女装してデートに行くだけなのに、義妹のヤンデレ度が急上昇して困る

そして、未来さんと遊びに行く日になった。


クラスメイトの女の子と出かけるなんて人生初だ。

どうしても胸がそわそわする。


リビングへ向かうと、美咲が朝食を取っていた。


「おはよう」


「ん、おはよう。今日は早いんだね、悠馬」


「まぁ、遊びに行く予定だからな」


「松山さんと?」


「……そうだけど」


おそるおそる返すと、美咲の反応は予想外だった。


「ふーん」


「ずいぶん素っ気ない反応だな」


こいつは前に未来さんと出かけるって言ったとき、あからさまに機嫌が悪くなったのに。

今日も何か言われると思っていたが――。


美咲はオレンジジュースを飲み込んでから言った。


「確かに、悠馬がデートするって聞いたときはちょっと複雑だったよ。でもさ、私が好きなのは“ユウちゃん”であって、悠馬じゃないの。二人は別人でしょ? だから悠馬が誰と恋仲になろうが興味ないかな」


「どっちも同じ俺なんだけど……。じゃあ逆に、ユウちゃんが誰かとデートしたら?」


「刺す」


「えっ」


「あ、もちろん悠馬をだよ。ユウちゃんには傷一つつけたくないから」


「どっちも同じ俺なんだけどなぁ……」


「全然違うって。ToLOVEるのレンとルンみたいなものだよ」


「そ、そっか」


百合カフェを紹介して以来、この子はいろんな漫画に手を出すようになった。

百合漫画だけじゃなく、俺の少年漫画まで読んでいる。


一人の非オタ女子がオタクになっていくのを目撃している気分だ。


生返事を返しつつ俺も朝食を口に運ぶ。





まず向かうのはウォーターガーデンだ。

デートの前に身だしなみ……つまり女装を整える。


美咲と出かけるときは、いつも“ユウちゃん”としてだ。

今回は別に女装しなくてもいいかと思ったが、脅迫犯がどこで見ているか分からない。


休日はさすがに山田さん率いる精鋭部隊はいないだろうし。


未来さんにも事情を説明しており、今日は「どこからどう見ても別人」にしてほしいと頼んである。


ちなみに美咲には女装の件は言っていない。

さっきの会話のあとじゃ、とても言えない。


……浮気するキャラの気持ちがうっすら分かりそうだ。

いやいや、浮気じゃない。

そもそも美咲とは恋人じゃないし。


ウォーターガーデンに着き、更衣室へ向かう。

いつもの女装コーデでもいいが、正体がバレるリスクがある。

脅迫犯は学校関係者の線が濃厚だ。


つまり文化祭での俺の女装を見ている可能性が高い。


ということで、とっておきを着ることにした。


サイドテールのウィッグ。

いつもと違うメイク。

ショートパンツ。


鏡に映った自分は、どう見てもギャル。


ちなみにこの格好はアリスの趣味。

以前、一緒に私服を選びに行った時にこっそり購入していたらしい。


更衣室を出て待ち合わせ場所へ向かおうとすると、アリスがいた。


「おっ、ユウちゃんじゃないデスか」


「あれ〜アリスさん? 今日休みじゃなかったんですか?」


「残念ながら出勤になったんデスよ」


「へぇ〜」


「他人事じゃないデスよ! ユウちゃんがお兄ちゃんにサボりの件を告げ口したからデス!」


責任転嫁も大概だ。


「いや、さすがに未来さん一人にしてトラブルに巻き込むのはマズいですよ〜」


「それでもこっそり注意するくらいで済ませてほしかったデス……」


ごねるアリス。


「アリス、ナニヲシテイル? マダキュウケイジャナイ」


店長マイケルが現れた。

アリスは顔を引きつらせる。


「おっお兄ちゃん……」


「ホラ、サボッタブン、ハタラク」


「わ、分かったデス」


トボトボ戻るアリス。

さすがマイケル、扱いが慣れている。


マイケルが俺を見た。


筋骨隆々の大男がメイド服を着ている圧はすごい。


「ユウ、ソノカッコウスゴクニアッテル」


「ありがとうございます〜」


「ミライトおデカケ?」


「えっと、まぁそんなとこです」


「ヤッパリ」


「なんで分かったんです?」


「ラブコメノハドウヲカンジタ」


この人勘が鋭いんだよね。





待ち合わせ時間より三十分ほど早く着いた。

……ちょっと早すぎたか。


そう思っていると、キャーキャーという黄色い声が広がった。


まさかと思って視線を向けると――。


美少女がいた。

いや、イケメンなのに女性らしさもある。

圧倒的に美しい。


美咲は大和撫子的な美少女だが、それとは別種のオーラ。

圧倒的な“モデル”の雰囲気が漂っている。


トップモデルです、と言われても誰も疑わないだろう。


未来さんの立ち姿に見とれていると、彼女が手を振ってきた。


「おーいユウちゃん、こっち」


その声で周囲の視線が俺に集まる。


いつもの上里悠馬なら飲まれていたが、今の俺はギャル。

未来さんの隣に立っても負けない。


「お待たせ〜未来さん」


「いま来たところだから、そんなに待ってないよ」


そんな“デートっぽい”やり取りをして、俺たちは歩き出した。

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