#31 二丁流の少女の確かな信念
「いやあ、楽しかったなぁ」
全五戦を終え、一同は控え室へと戻ってきて、ようやく銃を置く。
戦場となった廃倉庫の独特な雰囲気と空気を引きずったまま、空調の効いたロビーに入ると、全員がほっと息を吐く。
ロビーの正面には壁一面を覆う巨大なモニターがあり、倉庫フィールドでの戦闘映像がダイジェストで流れていた。天井や柱に設置されたカメラは数十台に及び、俯瞰、目線、ローアングルと、あらゆる角度から戦いを捉えている。それらが巧みに編集され、迫力ある映像作品のように再生されていた。
これが、このフィールドが人気を博す理由のひとつだ。希望すれば、自分のシーンだけを切り抜いて編集したハイライト動画を購入できるらしい。
仲間たちは足を止めて、食い入るように見つめる。
「うわ、俺の転びかけたとこ映ってんじゃん!」
「お前、カッコつけて撃ってるのに全弾外してんぞ!」
「俺の弾幕! ほら、すごくね!? 壁みたいだろ!」
モニターに映る自分たちの姿を見て、皆がわいわい騒ぎ立てる。
普段は見えない戦況の裏側が丸見えで、まるで映画の登場人物にでもなったかのような気分になる。
巧翔は笑い声の中、静かにモニターを追った。
一戦目、自分を撃ち抜いたハンドガン使いの姿を探して。
――映った。
スライディングしながら二丁の銃を閃かせ、連射で巧翔を打ち倒した瞬間。スロー再生に切り替わり、画面全体に彼女の動きが強調される。「おぉっ!」と歓声があがり、その直後、ヒットを宣言する巧翔の姿が映ると「ダッセェ!」と容赦ない茶化しが飛んだ。
背中をばんばん叩かれながらも、巧翔は苦笑いを返しつつ、その本人を探す。
女性チームの輪に、確かに彼女はいた。
長身で凛とした立ち姿。巧翔は迷わず歩み寄り、背後から声をかけた。
「ナイスGGだった。あなたの二丁流には、驚かされたよ」
振り返った彼女と目が合い、巧翔は一瞬言葉を失う。
想像以上に若い。切れ長の瞳がこちらを射抜くようでありながら、どこかあどけなさが残っている。
差し出した手に気づくと、彼女は少し戸惑ったように指を動かし、それでもきちんと握り返してきた。
「ありがとう…… ございます」
小さな声に合わせ、軽く会釈する。
その仕草に、周囲がどっと沸いた。
「ちょ、ナンパは禁止ですよ!?」
「そうそう、この子、今日だけ来てくれた大切な助っ人だし。なんせ女子高生なんだから」
「じょ、女子高生……?」
その言葉に、ロビーの空気がざわっと揺れる。
背筋に冷たい汗が伝った。まずい、このままでは誤解で袋叩きに遭う――。
「ち、ちがう! ナンパじゃない! ただ、その…… ハンドガンの扱いがすごくて、映えてて、カッコよくて…… だから、それを讃えたかっただけで!」
必死の弁明に、仲間たちは腹を抱えて笑い出す。
当の本人は一瞬きょとんとしたが、やがて小さく「ふふ」と笑みを漏らした。
「そう言ってもらえて、嬉しいです」
その一言で、巧翔の胸の奥に真剣さが芽生える。
「ほんとうにあの二丁流には、正直驚いたよ。冷静に狙う技術も、大胆に踏み込む度胸も…… 今日は完敗だった」
モニターにはちょうど、彼女がスライディングで銃を乱射するシーンが映し出される。
周囲の笑い声が遠のき、二人の間にだけ、張り詰めた空気が生まれた。
巧翔は深く息を吸い、真っすぐに彼女を見据える。
「……そんな君に、ひとつお願いがある」
声色が変わった瞬間、場の空気が静まり返った。
真剣な眼差しで、巧翔は言葉を紡ぐ。
「歌って、踊って、戦うアイドルをやってみないか?」
控え室でのざわめきがまだ耳に残っている。
巧翔は人いきれの中から抜け出し、建物の外へ出た。
日陰となっている事務所棟の脇にある自販機で二本のドリンクを買うと、その一本を隣に立つ巡へ差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
