第39話 甘く、熱く、勝負の刻

 王宮の厨房。午後の日差しが差し込む中、二人の少女が向かい合っていた。


「というわけで、スイーツ対決ですわ! 審判はもちろん、アルク様!」


 華やかな声とともに、ヴァレリアがエプロンをひらりと翻す。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……!」


 レコナが少しうろたえながらも、きゅっと三角巾を結び直す。


「なんで私まで、こんな……」


「お姉様、逃げるおつもりですの? “好き”を伝えるには、行動あるのみ。手から生まれた味でこそ、心は伝わりますわ!」


「……ふぅ。わかったわよ。やるなら、ちゃんと向き合う」


 レコナは深く息をつき、真剣な瞳でヴァレリアを見返した。


「でも──私だって、ただの“勝負”なんかにしたくない。これは……大事な気持ちを込める時間だから」


「まぁ……お姉様ったら、そんな言葉を返されると……ドキドキしちゃいますわ」


 二人の間に、ぱちんと火花が散った……ような気がした。


 ***


「できましたわ! グラディア流・黄金のハニータルト!」


「……私も完成。王都風ミルクプリン──お砂糖は控えめ」


 机に並ぶ二つのスイーツ。視線を交わす二人。その間に、困った顔で立たされるアルク。


「えーっと、食えばいいんだな?」


「どうぞ! 召し上がれ、アルク様♡」


「わ、私のも……その、ちゃんと、ゆっくり味わって食べてね?」


 ──どちらから先に食べるべきか、悩む。


「ハニーはデザートの中でも高貴な甘味ですのよ?」


「……こっちは、口の中でとろけるように優しく作ったつもり……」


(……これ、どうすりゃいいんだよ)


 頭を抱えるアルクだったが──


 ひと匙、ヴァレリアのハニータルトを口に運ぶと──「うまっ!」


 さらにレコナのプリンも──「……すげぇ……優しい味……」


 二人の少女が、じっと彼の反応を見守っている。


 胃袋と心に緊張が走る。


「どっちも……すげぇ美味い」


 その言葉に、レコナが微かにほっと息をつき、ヴァレリアは勝ち誇ったように胸を張る。


「ふふっ、アルク様ったら、正直なお方ですこと!」


「でも……私は……アルクに食べてもらえて、それだけで、うれしいから」


 ぽつりと呟いたレコナの言葉に、ヴァレリアの目が少しだけ見開かれた。


「……お姉様、それって……反則ですわ……」


 思わず口にしたその一言は、審判の心に強く刺さっていた──。

 

  ***


 結局、アルクの「どっちも最高だった」の一言で、料理勝負は──


「引き分けですわね……!」


「……うん、今回は」


 ヴァレリアとレコナが、なぜか同時に納得したようにうなずいた。


 勝負がつかずとも、互いに真っ直ぐぶつけた“好き”の気持ちは、たしかに相手にも伝わっていた。


 だが──


「ですけど、まだ終わりませんわ! 次は弓術勝負ですの!」


「えっ、弓って……私、武器は剣専門だけど……?」


「公平を期して、動かぬ的を射るだけですわ。ほら、お姉様も、アルク様に褒められたいでしょう?」


「う……ま、まぁ、それは……」


 そして、庭に的が設置された。


 ヴァレリアが構え──ポーン。


 レコナが構え──ポーン。


 ……的には、かすりもしない。


「……これは、引き分けってことで……」


「ええ、悔しいけど、認めますわ」


 スイーツ対決、弓術勝負──


 かくして、嫁候補を巡る静かなる(?)戦いは、王城の裏で何度も繰り広げられることとなった。


 料理、裁縫、弓術、護身術、靴磨き、果ては「誰が一番長くアルクと手を繋いでいられるか」競争に至るまで──


 だが、そのたびに引き分けや審判不能の判定が続き、勝負はつかず。


 ──だが、それでもいいのかもしれない。


 勝ち負けよりも、大事なものがきっと、この中にあるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る