#30 走る影、滑る銃声

 チャイムの音が鳴り響くと同時に、倉庫の中の空気が張りつめた。

 だがその緊張感は、仲間たちにはあまり伝わっていなかったようだ。


「各陣、突っ込めー!」


 リーダーの馬鹿でかい声がインカム越しに響く。爆音すぎて鼓膜が震える。ゴーグルをつけたままインカムを外しそうになる。


「インカム意味ねえだろ! 全部筒抜けだぞ!」


 思わず巧翔が怒鳴り返す。だが、返事は能天気な笑い声だった。


「ははっ! 聞こえたっていいんだよ! 来れるもんなら来てみろ!」

 

 その声さえもインカムを通していない。

 旗を守るとか、作戦を隠すとか、もはやそんな概念はこいつらには存在しない。敵と撃ち合って弾をばらまければそれだけで満足してしまう、頭ハッピーセット軍団。対戦相手が女性チームであろうと、誰であろうと関係なく、今を全力で楽しめればいいスタイル。勝率より爽快感優先は、らしいと言えばらしい。


 男四人、巧翔のチームは、二手に分かれて進軍した。

 左の広いルートは声のデカいリーダー。突っ込みたい衝動が抑えられない男。ともう一人の仲間、B。ライトマシンガンを撃ちまくるのが正義。が口癖。制圧射撃のつもりでいるが、実際は弾幕を楽しむだけ。

 

 狭い右ルートは巧翔と仲間C。フルカスタムのアサルトライフルで、スコープやライトを無駄に積んだ「俺の愛銃」を見せたがりな男だ。性能よりロマン、が口癖。だからこそ、本当は派手な撃ち合いで“注目されたい”気持ちが強い。

 

 だが、そういうのが本来の正しい楽しみ方なんだろうと思うと、そんな奴らだからこそ、長いこと一緒にやってきたんだなと思う。

 

 ――本来ならば、旗を気にして慎重に進む巧翔に合わせ、仲間Cも冷静に進軍するはずだった。だが。


「……おい、こっちは随分と静かじゃないか?」


 狭い通路を進みながら、仲間Cがつぶやく。その声は明らかに、心ここに在らずになっている。

 

「もしかしたら、戦力を向こうに全振りして、籠城の持久戦に持ち込む気かもしれないぞ? そして、俺たちが痺れを切らすのを狙っているんだ。きっと」

 

 もしも、痺れを切らすのを待つ。という作戦を立てたとしたなら、それは難なく達成されることだろう。なにせ、開始5分でもう一人は痺れを切らしているのだから。

  

 倉庫の中は広大で、木製パレットが二段三段と積み上げられ、ところどころ鉄骨で組まれた足場が視界を遮る。蛍光灯の白い光がパレットの影を鋭く伸ばし、隙間の射線は恐ろしく細い。

 

 木製パレットの隙間から、視線を這わすことができる。その僅かな隙間に見える敵影はなかった。

 右ルートは妙に静かで、すでに始まった撃ち合いの音はすべて左から響いてくる。


「こっちは派手に撃ち返せ。押せ! 押せ!」


 リーダーの叫びがまたもやインカムを震わせる。インカム越しと地声とのサラウンド状態で聞こえる。

 ドドドドッと上がった連射音は、仲間Bのサブマシンガンだ。完全にお祭り騒ぎだな、とため息をつきかけたところで。


「ダメだ、こっちの攻撃が圧い。全戦力が集結してるっぽい。援軍くれ!」


 リーダーの悲鳴混じりの声が飛び込んできた。


「だから声がでかいっての!」


 巧翔は慌てて制止するが、すでに遅い。インカムの向こうでは弾幕が張られているらしく、派手な銃声と笑い声が混じっていた。


「くっそ楽しそうだなぁ……」


 仲間Cがソワソワと足を鳴らす。


「おい、まだこっちは敵影見えないぞ。慎重に――」


 言いかけた時にはもう、仲間Cは走り出していた。


「行ってくる! 俺も混ざらねえと!」


「……おい!」


 返事も待たず、インカムから「俺も援軍行くぜー!」と嬉々とした声が響く。

 巧翔は頭を抱えた。


「だから、旗はどうすんだよ……」


 溜め息を吐きながらも、銃を握り直す。冷静さを失わないのは自分だけだという現実が、逆に集中を強めてくれた。


 その時だった。


 ――カンッ。


 乾いた金属音が、遠くから跳ね返って届く。弾丸が鉄骨に当たった音。

 すぐさま巧翔は身をかがめ、遮蔽物の影に隠れる。


(スナイパーか……)


