#43 見せる情報、、翻弄する情報
短い笛の音に、戦闘モードへのスイッチが入った。ラウンド2の開始。
「さぁて、どう攻めたもんかな」
さっきもそうだが、巡との対戦ではまだ“攻め”を見せていない。ここは一気に攻めて考える時間を与えない——あるいは、情報過多にして考えさせすぎる。その極端な二択でいく。
巡の初期位置からは中央の連結タイヤが目隠しになっていて、正面の射線はまだ立たない。右斜め前、二歩先にL字パレット。そこまでは“死角のトンネル”だ。
巧翔は一歩目を“わざと”重く置いた。草がこすれて、ざりっ、と小さな音を立てる。二歩目は軽く。三歩目は——できる限り無音を意識して土を踏む。
右レーン側のL字パレットの陰で身を低くし、一拍だけ置いてコンパネ上端へ狙いをつけて単発でぱすっと放った。
二拍、沈黙ののち、今度は連続で二発を、同じ高さに。ぱすっ。ぱすっ。
(右を“強く”見せ、意識づける)
カカン、と前方の三角ピラミッド積みされたドラム缶が鳴った。巡の牽制だ。先には行かせないという意思が伝わる。
「動いてきたな……」
巧翔は積み重なったドラム缶の手前、L字のパレットに足止めされた。
やむを得ず、パレット右縁からこちらもダブルタップで応じる。ぱすっ、ぱすっと、“ここにいるぞ”を刻みつけ、すぐに腰をひねって中央のタイヤへすり足で移る。
靴底を一度だけ土に擦って、すぐ凪ぐ。ふいに出た音と、その後の静けさが耳に残るように。
タイヤの縁へ一発。高さは先ほどより二十センチ低い。ぱすっ。直後の応射に肝を冷やす。
「ここはもう一度」
タイヤの陰で一拍し、呼吸を浅く整える。巡の隠れている右のL字パレットへ単発を一つ。
「これは置き土産だ」
ぱすっ。間隔を開けてもう一つ、さっきより十センチ高くに——ぱすっ。
(右を見てろ)と音で言い残し、身体は逆へ流す。右を“強く”見せ、すぐに中央へ。中央で音を消し、左へ——。
草の島とパレット列の隙間に、人一人が横向きで抜けられる細い“折り目”がある。連結タイヤが作る死角がここまで続いている。足裏はすり足で横へ流す。
巡の返しが、右と中央で短く点った。――ぱすっ、ぱすっ。高さは一定、距離は詰めていない。こちらを引きつけるための牽制。
(よし、そのまま右を“強く”意識してくれ)
左側で、巧翔はT字の背面に膝で寄り、コンパネの縁に頬を寄せる。ここで右手首を小さく返してホルスターのバンドに触れる。そこにあるというだけで心が高揚する、自分だけのドーピング。だが今回は、それも使うことになるが、まだ抜かない。
角を半分だけ開けて様子を見る。しかし無音で、射撃は来ない。
もう半分。露出は〈目→サイト→肩〉の順。
返ってくる一発の高さが同じだ。さっき散らした高さ帯に、彼女の“目”は留められている。
狙いは先に置く(プリエイム)だ。奥――次に巡が顔を出しそうな左パレットの上段と下段の境目へ。視線と銃口を一本の線に合わせる。
「ふう……」
軽く息を吐く。
風がセーフティネットをさら、と撫でた。少し離れた後ろから双子のささやき。「にいに……しずか」「しーっ」
右のドラム缶が、ひとつだけ鳴る――カン。
(誘い返し、ありがとう)心の中で呟いて、口角をわずかに上げた。
その音にかぶせるように、左の切れ目へ“聞こえない一歩”。巧翔は膝を落とし、角をもう一切れだけ削って止まると、息を吐いた。
タイマーが短く鳴った。残り二分ちょうど。
(ここだ。次で“形”を作る)
左のスリットに頬を寄せたまま、右手のグリップを一瞬だけ握り直し、指先の重さとトリガーの“壁”を一致させる。
同時に、左のホルスターに添えていた手指で、もう一丁を静かに抜いた。低い位置でフロントサイトを拾い、切れ目の“線”にそっと重ねる。
右で音、中央で気配、左で角――三つの入口が、同時に息をひそめた。
巧翔は、息をひと粒だけ飲み込む。次の一歩の前の沈黙。ここでお膳立ては終了だ。
「待たせたな。出番だ」
そう呟く。右手は構えたままに、左手だけでホルスターを探り二丁目を抜く。馴染んだグリップに、わずかに心が落ち着いた。