少し驚いたように目を瞬かせながらも、巡は素直に受け取り、軽く頭を下げた。缶を両手で包み込むように持つ仕草が、どこかぎこちない。
巧翔は、少し間を置いてから口を開いた。
「……GSEっていうFPSゲームは知ってる?」
巡は小首をかしげ、申し訳なさそうに答える。
「いえ…… ゲームは、ほとんどやらないので……」
その声音に恐縮の色が混じる。巧翔は慌てて笑みを見せ、フォローを入れた。
「そっか。いや、謝ることはないさ。フルダイブ型のゲームでね。FPSっていうのは“銃を撃って敵を倒すゲーム”のこと。つまり、俺たちがやってるサバゲーそのものなんだ」
巡の表情に「ああ」と納得の光が宿る。
巧翔はさらに言葉を重ねた。
「宇都宮で活動しているローカルアイドルがいるのは知ってる?」
「はい。本屋でアルバイトをしているので、チラシを目にすることがあります。サイン会をしていたこともあって……」
今度は口元を綻ばせてうなづいて返してくる。
「なるほど。じゃあ、想像してみてくれないかな」
巧翔は缶を指先で軽く叩きながら、真っすぐな視線を送った。
「そのアイドルたちが―― そのゲームでの勝敗によって、もらえる仕事が変わるとしたら。どう思う?」
巡の目が大きく開かれる。
その驚きの奥に、まだ言葉を探す影が揺れていた。
突拍子もない話に、巡の思考は一瞬で止まった。
言葉を選ぶどころか、意味の全容を掴むことさえできない。
「……えっ?」
小さく息が漏れる。視線は宙を泳ぎ、受け取ったばかりの缶の冷たさだけが、現実をつなぎとめていた。
巧翔はそんな彼女の戸惑いを理解していた。だからこそ、語調を和らげ、言葉を補う。
「信じられないのも無理はないよね。俺も最初は驚いたから。でも、実際にそういう仕組みが動いてるんだ」
缶を軽く傾け、炭酸のはじける音がする。
巧翔は一呼吸おいてから、真剣な眼差しで言葉を継いだ。
「あのハンドガンさばきと、恐れを知らない度胸。あれがもし、そのGSEの舞台で輝いたら―― 絶対に人を惹きつける。そう思ったんだ」
言葉の一つひとつが、春の陽気に吸い込まれるように響く。
巡は視線を逸らし、唇を小さく震わせた。
「私はただ…… 夢中で試合を楽しんでいただけで……」
その声を遮らないように、巧翔は頷き、別の角度から話題を投げた。
「そういえば、サバゲーでハンドガンだけって、珍しいよな? 普通はライフルやサブマシンガンを選ぶだろ。今日の女性チームも、かなり本格的に装備を揃えてたのに…… 君だけは違ってた。何か特別なこだわりでもあるの?」
巡は思わず顔を上げる。
その瞳には、驚きと、少しの誇らしさが同居していた。
わずかに唇を噛んでから静かに言った。
「このハンドガンは、私をサバゲーに誘ってくれた師匠が託してくれたものなんです。だから私は、このハンドガンと共に戦場をかけるんです」
師匠—— その存在をちらりと示すだけで、巡の戦い方がただの流儀ではなく、何か大切な誓いと結びついていることが伝わってくる。
巧翔はすっと息を吐き、表情を和らげて目を細めた。
「そっか…… 話してくれてありがと。君がサバゲーをする理由がその心の繋がりにあるのだとしたら、俺がこっちの世界に引きずり込むのは野暮ってものかもしれないな」
巡には、突然の話でまだ掴みきれていないのだろう。
それでも――心の奥に小さな揺れが走ったように見えた。
彼女は缶をぎゅっと握りしめ、視線を落とす。その仕草だけで、言葉にしなくても迷いが伝わってくる。
「そうだ、一つだけ。君の名前を教えてもらえるかな?」
「はい…… 館本 巡(たてもとめぐる)です」
その名が告げられた瞬間、二人の間に、これまでとは違う確かな重みが生まれた。
春の空気が静かに流れる中、缶の冷たさが彼女を現実に引き留めているように思えた。
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