第2話:知識の番人、ソフィア
「小国を買えるって……マジかよ……」
俺、相馬悠人は、瑠奈の言葉の意味を
ダンジョンに入って数分で拾った「ゴミ」が、いきなり国家予算レベルのお宝だなんて、誰が信じられるだろうか。
「ええ、間違いないわ。この記述、この魔力の
瑠奈はなおも羊皮紙から目が離せないといった様子で、うっとりとそれを眺めている。その瞳は好奇心と探求心でキラキラと輝いており、普段のクールビューティーっぷりはどこへやら、といった感じだ。
まあ、彼女のこんな表情を見られるのは珍しいし、役立たずスキル持ちの俺が、彼女をこれだけ興奮させられたというのは、ちょっとだけ誇らしい気もする。
「と、とりあえず、これは厳重に保管だな…」
俺は瑠奈から羊皮紙を受け取り、いつもゴミを入れている丈夫な布袋――もはや「ゴミ袋」とは呼べないかもしれない――の内ポケットにそっとしまい込んだ。
気を取り直して、俺たちは「賢者の書庫」の浅層の探索を再開した。
相変わらず、俺の視界には大小様々な光る「ゴミ」が点在している。その一つ一つに意識を集中すると、微かな匂いや手触り、そして時には誰かの感情の
通路の隅に落ちていた「破損した石版の欠片」。手に取ると、ひんやりとした石の感触と共に、何かを必死に書き留めようとした古代の学者の、焦りのような情熱が伝わってくる気がした。瑠奈に渡すと「古代の天文記録の一部ね。かなり風化しているけれど…」と鑑定結果を教えてくれる。
壁に突き刺さっていた「折れたペン先」からは、インクの染み付いた木の香りと共に、何か美しい詩を紡ぎ出そうとしていた詩人の、苦悩と喜びが入り混じった複雑な感情が流れ込んでくるようだった。これも瑠奈によれば、「微量の賢者の石の成分が付着しているわ。持ち主は相当な高位の錬金術師か、王族だったのかも…」とのこと。
瑠奈の鑑定は、まるで魔法のように、ただのガラクタに過ぎなかったはずのモノたちに、次々と意味と物語を与えていく。
このダンジョンは、一体どれだけの「歴史」を飲み込んでいるのだろうか。
俺のスキルは、そんな歴史の欠片を拾い集めるためのものなのかもしれない。そう思うと、今まで役立たずだとばかり思っていた自分の力が、少しだけ違って見えてきた。
(俺一人じゃ、ただのガラクタ拾いだもんな…姫川さんがいてくれて、初めて意味がある)
そんなことを考えながら進んでいくと、やがて俺たちは比較的広い空間に出た。
そこは、おそらくかつては膨大な書物が収められていたであろう、「第一書庫エリア」と呼ばれる場所らしかった。
◇
第一書庫エリアは、その名が示す通り、巨大な図書館のような空間だった。
天井はドーム状に高く、壁一面には天井まで届くような巨大な本棚がいくつも並んでいる。床には緻密な幾何学模様が描かれ、かつては荘厳な雰囲気を醸し出していただろうことが
だが、今のその場所は、惨状という言葉が生ぬるいほどに荒れ果てていた。
本棚のほとんどは薙ぎ倒され、無残に引き裂かれ、あるいは黒焦げになっている。床には焼け焦げた本のページや、砕けた石版の破片が散乱し、足の踏み場もないほどだ。
空気は
まるで、知識の墓場だ。
「…ひどいわ。これだけの知識が…これだけの想いが踏みにじられたなんて…人類にとって、どれほどの損失か…」
瑠奈が、普段の冷静さを失い、唇を噛み締めながら呟いた。その蒼い瞳には、珍しく怒りと深い悲しみの色が浮かんでいる。彼女にとって、知識の破壊は許しがたい
俺もまた、この光景には言葉を失った。ここには、明らかに悪意に満ちた破壊の跡があった。まるで、誰かが意図的に、この場所に眠る知識を消し去ろうとしたかのように。
床に散らばる「焼け焦げた本のページ(ゴミ)」を、俺はいくつか拾い集めてみた。それらはあまりにも断片的で、瑠奈が鑑定しても、ほとんど意味のある情報を読み取ることはできなかった。
ただ、その焼け焦げた紙片に触れると、持ち主だったであろう人々の無念や絶望といった感情が、重く苦しい感覚として俺に伝わってきた。
(こんなことをした奴らは、一体何を考えてたんだ…?)