 狭い隙間を正確に撃ち抜く、女性チームの凄腕スナイパー。この界隈では知られた存在だったので、一応警戒はしていた。しかし、仲間たちは弾幕に夢中で気づきもしないだろう。

 

 息を整え、慎重に顔を出す。パレットの隙間、奥の奥―― わずかに見える影がスコープをこちらに向けていた。


 「こんなところを正確に通すなんて、どんなカスタムしてんだよ。テレビゲームじゃないんだぞ?」


 インカムから、仲間たちのはしゃいだ声が聞こえる。派手な撃ち合いの裏で、こちらに対して牽制の狙撃を入れたのは、『お前も来い』と釣っているに違いない。


 派手な乱撃戦を楽しもう。というお誘いなのか。

 インカム越しに響くリーダーの大げさな声と派手な銃声は、確かに乱撃戦をしているようでもある。

 それが、巧翔の判断をわずかに鈍らせていた。


「相手は、うちとは違って状況を普通に判断できる頭脳の持ち主たちだ。恐らくこれは、お誘いではなく意識を逸らすための一手なのだろう。

 

 そして、巧翔のその予感はすぐに現実になる。

 パレットの影から、銃口が閃いた。逆手に握られたハンドガン。

 巡が、低い姿勢で狙っていた。

 

 パレットの隙間から閃いたのは、逆手に構えられた一丁のハンドガンだった。

 巡は片手だけで正確に狙いをつけ、軽やかに銃撃を浴びせてくる。


「ハンドガンだけで来るのかよ…… 珍しいな」


 口にした感想は、半分驚き、半分感心だった。

 サブマシンガン相手にハンドガン一丁。普通なら不利すぎるはずだ。それなのに、巧翔が隙間から顔を出すたびに、正確な弾が飛んでくる。狙いは鋭く、確実に当ててくるつもりだという意思が伝わる。


 応戦しつつ、時折物陰に隠れて息を整える。

 その瞬間を狙ったかのように、別方向から弾が弾けた。スナイパーの射撃だ。


「ちっ……」


 思わず悪態が漏れる。右を撃てば左から狙撃、左を覗けば正面のハンドガン。意識を分断させるような連携に、自然と集中が削られていく。


 インカムから響くリーダーの大声は、まだ乱戦を続けている証拠だ。

 派手に撃ち合いを繰り広げているのだろう。だが――。


「乱撃戦やってるつもりが、一人減って、一人はこっちで分散狙撃…… 何やってんだ、うちの頭ハッピーセットどもは!」


 心の中で毒づきながらも、照準をずらさない。

 巡の動きは止まらない。撃ち合いの最中、ふいにもう一丁のハンドガンを抜いた。


 二丁が同時に閃く。

 弾幕は一気に厚みを増し、遮蔽物の表面が木片を飛ばして削られていく。


「……おいおい二丁流かよ。そんなこともするのか」


 思わず声が漏れた。慌てて身体を引っ込め、マガジンを交換する。だが、その間もスナイパーの狙撃は止まらない。意識を割かれたまま再び銃を構えると――。


 そこに、巡の姿はなかった。


「……消えた?」


 上半身を乗り出して覗く。

 木製パレットの配置で出来た、細い直線通路。その奥を、ものすごい速さで駆け抜けてくる影を捉えた。


「来るっ……!」


 巧翔は身体を全部物陰から出し、サブマシンガンを正面に向ける。

 弾丸が火を噴いた瞬間―― 巡の身体が沈んだ。


 床に吸い込まれるように滑り込むスライディング。巧翔の弾は床を叩くだけで、追う銃口も滑る影に追いつけない。


 滑走の勢いを利用し、巡は両手のハンドガンを乱射する。

 衝撃が胸を打ち抜いた。


「……ヒット!」


 潔く声を上げる。

 悔しさはある。だが、不思議と晴れやかな気持ちもあった。

 巡はスライディングの勢いを殺して立ち上がると、そのまま巧翔チームの拠点へと走り去っていった。

 次の瞬間、ブザーが倉庫に鳴り響く。


「一戦目終了! 女性チームの勝利!」


 インカム越しに「うわー!」「楽しかったー!」と響く能天気な声。

 巧翔はゴーグルを押さえ、苦笑いを浮かべた。


「……まいったな。天晴れだ」


 一人、天井を仰ぎながら小さく呟いた。

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