第14話:ゴーレムのデバッグと、祠に眠る真実の欠片(と《クロノ・ブースト》応用編)

 振り下ろされる巨大な岩の拳。セシリアは、ティアラ(優)の焦燥に満ちた念話にハッと目を開いたものの、迫りくる絶望的な質量を前に、身体は金縛りにあったように動かない。

 もはやこれまでか――セシリアがそう覚悟した瞬間だった。


「聖女様!」

 エドガーの鋭い声と共に、彼の身体がセシリアを突き飛ばすように割り込んできた。ゴツン、という鈍い音。エドガーはゴーレムの拳の直撃こそ免れたものの、その衝撃波で数メートル吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「エドガーさん!」

 セシリアの悲鳴に近い声が響く。


(ちっ、あの若いの、無茶しやがって!だが、これで少しだけ時間が稼げた!)

 優は、ティアラの《構造解析スキャン》機能を最大出力で起動し、猛烈な勢いで二体のゴーレムの構造と魔力循環パターンを分析する。

(よし、見えた!あの二体のゴーレム、胸部中央の紋様が魔力コアであることは同じだが、右側の個体――今エドガーを吹き飛ばした奴――は攻撃に特化した純粋なパワー型。左側の個体は、右側の個体への魔力供給と、自身の防御フィールド生成を優先する支援型だ!つまり、左を先に叩けば、右の攻撃力も低下する可能性がある!)


 しかし、その分析結果を伝える間もなく、攻撃特化型のゴーレムが再びセシリアに狙いを定め、突進してくる。支援型のゴーレムは、その前面に淡い光の障壁を展開し、セシリアの魔法による妨害を阻もうとしていた。

 ゴードン村長が、老練な動きでゴーレムの足元に斬りかかり、一瞬だけその動きを鈍らせるが、それも長くは続かない。


(まずい!このままではジリ貧だ!セシリア、お前のドジが奇跡を起こす……なんて悠長なこと、もう期待できんぞ!ここは、俺の隠し玉を使うしかない!)

 優は、ミストラル村での守護者戦で一度だけ使用した、ティアラの秘匿機能――《クロノ・ブースト》――の限定的な起動を決意する。

(今の俺のエネルギー残量と、セシリアの身体への負荷を考えれば、全力発動は無理だ。だが、ほんの数秒、精密作業に特化した形での限定起動なら……!)


(セシリア、もう一度アレを使うぞ!今度は攻撃じゃない、精密作業だ!コアに直接アクセスする!俺の指示に全神経を集中しろ!)

 優の緊迫した念話と共に、セシリアの頭上のティアラが淡い光を放つ。

 セシリアの意識が、再び時間の流れから切り離されたかのように加速する。周囲のゴーレムの動き、ゴードンの奮戦、そして吹き飛ばされたエドガーの苦悶の表情までもが、スローモーションのようにゆっくりと見える。


(よし、セシリア!まず、攻撃特化型ゴーレムの次の攻撃パターンを読む!奴は右腕を振りかぶっている……その初動に合わせて、左へ三歩ステップ!支援型ゴーレムが展開している防御フィールドの、魔力循環が最も薄い一点が、お前の真正面に来るはずだ!)

 優の超高速の指示が、セシリアの脳内に直接叩き込まれる。

 セシリアは、まるでプログラムされた機械のように、しかし自身の聖女としての強い意志を込めて、その指示通りに動いた。


 攻撃特化型ゴーレムの巨大な拳が、セシリアが先ほどまでいた場所を粉砕する。しかし、セシリアは既にそこにはいない。

 そして、彼女の目の前には、支援型ゴーレムが展開する防御フィールドの、ティアラの解析によって可視化された、ほんの僅かな魔力の歪み――脆弱点――があった。


(そこだ!その一点に、お前の聖気を収束させた杖の先端を突き刺せ!物理的に破壊するんじゃない!内部システムに直接干渉して、強制シャットダウンさせるんだ!SEの得意技だぜ!俺(プロトゼロ)の解析能力なら、古代の制御システムへの一時的なアクセス経路(バックドア)を確保できる!)

 セシリアは、言われるがままに、しかし祈りを込めて、愛用の木の杖をその脆弱点へと突き立てた。

 普通の物理攻撃なら弾かれるはずの杖が、まるで吸い込まれるように、防御フィールドの奥、支援型ゴーレムの胸部中央にある赤い宝石――魔力コア――へと到達する。


 その瞬間、セシリアは、杖を通してゴーレムの内部に流れ込む自身の聖なる魔力が、ティアラ(優)が確保したアクセス経路を通じて、まるで暴走するコンピュータープログラムを鎮静化させるかのように、ゴーレムの魔力循環を正常化させていくのを感じた。彼女の純粋な聖気は、古代の魔術的な防壁に対して、なぜか高い親和性を示しているようだった。

 赤い宝石の光が激しく明滅し、やがてその輝きを失う。

 支援型ゴーレムは、まるで糸の切れた人形のように、その場にガクンと動きを止め、ただの巨大な石像へと戻った。


 それと同時に、攻撃特化型ゴーレムの動きも明らかに鈍くなった。どうやら、支援型からの魔力供給が途絶えた影響が出ているらしい。

《クロノ・ブースト》の効果が切れ、セシリアは激しい疲労感と目眩に襲われるが、まだ戦いは終わっていない。

「エドガーさん!村長さん!今です!あのゴーレムの動きが鈍っています!」

 セシリアの叫び声に、エドガーとゴードンが最後の力を振り絞って立ち上がる。


 二人の猛攻を受け、動きの鈍った攻撃特化型ゴーレムも、やがてその活動を停止した。

 あたりには、破壊された岩石と、二体の動かなくなったゴーレムだけが残された。


「やった……やったんですか、ティアラさん……?」

 セシリアは、その場にへたり込みながら、か細い声で尋ねる。

(ふぅ……ギリギリだったな。だが、物理破壊より効率的に無力化できた。俺のハッキング能力もまだまだ捨てたもんじゃないぜ。……お前のドジで杖がコアに突き刺さったのは計算外だったがな。結果オーライだ、この幸運値だけはカンストしてるユーザーめ)

 優の声も、疲労の色を隠せない。


 二体のゴーレムが沈黙すると同時に、それまで固く閉ざされていた祠の巨大な石の扉が、ゴゴゴ……という重々しい地響きと共に、ゆっくりと内側へと開き始めた。

 中からは、さらに濃密な瘴気しょうきと、まるで地の底から吹き上げてくるような冷たい空気が、不気味なうなり声を上げて流れ出してきた。


(中ボス撃破! だが、祠の奥からはラスボスの気配がプンプンするぜ……! セシリア、回復アイテム(あるなら)使うなら今のうちだぞ! 次はもっとヤバいのが出てくるかもしれん!)

 優の警告に、セシリアはゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。

 祠の奥へと続く暗い通路の先には、一体何が待ち受けているのだろうか。

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