義妹とのデート中編

「はぁ〜、とても美味しかったですね」


満足そうにお腹をぽんぽん叩きながら、美咲は幸せそうに微笑んでいる。

そして、美咲のあまりの食欲に若干引いている俺。


美咲はあの店で全部マシのラーメンをぺろりと完食してしまった。

普段家ではそんなに大食いなイメージがなかったが、実は大食いなのかもしれない。


「そっそうですね」


 ラーメン屋を出た俺たちは、ブレスケアを噛みながら次なる目的地――ショッピングモールへと向かっていた。


 さすがに、ニンニクマシマシのラーメンを平らげた後となれば、最低限のエチケットは必要である。





ショッピングモールに到着した俺たちは、入り口で立ち止まった。


「美咲さんは、どこか行きたいところありますか?」


「うーん、そうですね……」


 美咲は少し考え込む。可愛らしく指を顎に当てながら、目を泳がせている。


「映画とか、どうですかね?」


「映画いいですね!」


 ――これはチャンスだ。

 映画なら、美咲に「距離を置きたい」と思わせる展開もあり得る。


「この映画とか、どうですかな?」


 提案した映画のタイトルはズバリ、《禁断の兄妹愛〜義兄と義妹の恋物語〜》。

 以前、家族で焼肉に行った際、俺が義妹モノのラノベを読んでいるのを見た美咲は、冷たい目をしていた。

 つまりこの映画――ドン引き必至の地雷案件だ。


「これですか……?」


 案の定、美咲の表情が曇る。

 ――よし、狙い通り。


「ええ、実はかなり気になっている映画でして」


「そ、そうですね……ユウちゃんが見たいなら」


 ぎこちなく微笑む美咲。計画通り。





 そして、映画を見始める俺たち。

 このまま美咲をドン引きさせて距離を取れると思ったのだが。


「うぅ、こんなん、最高すぎや……」


「ええ、とても感動じました……」


 二人して感動の涙を流していた。

 まさかの、ガチの名作だった。


 映画の内容は、まるで俺たちの現状を投影したかのような展開だった。義兄と義妹の微妙な距離感、気遣い、すれ違い――共感のオンパレードである。

 美咲はハンカチで涙を拭いながら、


「あの兄妹の関係とか、すごく共感できるものがありましたね」


「美咲さんって、兄妹いるんですか?」


「あっ……えっと……」


 突然、口ごもる美咲。


「言いたくないなら、大丈夫ですよ」


「いえ、大丈夫です。その……実は、義理の兄がいまして」


「そ、そうなんですね」


「やっぱり……あの映画のようにうまくはいかないですね」


 少し踏み込んでみる。


「その義理のお兄さんが何かいけないんですか?」


「いえ、そんなことはないです。むしろ私に気を使ってくれて、とてもいい人だとは思うんですけど……」


 ――よかった。少なくとも嫌われているわけではなさそうだ。


「ただ、私が男性苦手だからそっけない態度をとってしまって、傷つけていないか不安なんです」


 ……なるほど。義妹の本音を初めて知った。


「そんなことないと思いますよ」


「え?」


「美咲さんのお兄さんのことはわからないです。でも、美咲さんはとてもまっすぐな性格をされていますから。お兄さんも、美咲さんのこと悪くは思っていないんじゃないですかね」


「そう言ってもらえると、嬉しいです」


 そう言って、美咲はふわりと朗らかに笑った。

 ……ああもう、この笑顔は反則だろ。


 こうして俺と美咲のお出かけは、平穏無事に終わろうとしていた。

 美咲の知らなかった一面も垣間見えたし、なんだかんだで今日は出かけて良かった気がする。


 ――が。

 世の中、そんなに甘くはない。

 トラブルというのは、常に唐突にやってくるのだ。

 二人でのんびり街を歩いていた、そのとき


「……あっ、雨降ってきましたね」


「ゲリラ豪雨です……」


 空が一気に真っ暗になり、土砂降りが俺たちを襲った。

 当然、傘なんて持っていない。


 わずか数秒でびしょ濡れだ。今日の天気予報は晴れマークだったはずなのに、完全に裏切られた。

 美咲はそんな俺を見かねて、少しだけためらいながら口を開いた。


「あの……よかったら、家に来ますか?」


「えっ」


「びしょびしょだし、このままだと風邪ひいちゃいますよ?」


 ……いや、まあ確かにその通りなんだけどさ。


「いや、でも……」


「心配なんです」


 その一言が決定打だった。

 こうして俺は――まさかの女装姿のまま自分の家に行く、というカオスすぎる展開に突入してしまったのだった。

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