第28話 見えざる戦
クロスボウの機構が完成したその翌朝、王城の室内演習場には不穏な空気が漂っていた。
「――本当に撃てるのか? あんな……小さな弓で?」
「見てみろよ。矢もあんなに短いぞ……」
訓練用の標的を前に、半信半疑の兵士たちがざわついている。
彼らの前に立つのは、アルクが設計・製作した“連射式クロスボウ”。矢筒付きの構造により、簡単な操作で次弾を自動装填するこの兵器は、王国の技術体系からは明らかに逸脱した異端児だった。
わざわざ室内演習場での試射としたのは、もちろん、帝国の密偵を警戒してのことで、参加する兵士らの身分の確認も厳重に行われた。
「弦は、張ってある……装填、よし。狙いは……」
兵士のひとりが恐る恐る引き金を引いた。
――パシュッ。
乾いた音が響き、矢は一直線に20メートル先の的の中央へ突き刺さった。
「おおっ!」
周囲がどよめく中、矢筒から次の矢がカシャリと送られ、兵士が再び引き金を引く。
――パシュッ。
二の矢も命中。
誰もが言葉を失った。これほど簡単に、これほど正確に、誰もが“戦える”。
兵士らはアルクが用意した複数の形が異なる“兵器“を試していく。
アルクはそれを、黙って見守っていた。
(これが……僕が作った、“兵器”……簡単に、誰でも、誰かを殺すことができるようになる……道具)
誇らしいようで、どこか寂しくもあった。
* * *
一方、王城の政庁では、クロスボウの量産体制を巡って早くも議論が始まっていた。
「……訓練が簡素化され、短期間で実戦に耐える兵が育成できるとなれば、戦力の底上げは確実です」
「だが同時に、“殺す”という技術の敷居が下がる危険性も孕む」
「帝国が動き出す前に、こちらも備えるしかありませんぞ」
対立する意見が飛び交う中、ひときわ鋭い視線がアルクに向けられる。
それは、国王インシャッラー60世。
「婿殿、これが貴殿の望んだ未来か?」
穏やかだが、底知れぬ問いだった。
「……いいえ、違います」
アルクは静かに答える。
「僕は、戦争がしたいわけじゃない。ただ……盗まれたものを取り返すために、誰も死なせないために、作っただけです」
「ふむ。戦争の抑止……。……実現できるならば、ワシにとっても本意とするところ。……婿殿よ、ならば――それを証明してみせよ」
王はそう言い残し、政庁を去った。
* * *
その夜。
城の片隅、アルクはひとり図面を見つめていた。
(もっと……正確に、もっと安全に……帝国が諦めるほどの威力を……)
レコナの打った剣のように、ひとつひとつのパーツに魂を込めていく。
(もう、誰も泣かせないように)
そのとき――。
「……まだ、起きてたの?」
レコナだった。ゆるく髪をほどいたまま、湯上がりのような衣で、ふわりと現れる。
「うん。もう少しで、“改良型”が見えてくるんだ」
「ふーん……ねぇ、わたしも何か、手伝っていい?」
「いいよ。君の手が加われば、きっともっと“強くて、美しい”ものになる」
レコナは、ふと笑った。
「じゃあ、任せて。最高のクロスボウ、仕上げてあげる」
その夜、王国に“見えざる戦争”への準備が静かに始まった。
剣でも弓でもない、新たな時代の象徴として。
そして、王国を守る者たちの意思として。
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