#56 未来の敵。その実力。
「なるほどな。架空の戦闘を仕立てて誘き出したのか」
モニターを眺めていた巧翔が、腕を組んだまま唸る。敵の注意と足を一瞬で南へ引き寄せた手際は、見事としか言いようがない。
「これで挟撃も作れますね」
「ああ。最初は人数不利をどう埋めるかと思っていたが…… 同数でも通る手だ。もしも戦闘音を一人で本物らしく立てられれば、なお効く」
ちゆきは二人の顔を一度だけ見て、すぐモニターに戻した。細かな点でも拾って自分の栄養にしようとする、その真面目さが横顔に出ている。
「見るだけじゃなくて、自分に置き換えて考えよう」
「はい」
「ちゆきはスナイパーの線で行く。今の三階からの一撃みたいな場面、戦場で自分がそこにいたらどう動くか。息の回数、射点の持ち時間、退き方まで含めてイメージして」
ちゆきは素直にうなずいた。ゲームを触れたばかりで、実戦はまだ模擬戦の域。それでも狙撃の才は確かだと、巧翔は踏んでいる。
「真似をするんじゃない。置き換える。自分の体格と癖で、再現できる解を探す」
「ちゆきちゃんはスナイパーで決まり、ですか?」
巡が問う。契約の後、具体のロールはまだ詰めていなかった。
「ああ。見ての通り、トルトラ史上いちばん小柄だ。そして本人いわく、かくれんぼが得意。すばしっこさもある」
「つまり、素質十分」
「止まるだけの狙撃手にはせず短い射撃と短い移動を重ねる、セオリーを半歩外したスナイパーに育てたい」
ちゆきは返事を飲み込み、画面に視線を固定した。指先が膝の上で一度だけ小さく呼吸を数える。三つ、二つ、ひとつ。
モニターの中で、二階と一階の音が重なった。空気が張る。呼吸を止める。
リンが落ちた直後、チェリーは迷わなかった。右のショップ帯へ身を切り、ガラス戸の取っ手を引くと、雑貨店の陰へ滑り込む。ゴンドラ什器の列が視界を細く刻む。レジ台の内側に膝をつき、頬をストックに乗せ直す。
実況・末永【チェリー、即応退避! 二階の店舗内で細い視界を味方につけにいきます】
解説・潮崎【スナイパーは広いより選べる細さ。通路を捨て、通路へ刺すための場所取りです】
通路側では、グリーンが角の形を保ったまま停止していた。正面からの追撃はできる。だが倒れたら、こちらは狙撃二枚だけになる。そうなれば、二階の主導権は失われる。
「イエロー、店前の射線を抑えて。私は浅く入る。深追いはしない」
短い囁きに、イエローが欄干側の角をずらして応じる。サプレッサ越しの一発が店外の床を打ち、ガラスの表面に粉を散らした。
『グリーン、追わないの冷静すぎる』
『角キープで面制圧、教科書…… 好き』
チェリーは店奥へ視線を滑らせる。非常口の緑の表示、バックヤードの扉、壁面棚。ゴンドラの間は三本。右端は袋物の陳列で詰まっている。左の列は抜ける。判断は早いほうがいい。
((二階北通路、チェリー。店舗内に退避。入口は一つ、奥に通用口。今は止まるより、刺す準備))
返ってきた声は、思っていたより近かった。
((ヒナ、二階到達。チェリーの店、視認。入口まで十メートル))
実況・末永【ヒナがここで、二階の援護へ】
足音が通路の布張りに吸われる。ヒナは角の手前で身体を壁へ貼り、サブマシンガンを胸に引き寄せる。吸い込む呼吸を一つだけ短くし、店内の気配をすくい取った。
グリーンは店前の柱に肩を当て、左足のつま先だけをラインへ出す。鏡面のPOPに映る店内の輪郭。レジ裏に一瞬、黒い影。そこから奥へ消える細い動き。チェリーは奥へ引いた。なら、入り口の形を壊せばいい。
「イエロー、右側のレジ台裏へ二発。跳ねで視界を荒らす」
乾いた二連。レジ台の角が欠け、紙袋が滑って落ちる。タイミングを合わせて、グリーンは体を半身だけ出し、出入り口の敷居に一発置いた。弾の木端が跳ね、店内の埃がふわりと舞い上がる。
同じ刹那、ヒナが角を切った。低い姿勢のまま入口へ寄せ、ノズルを床ぎりぎりに向けて短い二連を置く。弾は敷居を這い、グリーンの靴先と柱の間に『止まれ』の線を引いた。
解説・潮崎【入口で歩幅を縫い止める。突入でも撤退でもない第三の手、いい選択です】
「店前、私が持つ。チェリー、奥へ寄せて横を作る」
