ゴミ拾いスキルでダンジョン無双~クールな鑑定美少女だけが、俺の拾う“ガラクタ”が伝説級アイテムだと知っている~

蒼月マナ

第1話:ゴミ拾いスキルと小さな謎解き

 ダンジョンとスキル。そんなSFみたいな単語が日常になって、もう何年経つだろうか。

 覚醒者は時代の寵児となり、強力なスキルを持つ者はヒーローみたいにもてはやされる。

 そんなキラキラした世界の片隅で、俺、相馬悠人(そうまゆうと)は、今日も自分のスキルに静かに絶望していた。


「なあ悠人(ゆうと)、今日の放課後、低層ダンジョンの新エリア行かね? ドロップ率アップ中らしいぜ!」

「わりい、俺パス。今日は個人依頼のゴブリン討伐だ」

「おー、頑張れよ! スキルアップのチャンスじゃん!」


 昼休み。教室のあちこちで、そんな威勢のいい会話が飛び交う。

 剣術スキル持ちの佐藤、火炎魔法が得意な鈴木、治癒スキルでパーティーに引っ張りだこの高橋。誰も彼もが、目を輝かせてダンジョンの話に夢中だ。

 俺は購買で買った焼きそばパンを黙々と頬張る。羨ましくない、と言えば嘘になる。


(いいよな、お前らは…戦闘系とか、直接役に立つスキルで…)


 俺のスキルは、《ゴミ拾いLv1》。

 その名の通り、ゴミを見つけやすくなり、拾い集めることができる、ただそれだけのスキルだ。

 攻撃力も防御力も上がらない。ステータス画面に表示されるのは「ゴミ発見率:微小アップ」「ゴミ収集範囲:半径1メートル」。初めて見た時は三度見したし、なんなら泣いた。


「またゴミ拾いしてたのか、悠人? エコ活動ご苦労さん」


 背後からの軽口に、俺はため息で応じる。クラスのお調子者、田中だ。


「うるせえ。好きでこのスキルになったわけじゃねえ」

「まあまあ。でもよ、マジで何かの役に立つのか、それ?」

「……さあな」


 校内美化くらいには貢献しているかもしれない。俺が拾うのは、消しゴムのカスや風で飛んできたビニール袋がほとんどだが。たまに、微かに「何か」を感じるゴミもあるけれど、それが何なのかは分からない。ただ、ちょっとだけ他のゴミとは違う、微かな手触りや匂いがあるような気がするだけだ。


(せめて『鑑定』とか『収納』とか、もうちょいマシなのが…)


 そんな俺の思考を遮るように、教室の入口がわずかにざわついた。

 視線を向ければ、一人の女子生徒が、周囲の喧騒など意に介さず、まっすぐにこちらへ歩いてくる。

 姫川瑠奈(ひめかわるな)。腰まで届く黒髪、雪のように白い肌、大きな蒼い瞳。学年トップの成績と人形めいた美貌で「孤高のクールビューティー」として知られるが、彼女の真価はそれだけじゃない。


「相馬君、今日の“成果”は?」


 俺の目の前で足を止め、感情の読めない声で問いかける。その蒼い瞳が、俺の手元――焼きそばパンの空き袋――をじっと見ている。


「まさかまたペットボトルのキャップじゃないでしょうね? あれはもう、あなたの部屋に博物館ができるくらい集まっているはずだけれど」

「いや、今日はまだ何も…って、なんで俺の部屋の状況知ってんだよ!」


 思わずツッコミを入れるが、瑠奈は涼しい顔だ。

 彼女は超レアスキル《神眼鑑定》の持ち主。あらゆるものの情報や本質を見抜く。なぜそんな彼女が、俺のような《ゴミ拾いLv1》とつるんでいるのかは、最大の謎だ。


「姫川さんこそ、今日は何か鑑定依頼でも?」

「いいえ、特には。ただのルーティンよ。世界のあらゆる事象は、鑑定対象となり得るわ」


 そう澄ましているが、彼女が時折、俺の拾ったガラクタ――俺が微かに「何か」を感じたゴミ――を真剣な顔で鑑定し、「…これは、興味深いわね」と呟くのを知っている。もしかしたら、彼女は俺のスキルに、俺も気づかない何かを見ているのかもしれない。


