不思議な先輩

第4話 昨日はお愉しみでしたか?


 空はからりと晴れ渡り、初々しい春の貌をするのを辞めた太陽が、一足早く次の季節の予行演習よろしく朝から力強く輝いている。

 五月病とは無縁といった様子で騒めく校内。

 しかし一年三組の教室は、拓海が入ってくるなり静寂に包まれた。


「…………」


 しかしそれも一瞬のこと、すぐに会話が再開される。

 拓海は周囲を一瞥し、誰もこちらに視線を向けていないことを確認してから自分の席へ。

 電車通学にはすっかり慣れたものの、未だこの反応には慣れそうにない。

 拓海は明らかに浮いていた。どうやら不良……まではいかないものの、素行の悪い人物という風に受け止められているようだ。

 窓ガラスに映る自分の顔を見て、眉を顰める。

 日本人としてはかなり色素の薄い母親由来の血をしっかり受け継ぎ、髪は天然のくすんだこげ茶色。しかし昔から悪かった目つきと相まって、傍からはちょっと悪ぶりたい人が脱色したような容貌に見える。御陵傍学園は進学校ということもあり、さぞ珍しい人種に映ることだろう。


 それに入学時の挨拶も良くなかった。

 前日は緊張からあまり眠れず寝不足から不機嫌そうなオーラを噴出させ、また生来の口下手も手伝い『あ゙……ぅす』とだけの挨拶は、まるで周囲を威圧してるかのように思われただろう。見た目のこともあり、すっかり敬遠される羽目に。

 そこで周囲に積極的に話しかけ、小粋なトークでイメージを挽回して友達を作れるコミュニケーション能力があるのなら、孤独な小、中学校時代を過ごしていない。


 一応人畜無害かつ真面目キャラをアピールするため、休み時間はしきりに教科書を広げて予習をする姿を見せていた。

 しかし小鳥から話を聞いたところ、周囲からは家で課題をせず、いつも学校で直前になって慌ててしているように見られていたらしい。完全に逆効果だった。

 それからは予習でなく文庫本を読んだり、図書室に通うようにしているのだが、今のところ効果は不透明。


 拓海が内心自分に向けてため息を吐いていると、ガラリとドアが開く音が聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、どうやら小鳥が登校してきたらしい。


「あ、なばっちおは~」

「昨日のフタバの新作、めっちゃイチゴすぎなかった!?」

「うちはミルクなしでもっとイチゴ感出した方がよかったかも~。小鳥ちゃんは?」

「ん、普通……」


 ボッチ街道まっしぐらの拓海と違い、小鳥は登校してくるなり女子たちに囲まれた。

 早速、昨日のフタバの話題を矢継ぎ早に投げかけられるも、「そう?」「ありね」「よかった」などと澄ました表情で、素っ気なく答えている。

 一見不機嫌そうにも受け取られる対応も、「なばっちは流行り物はとりあえず抑えるって感じだしね」「むしろ沼に嵌るものを見つけたい」などと、ミーハーなものをあまり追いかけないキャラとして受け入れられ、彼女たちも特に気にした様子もない。

 そば耳を立ててている他のクラスメイトたちも、「菜畑さん、確固した自分を持ってるって感じ」「流されないところがいいよな」といった風に、まさに孤高の氷姫らしいと受け取られ好感触。

 しかし小鳥のこと、昨日はフタバに行って新作を頼んだものの、緊張から味もロクにわからなかったに違いない。現に拓海の目には、フタバの話題を振られるたびに目を泳がせているのがわかる。


 その時、ふいに小鳥と目が合った。拓海に見られていることに気付いた小鳥は目を瞬かせた後、少し気まずそうに顔を逸らす。

 周りの彼女たちは、小鳥を置いてけぼりにしているとは露とも思わず、なおも話を続け盛り上がっている。

 傍目にはただ、クールな感じで相槌を打っている小鳥。

 それでも中学の時と違い皆の輪の中にいる彼女を、拓海は眩しそうに目を細めた。


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