第22話 帝国の懸念
重厚な鋼鉄扉が静かに閉じ、密閉機構が作動する。帝国陸軍の心臓部、参謀本部地下第三会議室。厚い石造りの壁面には魔導障壁の刻印が刻まれ、外部の一切の視線と音を遮断している。空気は冷たく、沈黙が支配する中、わずかに魔導灯の青白い光が長卓を照らしていた。
中央に置かれた黒檀の長卓を囲むのは参謀本部、兵器局、情報局の幕僚である。各々が静かに資料を広げ、緊張感の滲む無言の時間が流れている。
議題は王国の新型詠唱兵器開発の最新情報だ。
情報局左官が手元の資料を淡々と読み上げる。わずかに緊張を帯びた声音が、密閉空間に響く。
「王国において、詠唱型高位干渉魔法の実証実験が成功との情報を確認しました。既存の宝珠制御を排した直接詠唱による位相干渉安定制御が、実戦規模で安定動作した模様です」
参謀本部中将は微動だにせず短く頷いた。
銀縁メガネの参謀本部大佐が補足するように口を開く。彼の銀縁が、青白い光をわずかに反射した。
「人的依存を前提とする運用……我が帝国の宝珠体系とは大きく異なる選択か。まるで古代魔法の復活かと。魔法語による制御技術開発の噂は本当だったわけですね」
兵器局長ラキネル少将が口元を歪めながら資料をめくる。その仕草は苛立ちと興味の入り混じったものだった。
「詠唱依存は部隊展開速度に制約が生じるが、干渉位相の柔軟性は評価できる。──ウルバイン少佐、開発課での検討状況は?」
ウルバイン少佐は静かに立ち上がり、準備していた報告書を提示した。緊張は隠しながらも、どこか誇りが滲む声色で語る。
「兵器局では、カイ・ヴェルティア中尉が私的研究として進めている『言語的契約仮説』を基盤に、既存技術への応用可能性を検討中です。進捗次第では、詠唱型が持つ柔軟な位相同期性を、宝珠制御体系へ統合できる見通しです」
「具体的には?」と中将が促す。声は低く、冷徹な指揮官のそれだった。
「第3世代宝珠改善計画の制御中核として設計可能です。自己補正機構を組み込むことで、詠唱系統の利点を人手に依存せずに実現できます。王国型の詠唱安定化技術と同等以上の干渉位相安定性が期待できます」
参謀本部中将は短く「実用段階に進めると」と確認した。
「あくまでも理論上ですが、可能です。まだ課題はあるものの、設計試作フェーズでの課題解決が効率的と判断致します」
会議卓に静寂が落ちる。その間、情報局長は一言も発さず、表情も動かさず、淡々と全体のやり取りを見守っている。鋭い眼差しだけが、全体の流れを計測しているかのようだった。
やがて中将が静かに結論を述べた。
「よかろう。兵器局は第3世代宝珠改善案を正式に立案せよ。必要な資源は優先配分とする。情報局は王国側の動向を引き続き注視せよ。本件は体制内技術資産として整理を優先とする」
情報局長は無言で軽く頷いた。
重厚な静寂の中、各員は立ち上がり、粛々と退席していく。密閉扉が再び静かに閉じられ、会議は終了した。
◇ ◇ ◇
夜の帝都。情報局本部、奥深くにある局長私室。
広くもなく、豪奢でもない機能本位の部屋。厚いカーテンが外界の灯りを遮断し、時計の針音だけが静かに響く。書類を整理する情報局長の前に、側近の左官が控えている。
やや
「……よろしかったのでしょうか、局長? 中尉の理論が正式計画に組み込まれることは──」
情報局長は視線を書類から上げ、静かに微笑した。
「構わん。理論そのものは危険ではない。むしろ秩序の外で膨らむ前に、体制内に吸収される方が安定する」
「吸収……でありますか」
「そうだ。兵器局の正式計画に取り込まれれば、理論も技術者も管理下に定着する。成果として本人の誇りにもなる。自然な形で秩序の芯に取り込まれるのが最も理想的なのだ」
左官は一拍置いて確認するように問う。
「──中尉個人の思想傾向については?」
情報局長は微かな笑みを浮かべたまま答える。
「体制が取り入れ、制度が認めた時点で──それはもう、個人の思想ではない。もはや、干渉は不要だ。体制にとって有益とされる成長の芽は、抑圧するよりも自発に委ねた方が健全だ。余計な介入は逆効果だ」
「しかし、それは……〝理論の骨抜き〟に繋がりませんか?」
「骨抜きか否かは、本人の自覚次第だ」
局長が冷たい笑みを浮かべた。
「──それよりも、例のエルフの件だ。所在は掴めたか?」
局長の表情が少しだけ引き締まる。部屋の静謐な空気が、僅かに緊張を帯びる。
左官が静かに報告する。
「依然として所在未確認です。出国記録はなく、帝国領内でも目撃情報は得られておりません」
情報局長はしばし沈黙した後、低い声で呟いた。
「……厄介だ。あの女の方がむしろ余白が大きすぎる」
左官が声を潜める。
「王国詠唱系統と何らかの関連を持つ可能性も?」
情報局長は短く頷いた。
「可能性は捨てきれぬ。現時点で決定的な情報はないが、こうした偶然の一致は警戒しておくに越したことはない。内部情報に接触されれば体制秩序を脅かしかねん」
「継続捜索を?」
「もちろんだ。ただし、表沙汰にするな。不要な騒ぎは秩序を乱す。静かに、確実に──だ」
左官は一礼し、静かに部屋を後にする。
再び静寂が戻る室内。情報局長は書類に視線を戻した。だがその手は、一瞬だけ止まっていた。
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