          ◇


 放課後、俺は瑠奈と校舎裏を歩いていた。彼女の言う「付き合い」は、大抵俺が何か「光るゴミ」を見つけるまで続く。


「それにしても姫川さん、なんでいつも俺なんかに…」

「有意義かどうかは私が判断するわ。それに、あなたのそのスキル…観察対象としては、それなりに興味深い」


 相変わらずの物言いだ。

 ふと、ツツジの植え込みの根元で、何かがキラリと光った。またか。

 近づくと、古びた一冊の生徒手帳が落ちていた。雨に濡れたのか少しヨレていて、表紙に書かれた名前はインクが滲んでにじんでしまって判読できない。手に取ると、微かに甘い香水の匂いと、誰かの焦りのような感情の残滓ざんしが指先から伝わってくる気がした。


「また誰かの忘れ物か…。名前、読めないな」

「貸してごらんなさい」


 瑠奈が手帳を受け取り、その滲んだ文字に手をかざす。彼女の蒼い瞳が微かに光を帯びた。


「…インクの粒子パターンと、手帳に残された微細な指紋情報から照合…持ち主は1年C組の佐々木陽菜さんね。今日、隣町の総合病院に入院中のお母さんのお見舞いに行く予定だったはず。手帳には病院の地図と、お母さんの好きな花…コスモス、と書かれたメモ。それと…『友達と、お母さんが元気になったら一緒にピクニックに行く約束』とも」


 瑠奈の鑑定は相変わらずすごい。俺が感じた焦りのような感情の残滓ざんしも、この状況から来るものだったのだろう。

 俺たちは、佐々木さんを探しに校舎へ戻った。


          ◇


 職員室前の廊下で、うつむいて肩を落とす小柄な女子生徒を見つけた。

 佐々木陽菜さんだ。


「あの…佐々木さん、ですか?」

「は、はい…そうですけど…」


 彼女は涙目で顔を上げた。

 俺が生徒手帳を差し出すと、彼女ははっと目を見開く。


「あ…!私の生徒手帳…!どこで…?」

「校舎裏の植え込みに落ちてましたよ。俺が見つけて、名前が読めなかったんだけど、この人が持ち主を教えてくれたんです」


 俺が隣の瑠奈を指差すと、佐々木さんは瑠奈にもぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます…!本当に…!これがないと、お母さんのところにも行けないし、友達との約束も…どうしようかと…」


 涙声で感謝され、なんだかむず痒いような、でも温かい気持ちになった。自分のスキルと、瑠奈のスキルが合わさって、初めて直接誰かの役に立った。ささやかな達成感だ。


(…なんか、悪くないかもな、たまには)


 瑠奈は、そんな俺たちを相変わらずの無表情で見つめていたが、その瞳の奥には、ほんの僅かな満足感が浮かんでいるように見えた。いや、気のせいじゃない。彼女の口元が、本当に微かにだけど、綻んでほころんでいる。


