エピソード3「デジタル霊園の秘密」
三日目の朝、田中博士から緊急の連絡が入った。
「昨夜から、他のペットたちも異常な行動を始めました。すぐに来ていただけませんか」
有樹とミカが施設に到着すると、3階のフロアは混乱状態だった。ホログラムの猫「ミケ」が部屋の隅で鳴き続け、インコの「ピーちゃん」は知らないはずの歌を歌っている。
「昨日のハチの件以降、次々と…」
田中博士の説明を聞きながら、有樹は状況を整理しようとした。ミカが来ると、ペットたちの「意識」のようなものが覚醒する。しかし、それは一体何なのか。
「博士、正直に話してもらえませんか」
有樹が田中博士と向き合った。
「このシステムには、何か隠されていることがある。そうでしょう?」
田中博士は長い間逡巡した後、ゆっくりと頷いた。
「…応接室で、お話しします」
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田中博士は震える手でコーヒーカップを握りしめた。
「私は…禁断の技術に手を出してしまいました」
「禁断の技術?」
「量子メモリーシステムです」
有樹は眉をひそめた。
「量子メモリー?何だそれ」
「生物の脳波や感情パターンを量子レベルで記録し、デジタル空間に転写する技術です。つまり…」
田中博士の声が震えた。
「ペットたちの『魂』のようなものを、このシステムに宿らせてしまったんです」
沈黙が部屋を支配した。有樹でさえ、この告白の重さを理解するのに時間がかかった。
「最初は単純なAI再現のつもりでした。でも、ハチを失った悲しみに耐えられず、彼の最期の脳波データを…」
「最期の脳波データって、まさか…」
「ええ。動物病院で、ハチが息を引き取る瞬間のデータを記録していました。研究用だったのですが、それを量子メモリーに転写して…」
ミカが静かに口を開いた。
「……だから、ハチは本当にここにいた」
田中博士は頷いた。
「やがて、全国から同様の依頼が殺到しました。『愛するペットをデジタルで蘇らせてほしい』と。私は断るべきでした。でも、ハチとの再会が嬉しくて…」
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3階のフロアに戻ると、状況はさらに悪化していた。ホログラムペットたちが次々と異常な行動を示している。
三毛猫のミケは、部屋中を嗅ぎ回るように動き回っている。生前の飼い主の匂いを探しているかのように。
「ミケちゃん、どうしたの?」
その時、一人の老婦人が施設を訪れた。80歳くらいの小柄な女性で、杖をついてゆっくりと歩いている。
「おばあちゃん!」
スタッフが慌てて駆け寄る。彼女は定期的にミケに会いに来る飼い主だった。
ミケのホログラムが老婦人を見つけると、プログラムにない反応を示した。老婦人の足元に駆け寄り、まるで本物のように甘えるような鳴き声を上げる。
「ミケちゃん…いつもと違うわね」
老婦人がミケを見つめた時、彼女の目から涙がこぼれた。
「本当にあなたなの?私のこと、覚えているの?」
ミケは老婦人の手に頭をこすりつけるような動作をした。一瞬だけ、実体化したような温もりが伝わった。
「ミケちゃん…」
老婦人は涙を流しながらミケを抱きしめた。
一方、インコのピーちゃんは、まだ10歳の少年が訪れるのを待っているかのように、入口の方を向いて歌い続けている。
「あの歌、知ってます」
若いスタッフが呟いた。
「飼い主の田村くんが、ピーちゃんによく歌ってあげていた子守歌です。でも、そのデータは入力していないはずなのに…」
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ミカがペットたちに近づくと、彼らの「想い」がミカを通じて伝わってくる。
老婦人に対するミケの想い:「おばあちゃん、もっと外に出て。私がいなくても、新しい友達を作って。一人でいちゃだめよ」
まだ来ない少年に対するピーちゃんの想い:「僕の歌を覚えていてくれたら、それで十分だよ。音楽を続けて、みんなを幸せにして」
ハチの想い:「博士、僕はもう大丈夫。でも、新しい子を迎えても怒らないよ。僕は君の心の中で生き続けるから」
ミカは彼らの純粋な愛情に触れて、自分の中に眠っていた記憶の断片が蘇るのを感じた。
「……私も、かつて同じことをした」
有樹が振り返った。
「同じこと?」
「……愛するがゆえに、魂を縛り付けた。でも、それは間違いだった」
ミカの表情に、深い後悔の色が浮かんだ。
「……真の愛は、束縛ではない」
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その時、システムに再び異常が発生した。今度はすべてのペットが同時に不安定になる。
「全システムがダウンします!」
スタッフが慌てて報告する。量子メモリーシステムが、ペットたちの強すぎる感情に耐えられなくなっていた。
「このままでは、彼らの意識も消えてしまいます」
田中博士が必死にシステムを制御しようとするが、技術的な限界を超えてしまっていた。
ホログラムが次々と実体化し始める。施設内の物理法則が不安定になり、危険な状況に陥った。
「おい博士、このままだとヤバくないか?」
有樹が田中博士に詰め寄った。
「ペットたちの意識が強すぎて、システムが耐えられません!このままでは施設全体が…」
実体化したペットたちは、それぞれの飼い主の元に向かおうとする。しかし、それは現実世界の物理法則を破綻させる危険があった。
ミケは老婦人を家まで送ろうとし、ピーちゃんは少年を探して施設から飛び出そうとする。ハチは田中博士の研究室で、昔のように博士の仕事を見守ろうとしていた。
「彼らを止めなければ…」
田中博士が立ち上がったが、ミカが制した。
「……止めてはいけない」
「でも、このままでは…」
「……彼らには、選択権がある」
ミカがペットたちを見つめた。
「……このまま現実世界に戻って飼い主と過ごすか、それとも…」
「それとも?」
「……安らかに、次の世界へ旅立つか」
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ミカが特殊な能力を発揮し、システムのデジタル空間に意識を送り込んだ。彼の体は施設に残ったまま、精神だけが仮想世界に入っていく。
デジタル空間は、現実と見まがうような美しい草原だった。青い空、緑の丘、清らかな小川。まるで天国のような場所で、ペットたちが本来の美しい姿で過ごしている。
ハチは光る金色の毛並みを持ち、ミケは宝石のような瞳を輝かせ、ピーちゃんは虹色の羽根を広げていた。
「君たちは、ここで幸せだったのね」
ミカがペットたちに語りかける。
「でも、飼い主たちへの愛情が、君たちをこの世界に引き留めている」
ハチが答えた。
「博士は僕がいなくなったら、また一人ぼっちになってしまう」
ミケが続けた。
「でも、こんな偽物の私じゃ、おばあちゃんを本当に幸せにはできないわ」
ピーちゃんも悲しそうに歌った。
「僕も、本当の音楽を奏でてあげることはできない」
ミカは彼らの苦悩を理解した。愛するがゆえに苦しむ。それは、かつて自分も経験したことだった。
「……真の愛とは、相手を束縛することか、それとも解放することか」
ペットたちは静かに考え込んだ。
「……私たちは、どうすればいいの?」
ミカが優しく微笑んだ。
「……それは、君たち自身が決めること。でも、どちらを選んでも、愛は永遠に続く」
デジタル空間で、ペットたちは最後の選択に向き合うことになった。
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