第8話:霧で消えたもの
「君が、赤坂の妹さんだね」
銀髪の少女が、ニヤリと笑ってそう言った。
「……そうだけど、何か?」
杏花が訝し気に答えると、銀髪の少女は満足そうに、不意に両腕を天に突き上げた。
「初めまして。私は久遠。ただの生物好きの一般ピープルさ!」
大仰なポーズを決めたまま、銀髪の少女――久遠は杏花をじっと見つめる。
「……ふぅん、そうなんだ」
杏花は気の抜けた声で返したが、その瞳は無関心を装いながらも、警戒の色合いが見て取れた。
「……もう少し反応が欲しいものだ」
久遠が肩を竦めた、その隙に。
「――あ、杏花ちゃん、初めまして!私は園田ナナだよ!」
先ほど伽那と抱き合っていたナナが、満面の笑顔で杏花のもとへ駆け寄った。
「よろしくね!」
元気よく言いながら、ナナは杏花の両手をがっしりと握り、上下に振り回した。
「……よろしく」
杏花は視線を逸らしつつ、小さな声で答えた。
そして、両手が解放されると、右手で頭をポリポリと掻き、伽那の方へと歩み寄る。
「……あれは友達なの?」
杏花が声を落として問うと、伽那は微笑みながら頷いた。
「あれ……うん、クラスメイトで、園田ナナと久遠結くおんすいって言うんだ」
「そうなんだ……」
伽那が嬉し気に続けて言う。
「何だかんだでも、いい友達だよ」
「……元気そうだね」
「ナナはね、テニス滅茶苦茶上手いんだよ」
「そんなに?」
杏花がナナの方へと視線を向けた。
「ナナはテニス部部長でね、僕も勝てたこと無いんだよ」
「え、お姉ちゃんが勝てないの? マジ?」
驚いたように目を見開く杏花。
「そうだよ。ナナ、笑顔で大会総なめにしてる」
「スポーツ万能過ぎなお姉ちゃんより強いなんて……化け物じゃん」
伽那が苦笑いしながらそう呟くと、杏花は少し笑いながらそう言った。
「上には上がいるってことだよ。――それよりも……」
伽那はナナ達の方へと視線を移し、声をかける。
「どうしてここに?」
伽那が問うと、ナナが少し間を置いて思い出すように答えた。
「霧が出てきて、急に眠くなって。で、気づいたら誰もいないから、彷徨ったら、
ななちと杏花ちゃんがいたってわけ!」
その言葉に続いて、久遠も口を開く。
「まったくだ。興味深い現象だ。
是非仕組みを知りたいものだね。独占はよくない」
「それなら、この子から色々聞いてるよ」
伽那が言社の方へと振り返ると、
ナナ達もその視線を追った。
突如として注目を浴びた言社は、少し戸惑ったように俯いた。
「霧についてなんだけど……」
伽那は、これまでに判明したことを丁寧に説明した。
ナナはぽかんと口を開けて驚き、久遠は嬉々として頷き続けた。
説明が終わるや否や、勢いよく久遠が口を開いた。
「素晴らしいね! とてもいい!」
「まさかそんな事が本当に……」
ナナも息を吞む。
「僕も最初に聞いた時は、流石に驚いたよ」
伽那は、小さく溜息をついた。
すると、杏花が伽那の袖を軽く引き、耳元で囁いた。
「ねぇ、この人たち……人を見かけたのかな?」
「うん。ちょっと聞いてみる」
伽那はナナと久遠に向き直った。
「ねぇねぇ、二人とも」
「ん? どうしたの?」
ナナと久遠が振り返る。
「ここに来るまでで、人を見かけなかった?」
「人?」
ナナが首を傾げる。
「そう。僕たち、ここに来るまで、子供しか見かけてないんだ」
「あー……そうだな。確かに少なかったな」
久遠が視線を上へと浮かせながら答えた。
「少なかった?」
「そう。補足すると、奇妙なレベルで、だ。」
「そうそう!」と、ナナが思い出したように声を張り上げた。
「そう言えば、小さい子しか見かけてないかも!
泣きながら走ってて、私吃驚したよ!」
「あぁ確かに、大人は見かけてないな。商業地区を通った時もな」
久遠も思い出したように呟いた。
その瞬間、伽那の背筋を得体の知れない、冷たいものが走った。
空を見上げると、先まで青かった空が、いつの間にか灰色へと変貌していた。
冷たい風が、再び辺りを吹き抜けた――
* * * *
「……いったい、何が起きてるんだ」
伽那が顎に手を当てながら、落ち着きなく歩き回る。
その時、不意に声が飛んできた。
『――いつの間にか、人が増えてるね』
振り向くと、那岐なぎが
先ほどの子供の手を引いて、戻ってきていた。
足取りは相変わらず悠々としていて、少し不気味さを感じさせていた。
「……君は?」
久遠の瞳が細く鋭く光る。
その視線に気づき、伽那があわてて口を挟んだ。
「あっ、この人は那岐さん。僕らの同居人だよ」
『よろしくね』
那岐はにこやかに手を差し出した。
「……ああ、よろしく」
久遠は一拍置いて、那岐の手を握り返す。
「私は伽那の友達の園田ナナだよ! よろしくね!那岐さん!」
『こちらこそ、よろしくね』
那岐は再び穏やかに微笑む。
少し離れたところで、久遠が伽那に近づく。
「なぁ、彼は随分幼く見えるが……」
小さな声で伽那に耳打ちする。
「那岐さんは昔の病気のせいで、成長が止まったらしいんだ。
僕も詳しいことは知らないけど」
「そうなのか」
「うん。だから、那岐さんは年上だと思うよ」
「なるほどな。理解した。ありがとう」
そう言った久遠は、今だ釈然としないといった表情を浮かべていた。
「じゃあ、この後はどうするの?」
ナナが大きな声でそう聞く。
『――学校に行くのはどうかな?』
突然、那岐がそう言った。
「学校……?」
杏花が伽那に視線を向ける。
「あー……ほら、学校って避難所でもあるでしょ?」
「……確かに、一先ずはそこに行くのがいいのかもな」
久遠が小さく頷く。
「じゃあ行こうよ!レッツラゴー!」
ナナが元気よく声を響かせながら、公園を駆け出す。
駆けていくナナを見ながら杏花が呟いた。
「……テンション高っ」
「あはは……まぁ、高くに越したことはないと思うよ」
灰色が立ち込める空の下、始まる長き道を、一行は歩き出した――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます