第9話:学校にて①

学校へと向かう道中でも、子供の姿はぽつぽつと見かけた。


だが、そのどれもが幼い声で泣き声を上げていたりするだけであり――――


大人が守る気配も、近くにいる気配も、終ぞなかった。


伽那かな達は、胸の奥に重く冷たいものを抱えたまま、


沈黙の校門をくぐり抜け、体育館への道を歩いていた。


 「……どれくらいの人が集まっているかな?」


 「さぁ。でも、少しはいるでしょ」


杏花きょうかが前方に姿が見えつつある体育館をじっと見つめながら答える。


那岐も横で頷く。


 『避難所なのだから、いない方が明らかおかしいだろうね』


近づくにつれ、体育館のそばに立つ影が目に映った。


人影は伽那達に気づき、真っすぐにずんずんと駆け寄ってくる。


 「――むむむ! 赤坂と園田、それに久遠くおんではないですか」


声を張り上げながら、その人物は目の前に堂々と立った。


 「あ! 君は――!」


伽那が驚いたようにその人物を指さす。 


 「諸星もろぼしじゃん!!」


指差された人物――諸星颯太そうたは、


トレードマークでもある丸眼鏡をクイッと押し上げた。




*     *     *     *




 「いや~まさか、諸星君がいるなんてね」


安堵の笑みを浮かべる伽那に、諸星は鼻を鳴らして応じた。


 「それはこちらも同様です。何せ赤坂は七尾山ななおざんの山奥に住んでいるので」


その様子を見た久遠がニヤリと笑みを浮かべる。


 「クク……相変わらず委員長気質だな。流石は委員長」


 「誰が委員長ですか!! ちゃんと名前で読んでください!」


声を張り返す諸星に、ナナが明るく笑った。


 「相変わらずだね!諸星くん!!」


諸星は軽く溜息を吐くと、「それで……」と真剣な目を伽那達へ向けた。


 「現状について何か知りませんか? 何せ詳細な情報が少なすぎるもので。


   こちらも、つい二日前に体育館にたどり着いたばかりなのです」


伽那が静かに頷く。


そして、言社から聞いた話を語った。


話が進むにつれ、諸星は興味深そうに頷き、眼鏡の奥で瞳を細め、顎に手を添えた。


 「……成程……中々に興味深い内容です。


   実際、ここ体育館にも大人は一人もいませんし……


   子供だけという状況は、どうやら確定でしょう」


その言葉に、伽那達の表情にも緊張が走る。


杏花が眉を寄せ、伽那は苦い顔をする。


 「……じゃあ、やっぱり」


張り詰めた空気の中、諸星は静かに続けた。


 「はい。大人は完全に消失している可能性が高いです」


 「……これは本当にシャレにならないな……」


 「そうですね。大人がいないということは、つまりは親がいないと同義です


   子供たちには辛い状況となるでしょうね


   加えて、食料についても考慮しなければなりません。


   人は水がなければ72時間で死に至るともいいます。


   既にほとんどのインフラは機能停止していますし」


伽那の顔が苦虫を嚙み潰したような表情に変化していく。


 「マズいね……」


ナナがホロスマを握りしめたまま、不安げに呟いた。


 「……ねぇ、本当に大人も……お父さんも、お母さんも全員いなくなっちゃったの……?」


 「現段階では、そう。と考えるのが自然でしょう」


 「そうなんだ……」


ナナが表情を曇らせ、俯く。


その中、久遠がふとホロスマを掲げて見せた。


 「――なぁ、ホロスマが使えないんだが?それは?」


ホログラム画面に映るSNSの投稿欄は、「読み込みエラー」とだけ表示されていた。


 「ネットのバックアップも切れたのでしょう。火力発電所は勿論即停止ですから」


諸星は冷静だった。しかし、続けて言った。


 「しかし……最悪、磁流体発電所が暴走しているかもしれませんね」


 「えっ……それって……爆発とかしたりするんじゃ……?」


顔を上げたナナが息を呑む。


 「えぇ、しかし、CRISP(※)の調整があるので問題はないでしょう。


   それに、発電所は郊外かつ地下ですからね」


それを聞いたナナは胸をなでおろして、ふっと息を吐いた。


 「……じゃあ、ドッカーンとはならないんだね。よかったぁ~……」


 「なら、一先ずは目の前の問題を対処するべきだな」


久遠が真面目な表情を浮かべながら諸星を見やる。


諸星が頷く。


 「そうですね。一先ず中に入りましょうか。俺らのクラスメイトもいますよ」


 「他にもいるの?」


先頭を歩きだした諸星に伽那が問いかけると、諸星が頷く。


 「そうですね。学校の生徒のうち、ざっと三分の一はここに集まっています」


前を歩きながら話す二人に、久遠が追いついてくる。


 「ということは、大体120人そこらってことかな?」


 「ええ」


と、その時、目の前に二人の男子生徒が現れた。


彼らは諸星達を見るなり、大阪弁で話しかけてくる。


 「お!委員長ここにおったんか!」


 「それと……赤坂と園田やんか! それに……久遠!」


男子生徒達は驚いた表情で伽那達を見る。


その様子を見ていた久遠が口角だけで笑う。


 「名前、覚えられてるとは意外だな」


ナナがにやっと笑ってから、つっつくように言った。


 「えー、だって普段ほぼステルスモードだもん、ゆーちゃん」


 「意図的だ」


 「ふーん、言い訳くさいよ〜?」


 「事実だ」


そのやり取りに、諸星が小さく咳払いして場を戻す。


 「……それよりも、中に入ってください。今は緊急事態ですよ?」


 「……すまないね」


久遠はバツが悪そうな表情をしながら言った。


すると、男子生徒達が手を振りながら歩きだした。


 「……何か立て込んでるなぁ……


   取り敢えず俺らは倉庫から資材取ってくるわ。またあとでな」


 「ほな、後ろの面々も。後でな~」


そう言って彼らはこの場を後にした。


 「――では、中へ入ってください」


諸星が体育館の扉を押し開くと、独特の空気感が一行の身を包んだ。






体育館の中は、普段の解放感など微塵もなく、


どこかせま苦しい空気に包まれていた。


ダンボールや特殊膨張材を使った仮設の小屋が所せましと並び、


避難所としての体裁を保っていた。


そして、そこでは幅広い年齢の子供たちが不安げに、または何故か楽しげに身を寄せ合っている。


 「うわぁ……凄いね」


伽那が思わず感嘆の声を漏らすと、諸星は誇らしげに頷く。


しかし、その目には疲労の色がはっきりと見て取れた。


 「組み立てには苦労しました、本当に。


   しかし、生徒達に協力してもらい、一日でなんとかなりました」


そういい終えると、諸星は表情を引き締めた。


 「さて。では、ここからの事について、決めましょうか」


その双眸は、伽那達を真っ直ぐに見据えていた――




*     *     *     *




彼は、体育館の片隅で小さく呟いた。


 「さて――ここから主・役・はどう動くかな……」


その声は、誰にも届かないまま、静寂に消えていった。


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