第3話 目指せ、キラキラのリア充


「……知ってるでしょ、中学の時の、嘘告。皆の前で、『こんなブス相手に誰も勃つやついねぇ』って、笑われたやつ。こうして、拓海がちゃんと出してくれると、あたしだってできるって、実感できるし……」


 小鳥は当時のことを思い出したのか、硬い表情で呟く。

 そもそも小鳥は今でこそ一軍女子に交じって行動しているものの、入学前までは拓海と同じく教室の隅でひっそりと存在する、背景モブの一人だった。

 今の姿は、いわゆる高校デビューの成果だ。


 しかし見た目こそ華々しく変わったものの、中身まで急には変われない。

 ゆえに小鳥は、何かをする際にあの、、ルーティンが必要なのだ。

 今朝教室で話題にされていたピアスの穴を開ける時も、同じルーティンをしていた。

 もっとも両耳に開けるつもりだったが、結局及び腰になって片方だけになってしまったのだが。

 他にも初めてコスメを買いに行く時、眼鏡からコンタクトにする時、制服のスカートを短くする時、はたまた入学初日だって垢抜けた格好をして登校することに怖気付き、朝から慌ててルーティンをする羽目にもなった。


 なんとも奇妙な関係になったものだ。

 拓海は自嘲しつつ、しかし努めて明るい声で言った。


「ったく、こんなのがルーティンだなんて、小鳥はほんとスケベだな」

「う、うるさいっ」

「で、フタバ早く行かなくていいのか、待たせてるんだろ? 後片付けはしとくから」

「そうだった。ごめんね、後、おねがい」

「別に。ほら、さっさと行けって」

「これでまた一つ実績解除、青春攻略できる。あ、鍵、いつものとこ」

「……あいよ」


 青春攻略。


 その言葉を耳にして、拓海は一瞬くしゃりと顔を歪める。

 一方小鳥は膝に引っ掛かっていた下着を履き直し、鞄を引っ掴み、慌ただしく部屋を飛び出していく。

 後に残された拓海は気だるげに「ふぅ」と大きなため息を吐きながら、小鳥とこういう関係になったきっかけについて思い巡らす。


 去年、中学三年の冬の初め、小鳥は告白をされた。相手はクラスでもお調子者で有名な、しかし中々に目鼻立ちの整った男子生徒だ。

 当然、小鳥は人生で初めての思いもよらぬ出来事に大いに動揺した。

 未知の感情に振り回されつつも、それでも真剣に悩み、相手とのことを前向きに考えようとしたが――その告白は、いわゆる嘘告だった。


 詳細はよく知らないが、相当酷いことを言われたらしい。さらには皆の前で暴言を吐かれたという噂も聞いた。

 傍から見ていて、小鳥は見ていられないほどの落ち込みようだった。

 ただのご近所さんといった間柄で、あまり人と関わろうとしない拓海が、つい声を掛けてしまうほど。それがこの関係のきっかけだった。


『ど、どうせ、あたしみたいな陰キャのブス、触りたくもないし勃つものも勃たないし、拓海だって内心あたしのことバカにしてるんでしょ!』


 だが完全に人間不信になっていた小鳥に言葉は通じず、また拓海もずっと続けていた陸上を怪我で強制的に引退せざるをえない状況だったこともあり、その後は売り言葉に買い言葉の大喧嘩。お互い感情的になって引っ込みがつかなくなり、勢い余って処女と童貞を卒業する事態になってしまった。

 今思い返しても、とんでもないことをしたと思う。

 実際、当時はしばらく自己嫌悪に陥った。

 現実逃避のように受験勉強に没頭し、志望校のレベルを二つ上げたのはなんとも皮肉。


 そして気まずさから小鳥と疎遠になりかけていた、高校入学を直前に控えたある日。

 自宅の前で待ち伏せていた小鳥に、顔を耳まで赤くして頼まれたのだ。


『あ、あたしの青春攻略、手伝って!』


 その具体的な方法として頼まれたのが、このルーティンだった。

 もちろん最初は断った。当然だ。あまりに公序良俗に反している。

 それに拓海にとって、こうしたことはみだり交際関係にない男女がするものじゃないという、倫理観もあった。あるからこそ、あの時小鳥に手を出してしまったことを後悔していたわけで。


 しかし小鳥から処女を無理やり奪われたと言って迫られれば、負い目もあって頷くしかなかった。それ以来、拓海は小鳥の青春攻略の協力者として、ずっとこのルーティンを続けている。

 後始末を終え、菜畑家を後にする拓海。

 鍵を閉めポストの中へ入れ、ふと金魚モールの方へと視線を向け、誰に聞かせるでもなく呟く。


「『リア充になって、素敵な彼氏や友達を作ってキラキラした高校生活を送る』、か……」


 それが嘘告してきた相手を見返すために設定した、今の小鳥の目標だ。


(積極的にお喋りして、周囲を盛り上げられるようになりたいって言ってたのにな)


 なりたい自分に向かって邁進しているものの、高校で何でも話せる友人を作るという段階ですでに難儀している。

 今頃金魚モールのフタバで緊張から何も話せず、黙々と新作のストローに口を付けているだけの小鳥が容易に想像できた。

 拓海は何とも言えない曖昧な笑みを浮かべ、自分の家へと足を向けた。


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