俺がそんな憤りを感じていると、瑠奈が不意に「相馬君、あそこ…!」と声を上げた。
彼女が指差す先、エリアの中央、比較的被害の少ない一角に、何か人影のようなものが見えた。
◇
俺たちは慎重に、その人影らしきものに近づいていった。
それは、一体の美しい自動人形(ゴーレム)だった。
腰まで届く流れるような銀色の髪。透き通るような白い肌。そして、深い青色の瞳。白いドレスを思わせる滑らかな流線型の装甲を身に
周囲の惨状とは不釣り合いなほど、その姿は気高く、そしてどこか
俺たちが数メートルまで近づいた時、その自動人形の青い瞳がゆっくりと開き、俺たちを捉えた。
機械的だが、どこか物悲しい響きを帯びた、鈴を転がすような声が響く。
「……起動を確認。…未登録の生体反応を感知。…あなたたちは…“探求者”ですか、それとも“略奪者”ですか?」
その声には、敵意も好意も感じられない。ただ、純粋な問いかけだけがそこにあった。
俺と瑠奈は、思わず息を飲み、身構えた。
この自動人形からは、強力な魔力のようなものは感じられない。だが、それ以上に、何か底知れない、人間とは異質な存在が放つ独特のプレッシャーがあった。
「俺たちは…ただ、このダンジョンを調べに…」
俺がどもりながら言いかけると、瑠奈がそれを制するように一歩前に出た。
彼女は、自動人形をまっすぐに見据え、
「私たちは知識を求める者。あなたの敵ではありません」
その言葉に、自動人形はわずかに反応したように見えた。
「…“知識を求める者”。その言葉、久しく聞いていませんでした」
ほんの少しだけ、その無機質な表情が和らいだように感じられたのは、気のせいだろうか。
「私はソフィア。“賢者の書庫”の最後の番人です」
ソフィアと名乗った自動人形は、そう静かに告げた。
最後の番人――その言葉が、この荒廃した書庫の光景と重なり、俺の胸に重く響いた。
◇
瑠奈は、ソフィアの言葉を聞くと、すぐさま《叡智の神眼》を発動させた。彼女の蒼い瞳が、普段よりもさらに深く、強い光を宿す。
ソフィアの全身を
「…なっ…!?」
普段、どんなものを見てもポーカーフェイスを崩さない瑠奈が、ここまであからさまに驚くのは初めて見たかもしれない。
「情報量が…多すぎる…! 構造も材質も、既知のどんなゴーレムとも比較にならない…! このゴーレム、規格外よ…! 私の鑑定眼でも、全容が
瑠奈の言葉に、俺も息をのむ。
あの姫川瑠奈の《叡智の神眼》をもってしても、全容が把握できないだと…?
目の前にいるこのソフィアという自動人形は、一体どれほどの技術と知識の結晶なのだろうか。
俺たちの驚きをよそに、ソフィアは静かに微笑んだように見えた。
その微笑は、どこか人間離れした美しさと、そして計り知れないほどの深い
「私の“
意味深な言葉。
ソフィアとは何者なのか?
彼女の言う「魂」とは、一体何を意味するのか?
そして、この「賢者の書庫」に隠された秘密とは?
俺たちのダンジョン探索は、どうやらとんでもない謎の核心に、早くも足を踏み入れてしまったようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます