第38話 恋の晩餐会、味付けは真心で

「──では、審判はアルク様にお願いいたしますわ♡」


 そう宣言してヴァレリアがスカートをくるりと翻すと、周囲の使用人たちが一斉にざわついた。


「料理対決、ですか……?」


「しかも審判がアルク様って……修羅場フラグしかない気がするのは私だけ……?」


 支援隊の侍女が耳打ちし、セレスが額を押さえながら小さくため息をつく。


「レコナ、気乗りしなかったらやめてもいいぞ……」


 そう言ったアルクに対し、レコナは一度ぎゅっと唇を噛んだのち──


「……やってやろうじゃない。料理だって鍛冶と同じよ。素材と火と、魂を込めるだけ!」


 気炎万丈、拳を握って宣言した。


 ──こうして始まった、“恋の晩餐会”。


 会場は王宮の小さな厨房兼試食室。時刻は夕暮れ前、控えの間の外には謎の観客(主に支援隊と一部兵士、セレス含む)が集まっていた。


 


 ***


 「はいっ、じゃがいもは皮を剥いてから茹でるんですわよ!」


 「んなこと分かってるわよっ!」


 「お姉様ったら、火加減が繊細すぎますわ! 野菜が震えてますの!」


 「煩いわね! アンタのその“無駄に高級そうな香辛料”、何種類使えば気が済むのよ!」


 「ふふ、スパイスとは“心の鎧”……つまり恋の勝負に欠かせないのですわ!」


 湯気がもうもうと立ち上る厨房のなか、鍋のぶつかる音と女子二人の口喧嘩が交互に響き渡る。


 レコナの料理は“家庭的な煮込みシチュー”。調味料は最低限だが、素材の味を活かした滋味に満ちた香り。


 一方、ヴァレリアはというと──“見た目も香りも豪奢な貴族風パイ包みスープ”。明らかに手間と演出に振り切ったスタイルで、仕上げに金粉を振りかけようとしている。


「なにその金色……料理でしょこれ!?」


「ワタクシの愛は、いつだってゴージャスですの♡」


「アンタの恋、コスト高すぎない!?」


 


 ***


 ──そして、審判の時。


「……で、どうすればいいんだ?」


 テーブルに座ったアルクの前に、二皿の料理が置かれる。


 一つは素朴ながら湯気と共に優しい香りが立ち上る煮込みシチュー。


 もう一つは、ふわりと香辛料の風が舞い、焼き立てのパイが金色に光るスープ。


「まずはレコナ様のシチューからどうぞ♡」


「いえ、ヴァレリア様のパイ包みからの方が口当たりが軽やかでしてよ♡」


「もうどっちでもいいだろ!」


 叫びつつ、まずスプーンを伸ばしたのは──レコナのシチューだった。


 一口。口の中に柔らかな旨味が広がる。


 人参も芋も、煮崩れ寸前の柔らかさ。塩気は控えめなのに、なぜか深く心に染みる味。


「……うまい。落ち着く」


「そ、そう? よかった……」


 レコナが小さく胸を撫で下ろす。


 続いて、ヴァレリアのパイ包み。


 サクッ、とパイを崩すと、中からスパイシーなスープととろけるような具材が湯気とともに姿を現す。


 一口、口に運べば──華やかで刺激的な香りが舌を駆け抜ける。


「……こっちもすごいな。食ったことない味だ。……けど、なんだろう。どっちも“らしい”っていうか……」


 そう言って、しばし思案したのち──


「よし、引き分けってことで!」


「「はぁああ!?」」


 二人同時に叫び、アルクの耳がキーンとなる。


「だ、だって、どっちも本当にうまかったし、どっちも“気持ち”が伝わったっていうか……」


 言いながら、アルクは恥ずかしそうに頬をかいた。


 ──確かに、料理は“勝負”だった。


 だがその根底に流れていたのは、二人から向けられる“真っ直ぐな気持ち”だった。


 


 ***


 試合後。


 スプーン片手にうつむいていた二人。


 だが、ふと目を合わせると──どちらからともなく、ふっと笑ってしまった。


「なんか……もう、いいかも」


「ええ、ワタクシも。勝ち負けよりも、伝わったなら、それで……」


 その瞬間。


 レコナとヴァレリアの間には、奇妙な“共犯関係”にも似た絆が芽生えていた。


「でも、次は負けないわよ?」


「もちろん、正面からぶつかりますわ♡」


 そして、そのやり取りを見ていたアルクは、鍛冶槌より重い溜め息をついた。


(……まだまだ平穏は遠そうだ)


 


 次回──『スイーツ頂上決戦!? 甘味の戦場(バトルフィールド)は午後三時!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る