          ◇


 佐々木さんに改めて礼を言われ、俺たちは校門へ向かった。少し気分が上向いている。


「姫川さん、サンキュな。あんたが鑑定してくれなきゃ、誰のか分からなかったし」

「別に。事実を述べたまでよ。発見したのはあなたでしょう、相馬君」


 素っ気ないが、これが彼女の通常運転だ。

 校門近くの探索者ギルドの電子掲示板の前で、瑠奈がふと足を止めた。「賢者の書庫」の情報が映し出されている。未だ深層到達者ゼロの謎のダンジョン。


「そのダンジョン、面白そうね」


 瑠奈が、珍しく目を輝かせて呟いた。その声は、普段の平坦なトーンとは違い、明らかに期待に弾んでいる。


「あなたのそのスキルなら、誰も気づかない“何か”が見つかるかもしれないわ。…例えば、歴史的な大発見とか」

「いやいや、俺のスキルはゴミ拾いだって! 歴史的大発見なんて!」


 全力で否定するが、瑠奈は構わない。


「可能性はゼロではないわ。それに、最近のあなたの“ゴミ”の質は、少しずつ上がっている気がするの。今日の生徒手帳もそうだけれど、以前あなたが拾った錆びたコイン…あれも、実は数百年前の希少な古銭だったのよ? もっとも、あなたはその価値に気づかず、自販機に入れようとしていたけれど」

「うっ…そ、それは…!」


 痛いところを突かれた。結局、瑠奈の有無を言わさぬ決定で、週末に「賢者の書庫」へ挑戦することになった。


(まあ、姫川さんが一緒なら、なんとかなるか…? いや、大抵は俺が振り回されるだけなんだよな…)


 期待と不安が入り混じったため息を、夕焼け空に吐き出した。


          ◇


 そして週末。「賢者の書庫」の入口。荘厳で古めかしい石造りの門構え。奥からは静謐せいひつだが、得体の知れないプレッシャーが漂う。


「…本当に、ここに入るのか?」

「当然でしょう? ここまで来て引き返すなんて、時間の無駄だわ」


 瑠奈は平然と門の中へ。俺も慌てて後に続く。

 ダンジョン内部に一歩足を踏み入れた瞬間、視界に異変が起きた。


「うわっ…なんだこれ、光るゴミだらけじゃないか…!」


 薄暗い通路の至る所が、大小様々な光を放ってキラキラと輝いて見える。俺の《ゴミ拾い》スキルが反応している証拠だ。だが、その光景は、今まで経験したことのないものだった。まるで星空に迷い込んだような…。


(今まで拾ってきたゴミとは…明らかに、光の“質”が違う…? 温かいような、何かを訴えかけてくるような…)


 そう感じたのは、気のせいではなかった。

 俺は、入口近くの床に落ちていた、一際強く、そしてどこか懐かしいような光を放つ「焼け焦げた羊皮紙の切れ端」を、何かに導かれるように拾い上げた。

 それは、触れると微かに古いインクの芳しいかぐわしい匂いがし、乾いたパピルスにも似た、ざらりとした独特の感触があった。そこからは、遠い昔の誰かの知的好奇心のような、熱い想いの残滓ざんしが伝わってくる気がした。


「姫川さん、これ…」

「…見せて」


 瑠奈が切れ端を受け取り、鑑定を始める。

 彼女の蒼い瞳が、いつになく真剣な光を宿し、そして、次の瞬間、大きく見開かれた。その表情は驚愕そのものだ。


「…これは…!」


 普段冷静沈着な彼女の声が、明らかに上擦っている。


「古代魔法言語で書かれた…『世界樹の育成法・序論』の一部…! 現代では完全に失われた、神話級とも言える魔法技術よ! なぜこんなものが、“ゴミ”としてここに…!?」


 瑠奈は信じられないといった表情で、羊皮紙の切れ端と俺の顔を交互に見つめている。その瞳には、興奮と、そしてわずかな畏怖の色さえ浮かんでいた。

 俺はといえば、その価値が全く理解できず、ただポカンとするしかなかった。


「え、世界樹? なんかRPGで聞いたことあるような…それって、すごいの?」

「すごいなんてものではないわ! これ一枚で、小国なら余裕で買えるくらいの価値があるのよ!」

「しょ、小国を…買える!?」


 俺の金銭感覚は、ダンジョン突入早々、宇宙の彼方へ吹き飛んでいきそうだった。

 この「賢者の書庫」というダンジョンは、一体何なんだ?

 そして、俺の《ゴミ拾い》スキルは、本当にただのゴミ拾いスキルなのだろうか?

 未知への期待と、それ以上の巨大な不安を胸に、俺たちの奇妙なダンジョン探索が、今、幕を開けた。

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