第42話 和睦と、娘と、神剣と

 ──一週間後。


 王国の朝は、鍛冶場の火の香りと共に始まる。アルクは今日もレコナと並んで炉の前に立ち、赤く燃える鉄を見つめていた。


「ふふ……アルク、今日も一緒ね」


「鍛冶場デートって言うのか、これ」


「言うのよ。ちゃんと、言うの」


 にやけるのを必死でこらえながらレコナが微笑む。彼女の頬は火より赤かった。


 一方その頃、城館のテラスでは──


「アルク様♡ こちらの紅茶も召し上がって? 王都限定の初摘みですのよ」


「さっきのと何が違うんだ……?」


「ワタクシの“愛情分”が多めに入ってますわ♡」


 ヴァレリアの執拗な“お茶会デート”攻撃が炸裂していた。


 工房と宮廷。炎と花。鉄と紅茶。そんな正反対の舞台で、アルクは二人の“嫁候補”に文字通り引っ張りだこだった。


 


 ***


 そんな折、ヴァレリアのもとに一通の書簡が届けられた。


「……あら? ゼルヴァ?」


 黒衣の密偵ゼルヴァが無言で差し出した封書には、グラディア帝国の印章が封蝋されている。


「父上から……?」


 開封し、さっと目を通したヴァレリアは目を瞬かせ──そして、吹き出した。


「ぷっ……ふふっ……前半、たったの二行。“王国との即時講和、国交を正常化する。帝国として了承する”……」


「短いですね」


「問題はこの後ですわ! ほら、“夜は寒くないか”“体調を崩していないか”“鍛冶場に火傷しないように”“虫歯はちゃんと治療しているか”……って、延々四ページ!」


 ──親バカにも程がある。


 帝王バルグ・グラディア、まさかの“娘ラブレター”であった。


 それがどれほど過保護なものだったとしても、その二行が現実の運命を変える。


 数日後、王国の南門には、グラディア帝国より正式な使節団が訪れた。


 旗印には白地に黒の双頭鷲、そして「講和」と「信義」の金糸が縫い込まれていた。


 


 ***


 ──国境地帯。


 静寂な丘に、両国の兵と使節が集まり、合同の慰霊祭が執り行われた。


 王国軍の将官も、帝国の指揮官も、剣を抜かず、頭を垂れる。


 それは剣ではなく、言葉で終わらせた少女たちへの、ささやかな敬意でもあった。


 


 ***


 その帰路。


「これが……あの剣か」


 工房に戻ったアルクが両手で受け取ったのは、漆黒の鞘に収まった二振りの剣だった。


 ──ベラ=カルロスとリュミ=カルナ


 “神剣”と讃えられた、オリハルコン製の剣。


 帝国が奪った剣。だが今、それは正式に返還された。


「よく戻ってきてくれたな」


 鞘を外し、鋭く輝く刃を見つめながら、アルクはそっと呟いた。


 その声に応じるように、レコナがそっと彼の隣に立つ。


「私たちの始まりだった剣、だもんね」


「……ああ」


 そこに、ヴァレリアがそっと割って入る。


「でも、これで一件落着ですわね。剣も、戦も、そして──」


 アルクを見つめ、ふんわり微笑む。


「恋も」


「……お、おい、やめろ。恥ずかしい」


 レコナも頬を赤らめてうつむく。


 だが──それでも、三人はそろって笑った。


 それはもう、止めようのない未来だった。


 


 ***


 そして数日後。


 講和の印として帝国から支払われた金が王国に届き、交易が再開される。


 王国と帝国の関係は、かつてないほど平和で、穏やかな風に包まれていた。


 そしてその中心には、鉄を鍛え、紅茶を淹れ、恋を語る──とても不思議な三人の姿があった。

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