#44 賽の示す未来のゆくえ
結局、第三戦は守備側の巧翔が、第四戦は守備側の巡がそれぞれ一本を取り、勝敗は二対二の引き分けで幕を下ろした。
笛が鳴り止むと同時に、朝の張り詰めた空気がふっと解ける。
「ありがとうございました。今日は“勝ち負け”より、“わかった”の方が多かった気がします」
「いやいや、それこそ、こちらこそだよ」
ゴーグルを外し、大きく息をつきながら返す。得るものは多かった。
「いい勝負だったね。私も楽しかった。復帰したくなったよ」
笑みをこぼす美里に「ママ、やるのー?」「ママもー?」と、双子は興奮気味に言う。
「ふふふ、やろうかね?」
と、屈み込むと双子の頬を抱き寄せた。
姐御師匠は風のように、すばやく撤収を済ませると車へ乗り込んだ。
巧翔と巡は、この後、事務所で正式契約をするため、巧翔の運転する車で戻る段取りになった。
巡が運転席側へと身を寄せると、ウインドウを開けた美里が声をかけた。
「巡、これから頑張るんだよ。楽しみにしてるからね」
「はい。いろいろと相談に乗っていただいて、ありがとうございました」
巡が丁寧に頭を下げると、美里はその頭をわしゃわしゃと撫でた。そのまま巧翔に視線を移し、わざとらしく目を細める。
「巧翔くん」
「はい、なんでしょう?」
「この娘ら(双子)英才教育しておくからさ、それまで事務所、潰すんじゃないよ?」
悪戯っぽい口調に、巧翔は肩をすくめて笑う。
「はは、それは頼もしいですね。うちのもう一人のアイドル候補が十歳だから、あと八年で大きな事務所にしてみせますよ」
軽口に、美里も「言ったね?」と笑い返した。
双子のお別れの言葉に、巧翔と巡は笑顔で手を振り、やがて美里の車は砂利を鳴らして出ていく。
巡の母とは事務所で待ち合わせている。巧翔は車へ乗り込みシートベルトを締める。隣では巡が、名残惜しそうにフィールドを見て、顔を戻した瞬間、口元が微かに笑みを浮かべたのを巧翔は見逃さなかった。
エンジン音を鳴らし、山裾の駐車場を滑り出す。
走りはじめてすぐ、巡が問いかけた。
「さっきおっしゃってた…… もう一人の“娘”って、十歳なんですか?」
「ああそうだよ。その娘がアイドルになりたいって言ったから、ウチの事務所は演歌歌手事務所からアイドル事務所へと舵を切ったんだってさ。それを、俺が継いだ」
ハンドルを握り、よそ見をすることなく返した。
「それでは、他のメンバーは……?」
当然の質問に、巧翔は「ああ……」と一瞬言葉を濁すが、隠しておくべき事柄ではない。
素直にありのままの現状を伝える。
「俺自身が、まだ社長になったばかりでね。スカウトも全部は追いついてない。だから今は、その娘とキミの二人で始めることになる」
「……そうなんですね」
一瞬の戸惑いを見せた巡だったが、すでに意思は決定しているのだろう、狼狽えるそぶりもなかった。
「まあ、少し落ち着いたら、オーディションでもしようという話は出ているけど、なにぶん俺もまだまだ手探りの社長だからね。とにかく経験を積まないとね」
「それじゃあ、現状、二人だけで“あれ”を?」
巡は一度うなずき、言葉を切った。“あれ”とは、もちろんトルトラのこと。あれこれと調べ上げたことは先ほど聞いている。当然、厳しさも理解しているはずだ。
「まあね、戦力としてはかなり厳しいことは否めないけど、その娘の能力に関しては、実はかなり面白いと思ってる。一緒に訓練してみた俺の感想ね」
「そうなんですね。巧翔さんがそう言うなら、期待が持てますね」
ほんの少し肩の力が抜けるのが、助手席からでもわかった。
「それと——アイドルではないけど、もう一人参戦する人間がいる」
「そうなんですね。どんな人なんですか?」
「俺だよ」
「えっ⁉︎」
巡の目がまん丸になる。が、すぐに先ほどのやり取りを思い出したらしく、視線が前に戻った。
「そういえば……“巧翔さんのテストでもある”って言ってましたね」
「覚えてた? 実はトルトラには指揮官枠があってさ、アイドルではない人物でも一人だけ参加できるんだよ。もちろん戦闘にも出ることが可能だ。ただ、トルトラには女性しか参加ができない。という制約があってね」
巡は真剣な眼差しで、短く問う。
「それ、大丈夫なんですか?」
「だから、女性のアバターでの参加になる。因みにこれは、主催者(唐沢)からの正式な提案でもあるから許されるけど、バレたら一大事。炎上は免れないね。だから徹底して秘匿——そこは約束してほしい」
巡は静かにうなづいた。
信号で止まる。ウインカーのカチカチが、車内に規則正しく刻まれる。
巡は小さく息を吸い、窓の外へ視線を流した。
「……巧翔さんと一緒に戦う、か。——面白そうですね」
横顔の口元が、ほんのわずかに上がった。不敵、と形容したくなる笑み。
不覚にも、胸の鼓動が一拍だけ速くなる。
「ゴールデンウイークが明けたら、プレデビューを発表する。そこで唐沢さんもトルトラへの参加の発表を大々的に行って盛り上げる算段らしい。トルトラへの新規参加は、大きな話題になるだろうから」
巡という最後の歯車が加わったことで、全てが回り始めた。もう後戻りもできないし、待ったなしだ。
「ほんと、いろいろと忙しなくて申し訳ない」
「……いえ、表に立つのは得意じゃないですけど、でも、やると決めたら、やります。ちゃんと」
「もちろん我々も無理はさせない。必要なサポートは全部用意する」
北道路を抜け、市街地へ。高くなりつつある陽の光がフロントガラスに柔らかく広がる。
見慣れた達筆の木製看板——「千堂事務所」が近づいてきた。相変わらず、堅気のそれを超えた迫力。
車を止めると、巡は深く一度頷いた。
ドアを開けると、茉莉子が一礼して報告をする。
「お帰りなさい、社長。——お客様がお見えです」
「ああ、ありがとう」
応接スペースへと向かう巧翔の後に続いて入ってきた巡が、茉莉子に向かって頭を下げた。
茉莉子も会釈して返すと、いそいそと給湯室へと下がっていった。
黒い合皮のソファの前、落ち着いた佇まいの館本 朋子がスッとした姿勢で立っている。
巡が一歩進み、迷いなく口を開いた。
「——お母さん」
「巡、答えが出たのね?」
と、朋子は優しく目尻を下げ笑顔を浮かべた。
「ご足労いただきまして、ありがとうございます」
朋子は丁寧に頭を下げた。
「いろいろとありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
巧翔は机から取り出したファイルを、そっとガラスの天板に置いた。
契約書が入っているのが見える。
「それでは、巡さんの事務所との契約に向けてのお話をしましょう」
社長モードに切り替えた巧翔がそう切り出した。
連休が明ければ、諸々が一気に動き出すことになる。ちゆきと巡のアイドルとしての活動も、縁のV charmerとしての活動も、本格的な社長としての活動も、そして謎の指揮官としての活動も。
でも今はただ、その最初の頁を、丁寧に開くだけ。
すでに賽は投げられた。ひとりひとりが持つ賽が、同じ器に。どんな目が出ても、それを何倍もにして戦ってゆく。それが指揮官であり、社長である自分の役目だと、心に刻みつけた。
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