「了解」
チェリーはバックヤード扉の影に身体を入れ、ゴンドラの列へ銃口を滑らせる。ゴンドラの端に貼られた値札が、撃たずに揺れただけで情報をくれる。入口の影は二つ。片方はサプレッサ。もう片方は追撃の半身。
グリーンは一歩だけ削って止まる。奥は視界が細い。進めば進むほど、陣形は崩れる。ここで落ちるわけにはいかない。代わりに形を取りにいく。
「レッド、階段から二階に降りて、店の通路側を切って。無理はしないで、逃げのラインを封じる程度でいい」
階上から小さく返事。足音が踊り場を刻み、視界外の圧が一段、近づいてくる。
実況・末永【その間に、戦場変華はレッドが三階から二階へ】
ヒナは入口のガラス枠を一つだけ割った。破片の落ちる音が、店の奥へ小さく転がる。そこへ、イエローのサプレッサが反応する。枠の影を叩く細い弾。ヒナは音の出どころを頭に入れ、姿勢をさらに落とす。
チェリーはゴンドラとゴンドラの狭間から、入口の半身を覗かせる影の肘を待った。一拍、二拍。グリーンの肘が線上に入る前に、彼女は撃たない。ヒナがいる。いまは刺しにいく手番ではない。刺せる形に育てる番だ。
グリーンは腰を落としたまま、店内の左列を見た。視界は取れていない。だが、撃たれないことが欲しいのではない。撃たせたうえで、生き残ることが欲しい。二発牽制。低い弾が床をかすめ、チェリーの足元に紙片が舞う。
ヒナはその牽制に合わせ、入口の縁から半身を出し、イエローの角へ三連を置いた。サプレッサ側の影が半拍引く。その半拍で、チェリーが細く刺す。ゴンドラの足元へ、針のような一発。床に跳ねた金具が音を立て、グリーンは足を入れずに済ませる。
階段の下り口から、レッドが一度だけ射線を通した。店外通路の看板の脚が弾け、チェリーの退路に一本、見えない線が引かれる。追い込むのではなく、回り込みを遅らせる牽制。グリーンの注文通りだ。
「チェリー、合図で右奥へ移動。私は入口正面で角を壊す」
「いつでも」
ヒナは呼吸を整え、銃身を一度だけ下げる。イエローの角がじわりと戻る。グリーンは相変わらず浅い位置。深くは来ない。ならば角を、こちらから無くす。
「今」
ヒナが踏み出し、枠の残骸を蹴った。ガラス片が一斉に鳴り、入口の影が反射で止まる。そこへ、ヒナの二連が縦に置かれた。イエローのカバーが半拍遅れ、グリーンが身を引く。チェリーは同時に右奥へ滑り、バックヤードの扉を背に、ゴンドラの列を斜めに使って新しい射線を作った。
レッドの抑えが再び通路へ走る。ヒナは無理に追わない。入口を一歩広げ、グリーンの浅い位置を維持させる。深追いはしない相手に、こちらも深くは行かない。角で形だけを取り続ける。
数秒の膠着。店の空気に、紙と香料の混じった匂いが濃くなる。遠い噴水の水音が細く響く。二階のど真ん中で、形と形だけがぶつかっていた。
グリーンは短く息を吐いた。無理は利かない。だが、ここを離れれば、二階を丸ごと渡すことになる。イエローに視線だけを送る。
「上を落とす必要はない。入口の形だけ崩す。相手の居心地を悪くして、動かす」
イエローが頷き、看板の支柱へ音を置いた。ヒナはそれを読んで、逆に支柱を倒す側を撃つ。倒れた支柱が新しい壁を作り、入口と店内の“見え方”がまた変わる。チェリーはその変化へ針を合わせ、グリーンは浅い位置を保ったまま角度だけをわずかに変えた。
解説・潮崎【形の殴り合いですね。火力で勝負せず、壁と穴を編集し合う。二階はまだ五分、でも細部はじわじわ戦場変華寄り】
『紙と硝煙の匂いまで伝わる……』
『次の一手、どっちが先に崩す?』
均衡は崩れていない。けれど、どちらの形も、少しずつ削れていく。三階から、レッドの足音がもう一段近づいた。ヒナは顎を引き、チェリーにだけ届く声で告げる。
「まだ我慢。入口は私が持つ。刺すのは、次」
チェリーは「了解」とだけ返し、スコープの縁に視界を合わせ直した。グリーンは無謀をしない。だが、無謀をしないからこそ、崩せる面がある。ヒナはそこに、次の二連の重さを乗せる準備を始めた。
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