第6話:“忘却の徒”の幹部襲来
「よし、姫川さん、ソフィアさん! まだまだ“お宝ゴミ”は眠ってるはずだ! 片っ端から拾い集めて、この世界の本当の歴史ってやつを、暴き出してやろうぜ!」
俺の威勢のいい声に、瑠奈は呆れたように、でもどこか嬉しそうに微笑み、ソフィアは力強く頷いてくれた。
「廃棄書庫」での探索は、俺たちにとってまさに宝の山だった。俺の《ゴミ拾い》スキルが、今まで感じたことのないほど冴えわたり、次から次へと「歴史のピース」を発見していく。
瑠奈の《叡智の神眼》がそれを鑑定し、ソフィアの知識がそれを補完する。俺たち三人の連携は、我ながら完璧と言っていいほどだった。
この調子なら、この書庫に隠された全ての謎を解き明かせるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、俺たちが「廃棄書庫」から次のエリアへと続く通路に足を踏み入れた、その時だった。
通路の奥、少し開けた場所で、ひときわ強く、そして
それは、床に落ちていた黒曜石のような、手のひらサイズのペンダントだった。複雑な紋様が刻まれ、鈍い光を明滅させている。その光からは、何か罠のような、不吉な「気配」を感じ取った。
俺は、警戒しつつも、その「気配」の正体を確かめようと、慎重にそれに近づき、手を伸ばした。
その瞬間――。
「相馬君、待って! それに触ってはダメ――!」
瑠奈の鋭い警告が飛んだ。
だが、遅かった。俺の指先が、ペンダントに触れてしまったのだ。
次の瞬間、ペンダントが強烈な赤い光を放ち、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。足元には複雑な魔法陣が浮かび上がり、俺たち三人を閉じ込めるように、不可視の壁が形成されていく。
「くっ…!これは…転移阻害と空間固定の複合結界…!?」
瑠奈が苦々しげに呟く。
罠だ。それも、かなり高度で悪質な。
そして、その罠を仕掛けたであろう人物が、通路の奥の暗がりから、ゆっくりと姿を現した。
「…フン、ようやくお出ましのようだな、ドブネズミどもめ」
冷たく、感情の欠片も感じられない声が響く。
そこに立っていたのは、黒を基調とした機能的なコートに身を包み、顔の上半分を能面のような無表情な白い仮面で覆った、一人の男だった。腰には鋭利な刃を持つ特殊な形状の剣を下げ、その
男の背後には、同じように黒い戦闘服と仮面を身に着けた兵士たちが数名、控えていた。
間違いない。「忘却の徒」だ。それも、ただの下級兵士ではない。幹部クラスの人間だろう。
俺はゴクリと喉を鳴らし、
◇
「我々は“忘却の徒”。世界の調和を乱す“有害な知識”を排除し、秩序をもたらす者」
仮面の男――アノニマスと名乗るべきか――は、抑揚のない声でそう言った。その言葉には、一切の感情が感じられない。まるで、プログラムされた音声メッセージを聞いているかのようだ。
「番人ソフィア、そしてその手助けをするイレギュラーな詮索者どもよ。お前たちが集めた“ゴミ”は、我々が効率的に“処理”しよう。感情はノイズだ。ただ、目的を遂行するのみ」
アノニマスの言葉に、ソフィアが一歩前に出る。その美しい顔には、普段の穏やかさとは裏腹の、激しい怒りの色が浮かんでいた。
「アノニマス…!あなたたちのその歪んだ正義で、これ以上、父様の…アーヴィング様の遺した知識を
「ほう、出来損ないの人形が、感情らしきものを学習したか。興味深いサンプルだが、それもここで終わりだ」
アノニマスはそう言うと、右手をスッと前に突き出した。
その瞬間、彼の掌から数十本もの鋭利な魔力の槍――《ロジック・ランス》――が形成され、空間を切り裂くような甲高い音と共にソフィアめがけて高速で射出された。槍はそれぞれが精密な軌道を描き、回避を許さない。
ソフィアは咄嗟に防御フィールドを展開しようとするが、いくつかの槍はそれを貫通し、彼女の装甲を容赦なく
「ソフィアさん!」
俺は叫ぶが、アノニマスの攻撃は止まらない。
彼はさらに、両手を広げ、周囲の空間に無数のノイズのような魔力粒子を散布する――《データ・ストーム》だ。その粒子に触れると、視界が歪み、耳鳴りがし、思考が著しく混乱する。まるで頭の中に直接ゴミを詰め込まれるような感覚だ。
