
「木村、他の定理宇宙には行けると思うか?」
それは阿曇にとってとても重要なことだった。木村に聞いても仕方が無いとは分かっているが、どうしても誰かに聞いてほしかった。
木村は箸を止め、阿曇に向き直る。
「分かってると思うが、俺は曖昧なことしか言えない。その上で言うが、行けると思う。お前が行きたいと思う限り」
「それに、行けないと思うより行ける方がいいじゃん。最近じゃ人類でも定理証明出来るらしいし。多宇宙だって渡れるだろ」
本来、知性体しか出来ない定理証明を人類が出来る様になったという噂がある。噂では春定理や時間定理に干渉できるらしい。
「そうか‥、ありがとう。変なこと聞いたな」
「いいさ、別に。気にすると人は老けるからな。気になることがあればいつでも言えよな」
木村の持つ太陽の様な明るさは阿曇の心を照らしてくれる。
「お前くらいだよ、こんなこと聞けるのは」
「まっ、まあな、俺は頼れる人間だし」
その言葉に木村は少し照れくさそうにする。
「ああ、その通りだ。頼れるやつだよ。お前は」
阿曇は木村の言葉に肯定の意を返す。
「ちょっと恥ずかしいな。‥つ、次の講義室行こうぜ」
「そうだな」
そうして二人は食堂を後にし、この日の講義を受け終わった。
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