(後半は、二丁で“数”を作る)
巧翔は半身だけ角から押し出すと、同時に右の銃を三角ピラミッド積みされたドラム缶に。そして左の銃を巡側の防衛エリア中央のパレットへと向けた。
今まで左側のエリアを意識させてきた。そちらと自陣から弾の当たる音がすれば、必ず混乱をきたすはず。
右方向への二連を放つ。――ぱすっ、ぱすっ。金属がカンと小さく応え、右の“存在”が膨らむ。
半拍置いて、今度は左の銃でパレット目掛けて単発。ぱすっ。少し間をおいてもう一発。耳を澄ませる。
おそらく今、巡はどこを見るか迷ったはず。
巡が見ていた左。そちらから着弾音がすることが、おかしいのだから。
カツンと、パレットに触れた音がした。想定の位置からは動いていない。しかし、こちらを見つけてはいない、索敵中の音だ。
(いいぞ…… そのまま張りついていてくれ)
今度は巡から見て左。フィールドの対角線に向けて連続二発。計四発を撃ち込む。
当然そこまで届かせるのは無理。狙ったところにすら行かない。だが、それでいい。これは、こちらの意図を消すための前置きだ。
音を消し、細心の注意を払って左側へ移動する。
左帯にある腰高の木箱に隠れる。上には大ぶりの植木鉢が載った遮蔽物で、中腰なら頭も隠せる遮蔽だ。
巧翔は一度だけ息を吐き、角を半切する。
牽制の弾が右を見なくなっているのは、巡の索敵がこちら側へ広がってきた証拠だ。
ぱすっ、ぱすっ——中央の連結したタイヤで弾かれる音がする。
ここから姿は見えないが、撃ち終えて顔を引っ込めるであろう『間』にだけ、こちらも音を返す。
巡のいるL字のパネル壁に、こつん、こつんと“ノック”を聴かせる。
次のタイミングで、巡の索敵は確実にこの左帯へ寄ってくる。
もう右にはいない、と悟られるのは織り込み済みだ。だからこそ、狭い範囲で場所の特定にだけ意識を縛る。
(ここで決める)
巧翔は心を定め、巡の潜むパネル壁の奥へ釘を刺す——ぱすっ。二発放ったが、当たったのは一発。(上出来だ)と胸のうちで呟く。
“見るはずの切れ目”を先回りして、置き土産を二つ。パネル壁にトントンと高さ違いで重ね、覗きの初動を止める。
巧翔は遮蔽物から飛び出した。
走りながら左の銃でダメ押しの二発を見舞う。そしてぐるりとL字のパネル壁を回りこむような位置を取る。
たまらず反対側から伺おうとわずかに半身を出した巡に、ありったけの四発をプレゼントする。
ぱすっ。
乾いた衝撃が、巡のベストの胸元で弾けた。
「……ヒット!」
短く、迷いのない声。巡はすぐ銃口を下げ、左手を上げる。姿勢のまま、深く一礼。角のこちら側で、巧翔も銃を下げてうなずいた。
美里のホイッスルが甲高く一度だけ鳴る。「アタック一本、巧翔!」
フェンスの外で、小さな手拍子が続く。「にいに!」「ぱちぱち!」。もう一方が負けじと「めぐ、がんばえ!」と追いかけ、ベビーカーが小さく揺れた。
「……ふう。慎重になりすぎました」
巡は息を整えながら、冷静に分析を口にする。
「まあ、出方がわからない以上、悪い選択ということはないだろう」
巧翔は軽く肩をすくめて見せる。
「二丁流でくるとは思いませんでした」
「俺も嫌いじゃないんだ。こういうの。よく、仲間には、よく自己満足だ。って怒られるけどね。
まあ今回は、情報を与え続けるめための二丁だったんだ」
タイマーがリセットされ、朝の風が一度だけ強く吹く。黒いネットがさらさらと鳴り、露のきらめきがわずかに移ろった。
「一本ずつ取った、いい勝負じゃない」
フェンスの外の美里が、笛を指で弄びながら顎を上げる。
「交代、用意」
巧翔は守りのためのエリアへと歩き、L字のパネル壁の影に膝を落とす。巡はホルスターに銃を戻し、ベルトを軽く締め直した。
風が落ち着きを取り戻した。小さく鳴る電子音の前に、二人は同時に吸って、吐いた。
次の笛が、澄んだ空に吸い込まれていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます