未来さんがモテすぎてヤバいんだけど

山田さんの作戦提案の日から、数日が経った。

別に、あれから俺の日常に大きな変化はない。


山田さん率いるファンクラブの精鋭部隊がしっかりと警備してくれているおかげで、特にトラブルも起きず、平和な日々が続いていた。


いや、平和とはいえ、俺の精神はちょっとすり減っている。

最近、どこからか感じる視線にやたら敏感になった。


廊下を歩けば誰かに見られているような気がして、教室に入ればざわっと視線が集まる気がする。

女子そのものが未来さんのストーカーなんじゃないかと疑い始めているレベルだ。


そんな中でも、バイト中だけは気が楽だった。

学校と違って、ここでは監視の目もストーカーもいないしね。


そう考えると、新しくお客さんがやって来た。

未来さんが接客に向かってくれた。


「おかえりなさいませ。お嬢様」


未来さんが丁寧にお辞儀をすると、目の前の女性客が一瞬で頬を染めた。


「か、かっこいい……!」

「想像以上なんですけど……!」


あっあの客堕ちたな。

たぶん、未来さん目当ての常連客になる。


未来さんが出勤している時だけ、女性客の比率がすごい上がる。

彼女は男女問わず人気がある。


けど、女性客の熱量が一段違う。

女の子であのイケメンに笑顔でお嬢様扱いされたら誰だって落ちると、スタッフ内でも噂になるほどだ。


まあでも、その分問題もある。

俺の指名が減るということだ。


まあ、自分のお客さんは自分で増やさないとな。


「ちょっとビラ配り行ってきます」


 俺は一言告げて、店を出た。

 店内はアリスと未来さんの二人になるけど大丈夫だろう。





 ビラ配りを終えて戻ると、店内がいつもと違うざわつきに包まれていた。

 普段の賑やかさとは明らかに違う――緊張感のある騒がしさだ。

 視線を向けると、客席の中央で女性客同士が口論していた。


 未来さんは困ったようにお盆を抱え、ワタワタと右往左往している。

 そして、俺を見つけるや否や、助けを求めるように駆け寄ってきた。


「あっ、ユウちゃん! 助けてくれないか!」

「どうしたんですか?」

「えっと、実は……」


 未来さんが事情を話す。

 どうやら、お客さん同士が未来さんの対応をめぐって揉めてしまったらしい。

 頭を抱える。まさか本当に未来さん争奪戦が起きるとは。


「ん、待って。アリスさんは?」


 本来なら未来さんとペアで動いているはずの、アリスの姿が見えない。

 未来さんの接客技術はバイト歴一か月とは思えないほどだけど、それでもまだ完全には慣れていない。


 新人を一人にするのは、正直リスクが高い。

 そのためにアリスがいるのを、確認してから出たんだけどな。


「えっと……」


 未来さんが曖昧な笑みを浮かべる。


 その表情で、すべてを察した。

 ――アリス、サボったな。

 未来さん一人残してバックヤードでサボるとか、どういう神経してるんだ。


「ごめんなさい、言わなくてもわかりました。とりあえず、お嬢様たちの仲裁に行きましょう」


「う、うん……!」


 俺と未来さんは、騒動の中心へと突っ込んでいった。

 結果二人のお嬢様をなんとか説得し、仲直りをさせるまで一時間。


 カフェの空気がようやく落ち着いた頃には、俺たちはもうヘトヘトだった。

 ちなみにだが、アリスのサボりの件は店長のマイケルに報告しておいた。

 こってり絞られるがいい。




 バイトを終えて、帰路につく。

 未来さんとは別れて、今は一人で帰り道を歩く。


 ――未来さんと遊びに行く日が、近い。


 けど、行き先が決まらない。

 映画? カラオケ? それだと、吉田たちと行くのと変わらない。

 せっかく未来さんと二人で出かけるのに、そんなありきたりじゃもったいない。


 じゃあ、未来さんの好きそうな演劇関係の舞台とか?

 いや、俺が楽しめないかもしれない。

 俺が退屈そうにしてたら、きっと未来さんが気にする。


 じゃあ、美咲と行った百合カフェ?

 却下。

 未来さんは確かに女子人気が高いけど、それとこれとは別問題だ。

 それに、百合カフェってジャンルは人を選ぶ。誤解されるのも面倒だ。


 じゃあ、美咲のアドバイス通りの俺の好きなお店?

 それはありだが、匙加減も大事だ。

 うーん、未来さんも自分も楽しめそうなお店が思いつかない。


 そんなことを考えていると、


「おっ、悠馬じゃないか?」


「……親父?」


 まさかの遭遇。


「帰り道で会うなんて久しぶりだね」


「今まで親父が帰るのが遅かったからなぁ」


 親父は再婚してから、ずいぶん早く帰るようになった。

 今までは、俺の学費や生活費を気にして無理して働いてくれてたからな。

 でも、今は亜希さんとの折半で家計にも余裕が出ている。


「早く愛する妻に会いたくてね」


「のろけてんじゃねぇよ」


「惚気くらいさせてくれよぉ~。この前なんて、亜希さんに悠馬くんと美咲ちゃんに新しい家族をプレゼントしてあげない?なんて言われちゃってさ」


「やめろぉぉぉ!! 子供の前でそういう話すんなぁぁぁ!!」


 親の性事情とか、聞きたくねぇ。

 誰得なんだそれ。


「はは、冗談だよ。それより悠馬、なんか悩んでそうだな?」


「別に悩んでないって」


「誤魔化してもわかるぞ。小学校の時、片想いしてた子にバレて拒絶された時と同じ顔してる」


「人の古傷抉るなぁぁぁぁ!! ていうかまだ振られてもねぇから!」


「ということは、好きな子の話か」


「好きとかよくわかんないけどさ。一緒に遊びに行くことになって、どこ行こうかなって悩んでて」


「なるほどね。僕は遊園地デートをしたな」


「亜希さんと?」


「うん、そう。前に写真見ただろ? あそこだよ」


「ああ、あそこか」


 言われて思い出した。

 あの遊園地は、昔、親父と母親だった人と三人で行った場所だ。

 少し懐かしい思い出が頭をよぎる。


「人も少ないし、雰囲気もいい。おすすめだよ」


「なるほど……たしかに、あそこはいいかも」


 近くに大きなテーマパークがあるせいで、意外と空いている。

 静かに話せるし、雰囲気も悪くない。


 確かアトラクションも結構楽しめたはずだ。

 うん、ここに未来さんと行きたい。


「あっ、そこいいな。ありがとう親父」


「頑張れよ悠馬。彼女、紹介してくれよ?」


「いや彼女じゃないし! バイト仲間でクラスメイトだから!」


「そうかそうか」


 親父はにやにや笑いながら言う。

 なんだよ、その温かい目は……。

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