瑠奈もまた、鑑定で彼の動きを読もうとするが、その情報処理速度と攻撃の精度は、彼女の予測を上回っているようだった。
「くっ…!速すぎる…!それに、この精神攻撃…!思考が…まとまらない…!」
瑠奈が苦悶の表情を浮かべる。
俺も、このままではジリ貧だと分かっている。だが、俺にできることは何もない。
《ゴミ拾い》スキルは、こんな絶体絶命の戦闘状況では、何の役にも立たないのだ。
それでも、何か、何か手がかりはないかと、俺は混乱する頭で必死に周囲を見回し、アノニマスの魔法が着弾した場所の「残骸(ゴミ)」や、彼が身に纏う「オーラの欠片(ゴミ)」に、無意識に意識を集中させていた。何か、彼の力の「手がかり」になるような「ゴミ」はないだろうか、と。
◇
ソフィアは、自身の破損したボディを顧みず、必死にアノニマスに抵抗していた。
彼女はかつて、アーヴィング博士によって高度な戦闘プログラムも組み込まれていたらしい。だが、数十年前の襲撃と、その後の長い年月で、その機能の多くは失われ、あるいは劣化してしまっていた。
アノニマスは、そんなソフィアの攻撃を、まるで子供の遊びをあしらうかのように、冷静に、そして的確にいなしていく。
彼の魔法は、ソフィアの防御システムの僅かな隙間を縫い、確実に彼女の機能を奪っていく。
「無駄な抵抗だ、人形。お前の存在そのものが、世界のバグなのだから」
アノニマスの言葉は、氷のように冷たい。
俺は、歯を食いしばりながら、混乱する思考の中で、それでもアノニマスの放つ魔法の「残滓」や、彼が動いた後に残る微細な「魔力のゴミ」に、必死に意識を向け続けた。それらに触れると、彼の魔法の冷たさ、合理性、そして微かな「歪み」のようなものを、ほんの少しだけ感じ取れる気がしたのだ。
「くそっ…!何もできないのか、俺は!こんな時、ゴミ拾いスキルなんて何の役にも…!」
口ではそう叫びながらも、俺は諦めていなかった。この状況を打開する「何か」が、この戦場に「ゴミ」として落ちているかもしれない。そんな馬鹿げた希望を、心のどこかで捨てきれずにいた。
その間にも、ソフィアの傷はどんどん深まっていく。
そしてついに、アノニマスの放った強力な一撃が、ソフィアの胸部装甲を貫いた。
「がっ…ぁ…!」
ソフィアは短い悲鳴を上げ、大きく吹き飛ばされて通路の壁に激しく叩きつけられた。
彼女の白い装甲は無残に砕け散り、内部の精密な機械機構が剥き出しになっている。火花が散り、黒い煙が細く立ち上っていた。
「ソフィアさん!!」
俺は絶叫した。
ソフィアは、力なく壁にもたれかかり、その青い瞳からは、光が消えかかっているように見えた。
◇
「これで終わりだ、出来損ないの人形め」
アノニマスは、感情のかけらもない声でそう告げると、ソフィアに向けてとどめの一撃を放とうと、右手に再び魔力を集中させ始めた。その魔力は、先ほどまでとは比較にならないほど強大で、凝縮された破壊のエネルギーが渦巻いている。
絶望的な状況だった。
俺は「やめろー!」と叫びながらも、何もできない自分に歯噛みするしかなかった。ソフィアのあの優しい笑顔が、もう二度と見られないかもしれない。そんな恐怖が、俺の全身を凍りつかせる。
だが、その時。
「待って、相馬君!まだよ!」
瑠奈の、いつになく切羽詰まった、しかし力強い声が響いた。
彼女は、俺が戦闘中に、半ば無意識的に、しかし何か手がかりを掴もうと必死に拾い集めていた「アノニマスの攻撃魔法の
「これを鑑定したわ…!彼の魔法、一見完璧なように見えるけれど、あまりに合理性を追求しすぎた結果、極微細なエネルギーの揺らぎと、構造的な偏りが生じている!彼のその合理性が生んだ、
瑠奈の蒼い瞳が、絶望の暗闇の中で、確かな光明を見出したかのように、強く輝いていた。
俺は、彼女の言葉に、そしてその瞳に、
俺の《ゴミ拾い》スキルが、この絶望的な状況を覆す鍵になるかもしれないなんて、誰が想像できただろうか。
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