第26話 影の向こう、帝の欲望

 夜が白み始めるころ、アルクたちは王都への帰還を決断していた。


 奪われたオリハルコンの剣――そのうちの二振り〈ベラ=カロルス〉と〈リュミ=カルナ〉は、帝国の密偵ゼルヴァの手に落ちたままだ。


「……くっ」


 アルクは拳を固く握り締めた。剣が盗まれたときの怒りが、いまだに収まらない。


 レコナはその隣で静かに歩いていた。あのとき、自分がもっと警戒していれば。もっと早く異変に気づいていれば。


「アルク……ごめん」


 彼女の声に、アルクは首を振った。


「謝ることじゃない。あれは、僕たちの“子ども”みたいなもんだ。取り戻せなかったのは、悔しい。でも……」


 彼は振り返り、遠ざかる国境の森を睨んだ。


「絶対に、取り返す」


 ハルグも、セレスも無言で頷いた。兵たちは疲労の色を見せながらも、その言葉に呼応するように姿勢を正した。


 


 * * *


 


 一方、帝国。


 玉座の間。ゼルヴァが片膝をつき、布に包まれた二振りの剣を帝王・バルグに差し出していた。


「陛下。これが、王国から奪取した“神剣”です」


 重厚な布をめくると、異様な光を放つ〈ベラ=カロルス〉と〈リュミ=カルナ〉が露わになる。


 曲線美を備えた〈ベラ=カロルス〉。鍔に角をあしらった〈リュミ=カルナ〉。どちらも、鉄では到底作り得ぬ強度としなやかさを兼ね備えていた。


「これが……王国の“秘宝”か」


 バルグの目がぎらりと光る。


 試し切りの映像記録、素材の破片、密偵が持ち帰った記述と図案。それらをもとに、帝国の工房は早速模造に取りかかった。


 だが――。


「……無理です。素材が、鉄とは異なる……それも、大きく」


「ふざけるな!ただの剣だろうが!」


「いえ……この剣の材質は……鋼でも、鉄でもありません。……まるで、神の与えし“金属”です」


 報告する技官の声が震えていた。


「我が国のいかなる鋳型にも、収まらず。焼きも入らず。試しに刀身に力を加えましたが……まるで、風に舞う布のようにしなるだけで、折れも曲がりもしない」


 それは、王国の“ものづくり”が神域に達しているという証明でもあった。


 バルグは、沈黙した。


 やがて……。


「……欲しい、欲しいぞ……!」


 その声は呟きから叫びへ、そして狂気へと変わっていく。


「この力……この剣! 我がものとするのだッ!!」


 帝王の吼え声が、玉座の間に響き渡る。


「職人ごと!王国ごと!!あの工房すべてを連れてこい!!!」


 そして密偵ゼルヴァへと視線を向ける。


「次は、製作者を連れてこい。生きたままだ。逆らえば、家族でも同胞でも皆殺しにしても構わぬ。わかったな?」


 ゼルヴァは、無言で頷いた。


 帝王の欲望は、もはや一国の境を越えて燃え盛ろうとしていた。


 


 * * *


 


 そのころ王国では、アルクがひとり工房の片隅に座り、剣の欠けた箱を見つめていた。


 その横に、レコナがそっと腰を下ろす。


 「……まだ、泣きたい気分?」


 「ううん。もう、泣いたよ」


 レコナは、少しだけ目を赤くしながら、静かに言った。


 「でもね……次は、絶対に盗ませない。もっと、すごいの作るんだから」


 アルクはその横顔を見て、小さく笑った。


 「なら、僕もそれに負けないのを作らなきゃね」


 次なる剣を。次なる戦を見据えて——。


 王国の鍛冶工房は、ふたたびその炎を強く灯し始めていた。

 

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