第3話 別れの理由



 静まり返った公園のベンチに、アキとソラは肩を並べて座っていた。


 川沿いの小道を抜けた先にある、昔ふたりでよく来た場所だった。ベンチの背には薄く雪が積もっていて、それを払ってから腰を下ろしたのはソラだった。アキも、少し間をおいて隣に腰を下ろす。


 雪は静かに降り続けている。白い光がふたりの輪郭をぼんやりと縁取り、時の流れを緩やかに見せていた。


 「なあ、アキ」


 ソラがぽつりと口を開いた。その声は、風の中に消えてしまいそうなほど低かった。


 「ずっと聞きたかったことがあるんだ」


 アキは横顔だけで反応したが、何も言わなかった。

 ソラは言葉を選びながら、けれど確かに語り始める。


 「どうして、あのとき……何も言わずにいなくなったんだ」


 それは、ずっと心の奥に刺さっていた棘だった。

 時間が経てば忘れられると思っていたが、実際には忘れるどころか、雪の下で氷のように固まっていた。


 アキはしばらく黙っていた。雪が彼の肩に落ち、頬に溶けていく。その雫が、まるで涙のように見えた。


 「未来が、見えなかったんだ」


 ようやく出てきた言葉は、息に混じって震えていた。


 「男同士で……一緒にいることに意味があるのか、わからなかった。

 このままお前を好きなまま、生きていくことが正しいのかどうか。

 ……その答えが、どこにも見つからなくてさ。だから、怖くなったんだよ」


 ソラは小さく息を吐き、前を向いたまま言った。


 「それで、逃げたんだな」


 アキは頷くしかなかった。


 「うん。俺は、逃げた」


 その言葉が、重く胸に落ちた。けれど、同時にどこかで待ち望んでいたようにも感じた。

 ようやく届いた、あの夜の続きを告げる言葉。


 「最低だよな」

 アキが笑おうとしたが、声がうまく出なかった。


 「……最低だったよ」

 ソラの言葉は真っ直ぐだった。

 「でも、それが本音なら、俺はもう怒ってない。怒ってなんか、いられないくらい、会いたかったから」


 アキの目元がわずかに揺れる。

 拳を膝の上でぎゅっと握りしめ、指先が白くなるほどに力がこもっていた。


 「ずっと考えてたよ。もしまたお前に会えたら、どんな顔して、どんな言葉で、何を伝えればいいか……でも、いざ目の前にしてみたら、言葉が出てこなかった」


 「俺もだよ」

 ソラは言いながら、ベンチの下の雪をつま先でかき混ぜる。

 「でも今は、それでいい気がする。こうして話してるだけで、十分だって思える」


 ふたりの間に沈黙が訪れる。けれど、それは気まずいものではなかった。

 むしろ、ようやく辿り着いた静けさだった。


 遠くで教会の鐘が鳴った。時刻を告げるその音が、ふたりの胸にやさしく響いた。


 アキはそっと手を伸ばし、ソラの肩に積もった雪を払った。

 その手は、ほんの少しだけ震えていた。


 「ありがとう、ソラ」


 「……これからの話は、明日でもいいよ。今日はさ、雪を見よう」


 ふたりは並んで空を見上げた。

 雪はまだ、やむ気配を見せなかった。

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