義妹とのデート後篇

「お、お邪魔します……」


 まさか自宅でそのセリフを言う日が来るとは思いもしなかった。


「あの、ユウちゃん。そっちは二階ですよ?」


「えっ、あ!? す、すみません、間違えました!」


 いつもの習慣で、うっかり自分の部屋に上がるところだった。危ない危ない……。

 美咲にリビングへと案内され、ソファに腰を下ろす。


「タオル、どうぞ」


「ありがとうございます」


 美咲から差し出されたタオルで体を拭く。

 ……が、濡れた服の下、下着までしっとりと冷えているのがわかる。

 このままじゃ確実に風邪をひく。


「あの、ユウちゃん……お風呂に入りませんか?」


「えっ?」


「下着まで濡れてますし、このままだと体調崩しちゃいますよ?」


「あっ、そうですね……」


 ――これはもう、入るしかない流れだ。逃げ道はない。


「じゃあ、その……先に入ってもらえますか?」


 すると、美咲は小首を傾げ、きょとんとした表情で言った。


「え? 一緒に入らないんですか?」


「入るわけないでしょ!?!?」


「同じ女の子同士なんだから、いいじゃないですか~」


 そ、それが最大の問題なんだよ!!

 一緒に入ったら正体がバレて即ゲームオーバー!この秘密も一瞬でバレる!

 だが、美咲の押しは予想以上に強い。

 ここは……押し返すしかない!


「えいっ!」


 俺は思わず美咲の肩をグッと掴んだ。そして真剣に彼女の目を見据える。


「性別が同じでも……お互い気になってる同士なら、お風呂に入ったらアウトですよ!!」


「ふえっ……」


 美咲の頬が一瞬で朱く染まる。――よし、効いてる!

 ここが攻め時だ!


「美咲ちゃんは、私のことが好きなんだよね?」


「は、はいっ……!」


「そんな美咲ちゃんが私とお風呂に入ったら……冷静でいられる?」


「そ、それは……」


「私も冷静でいられないと思うの!! だから……お願い、美咲ちゃん。先にお風呂入って!」


 俺は美咲の両手をそっと握り、真剣な表情で見つめる。


「は、はい……!」


 顔を真っ赤に染めた美咲は、恥ずかしそうに俯きながらお風呂場へと向かっていった――。





美咲をお風呂に送り出して数分。

 ようやく少しホッと息をついた、そのときだった。


 ――ガチャリ。

 玄関のドアが開く音がした。

(えっ!?)

 嫌な予感が背筋を走る。


「ただいま~」


 玄関から亜希さんの声が聞こえてきた。

 あれ、今日って帰り遅いって言ってなかったっけ!? 嘘だろ!?

 ドタドタとリビングに入ってくる足音。もう逃げ場はない。


「あれ~? 美咲ちゃんのお友達って……あれ?」


 あ、目が合った。


「えっと……お、お邪魔してます……」


 震える声で挨拶する俺。

 大丈夫、冷静に、冷静にだ。普通にしていれば、正体がバレるはずが――


「えと、悠馬君だよね?」


 ――時が止まった。

(え? なんで!?)

 頭が真っ白になる。

 思考が全然追いつかない。声が出ない。なんでバレてんの!?


「あ、あの、人違いじゃないですかね?」


 苦し紛れの言い訳を口にする俺。しかし――


「うふふ、自分の子供の顔を忘れるわけないよ?」


 柔らかな笑みを浮かべる亜希さん。

 あ、ダメだ。完全に見抜かれてる……

 だけど、同時に少しだけ胸が温かくなる。

 亜希さんが自分のことを本当に息子のように思ってくれてるんだな、と。


「えっと、その……」


「だ、大丈夫よ? 男の子だもん、そういう女装をしたい時期もあるわよね?」


 いやいやいや!! そんな時期ないですから!!

 内心で全力ツッコミしながらも、もはや言い返す余裕もなくなる。


「こ、これには深い事情があって……」


 なんとか事情を説明しようとした――そのとき。

 ――パタン。

 お風呂場のドアが開き、湯気の中から美咲が登場した。





「ユウちゃん、お待たせ~。って、あれ……お母さん?」


 お風呂上がりの美咲がタオル片手にリビングに戻ってきた瞬間、状況が一気にカオスに染まった。


「早めに帰ってきちゃってねぇ。それにしても、二人とも随分と仲良くなっちゃって……」


ヤバい!!

 この先、亜希さんの一言で全てが終わる。

 正体がバレる――!

 瞬間的に、俺は行動した。


「えっと、はじめまして! 美咲さんと仲良くさせていただいています、ユウと申します。よろしくお願いします、お義母様!」


 決死の演技。

 そして「察してくれ!」と全力のアイコンタクトを送る。

 その俺の視線を受けた亜希さんは、一瞬「アッ」という顔をして――


「はじめましてだね。えっと……娘と仲良くしてね、ユウちゃん」


「は、はい! ありがとうございます、亜希さん!」


 よしっ!乗り切った!

 ……そう思ったのも束の間。


「あれ? ユウちゃんにお母さんの名前教えたっけ?」


しまったーーーっ!!

 完全に口が滑った! どうする俺!?


「えっ、いや、それは……」


 言葉に詰まる俺の横で、亜希さんがさりげなく助け舟を出してくれた。


「先に自己紹介していたのよ~」


「あっ、そうなんだねぇ。それじゃあユウちゃん、お風呂入ってきなよ?」


「えっと……」


 そのとき、俺はようやく致命的な問題に気がついた。

そうだ……替えの服がない。

 このまま入浴したら、完全に詰む。


 さすがに亜希さんや美咲の服を借りるわけにもいかない。

 困り果てた俺は、再び亜希さんに無言のSOSを送る。


「あっ、ユウちゃんの洋服は私が用意するわねぇ」


「あっ、ありがとうございます!」


 亜希さん、ありがとうございます……!

 その後は無事にお風呂を済ませ、なんとかウォーターガーデンへと帰還することができたのだった。

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