第43話 王と皇と、娘たちと

 国境の町──レスタル。


 古くは交易の要衝であり、いくつもの戦と和睦の場面を見届けてきた歴史ある街。その中央広場に、二つの国旗が今、並んで掲げられている。


 王国と帝国の首脳会談。それは、両国の未来を変える節目だった。


 王国からは、国王陛下と補佐官団。そして、帝国との技術交流を主導したアルクとレコナ。


 帝国からは、かの怪力帝王バルグ・グラディアとその側近たち。側近の中には、ひときわ華やかな姿があった──ヴァレリア・グラディア皇女である。


 帝王の視線が、会談場の入り口に入ってきた一行のうち、愛娘の姿に留まったとき──その眉はわずかにぴくりと動いた。


 「……ドレスが短い。というか、胸元が開きすぎではないか?」


 「お父様、うるさいですわ。外交場面では印象が大事ですの」


 「そういう問題では──」


 激しい娘バカを発動しかけた帝王に、後ろの側近がそっと咳払いをして制する。


 そんな中──会談冒頭、突如としてヴァレリアが口火を切った。


 「お父様。ご報告がございます」


 「うん?」


 「ワタクシ、こちら王国の技術士アルク様と──正式にお付き合いしておりますの。ゆくゆくは婚姻を前提に、でございますわ!」


 空気が凍りついた。


 国王は咳を噎せ、国境警備隊長が剣の柄に手をかけかけ、帝国の側近たちは狼狽した。


 ただ一人、バルグ帝王はしばし無言で娘を見つめたのち──


 「……ほう。で、その男は娘を泣かせたりしないのか?」


 「ええ。泣かせたらワタクシが泣かせ返しますわ♡」


 「そうか……ならば、好きにするがいい」


 あっさり、許可が下りた。


 それを見ていたレコナが、ぴくりと肩を揺らし、手を上げた。


 「こ、国王陛下。私も──アルクと、婚姻を望んでおります」


 「うむ。すでに側近から報告は受けておる。幸せになれ。……というか、アルク殿?」


 「はい、陛下……」


 「両腕は足りておるのか?」


 「正直、ちょっと、筋肉痛が続いてます……」


 その場が和やかな笑いに包まれた。


 こうして──王国と帝国は、これまでの争いに終止符を打ち、新たな未来へ歩き出した。


 


***


 数日後。王都。


 王城の中庭では、二人の女性がアルクを中央に据え、紅茶を囲んでいた。


 「アルク様、今日のケーキはいかが?」


 「私が焼いたスコーンもあるんだからねっ! こっちも食べて!」


 「お、おう……」




 かつて敵国同士だった王国と帝国。その両国の王女と皇女が、ひとりの男との婚姻を宣言した――という前代未聞の事態は、予想を遥かに上回る反響をもって迎えられた。


 国境の町レスタルでの会談以降、両国の外交は急速に雪解けし、交易の門は広く開かれた。共同研究や技術交流も活発となり、都市間の往来すら自由になりつつある。


 そして今や──


 「どちらが先に孫の顔を見るか、か……ふふふ、燃えるな」


 「お父様! まだその話は早すぎますわ!」


 「いや、もう“遅すぎた”のではと我が補佐官が……ふむ、違ったか?」


 帝国皇帝バルグと国王が、それぞれの娘を前に笑いながら言い合っているのが、今や見慣れた光景となっていた。


 


 その中心にいるのが──アルクである。


 「……なんでこうなったんだろうなぁ……」


 空を見上げて呟く彼の背中には、真新しい礼装。胸元には王国の家紋、そして袖には帝国皇女付きの紋章まで縫い込まれていた。


 式場は王都に設けられた大聖堂。まさかの“合同結婚式”を提案したのは、他でもない国王と皇帝だった。


 「どうせなら、晴れやかにやろう。これを機に両国民に祝福されるべきだ」


 「そして、経済効果もあるしな。いい話だろう、アルク殿?」


 当人に選択肢は、なかった。


 


 ***


 「まさか、アルクと結婚式を挙げる日が来るなんて……夢みたい」


 レコナは、王都の式場控室で、真っ白なドレスに身を包んでいた。鍛冶用の革エプロンではない。ふわりとした純白のレース、精緻に刺繍された花々が、彼女の頬をさらに紅潮させていた。


 その隣には、真紅のドレスを纏い、金の飾りを揺らす少女──ヴァレリアがいた。


 「……まさか、“お姉様”と呼び慕う相手と、同じ旦那様を迎えることになるなんて。人生、何が起こるかわかりませんわね♡」


 「……まだ順番は決まってないんだからねっ」


 「ふふ、では本日の式で決めましょうか。どちらが先に誓いを交わすか♪」


 「っ……勝手に決めるな!」


 二人のやりとりは、今や“日常”となっていた。


 


 ***


 式は盛大に、だが平和に行われた。


 一度目の誓いの鐘は、レコナのために。彼女は涙ぐみながらも、しっかりとアルクの手を取り、こう言った。


 「これからも、一緒に鉄を打って、一緒に生きていきたい。……大好きだよ、アルク」


 二度目の鐘は、ヴァレリアのために。彼女は堂々と、観衆の前で手を掲げ、誓った。


 「愛していますわ、アルク様。命ある限り、貴方と共に歩みます!」


 民衆は歓声をあげ、両国の旗が一斉に掲げられた。ここに、二国間の婚姻と和平は、文字通りの“祝福”として刻まれたのだった。


 


 ***


 ──さて。


 めでたしめでたしで終わりそうなこの物語だが、当のアルク本人にとっては、まだ終わりではない。


 「おーいアルクー! 明日は両家顔合わせだぞー!」


 「式後の挨拶状が山ほど来てるからな! ひとつずつ目を通せって!」


 「明後日は婿殿支援隊から“新婚旅行候補地プレゼン大会”もあるわよ!」


 「……オレの人生、前より忙しくなってないか?」


 それでも──


 隣に笑うふたりの姿を見ると、不思議と、悪くないと思えるのだった。

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