第9話:危険な森のナビゲーション(ただしユーザーは方向音痴)

 翌早朝。ミストラル村の夜明けは、いつもより重苦しい空気に包まれていた。

 ティナの容態は依然として予断を許さず、村人たちの表情も暗い。そんな中、セシリア、ティアラ(優)、そしてエドガーの三人は、月光草を求める決死の探索行へと出発した。

 村長ゴードンは、村の守りとティナの看病のため残ることになったが、出発する三人に深々と頭を下げ、「聖女様、エドガー……ティナのこと、そして村のこと、頼んだぞ……!」と声を絞り出した。その目には、万感の思いが込められていた。


 再び足を踏み入れた呪いの森は、以前よりもさらに瘴気しょうきが濃くなっているように感じられた。木々の間を吹き抜ける風は冷たく、不気味な静寂が一行の緊張感を高める。


(《広域センサー》及び《地形データ解析》起動。月見の泉までの最短ルートを算出……したが、道中、高レベルの魔力反応が多数。迂回ルートを検索……よし、こっちだ。多少遠回りになるが、遭遇する敵のレベルは抑えられるはずだ。セシリア、俺の指示通りに進め。絶対にルートを外れるなよ。お前の方向感覚は、ナビゲーションシステムにとっては致命的なバグだからな)

 優は、ティアラの機能を最大限に活用し、セシリアの視界に推奨ルートを淡い光の線でオーバーレイ表示する。


「は、はい!ティアラさん!」

 セシリアは力強く頷く。彼女の顔には、不安よりも使命感が強く表れていた。ティナを救いたいという一心と、自分を信じて送り出してくれた村人たちの思いが、彼女を突き動かしているのだ。


 しかし、である。

 セシリアの決意は本物だったが、彼女の生来の方向音痴と、おっちょこちょいな性格は、そう簡単には改善されない。

 ティアラが「そこ、右だ!」と明確に指示しているにも関わらず、セシリアはふと目に入った奇妙な形の木の実に見とれ、「わぁ、あんなところに面白い形の木の実が!」と、全く逆方向の獣道へとフラフラ進みそうになる。


(おい!お前の『見える』は信用ならんと言っただろ!そっちは崖だぞ、この崖っぷち聖女め!戻れ!すぐに戻れ!その木の実は毒キノコより危険なトラップだ!)

 優の絶叫に近い念話が響き、エドガーが慌ててセシリアの腕を掴んで引き戻す。「聖女様!ティアラ殿の指示をよく聞いてください!」


「ご、ごめんなさい……!つい……」

 真っ赤になって謝るセシリア。優は、ティアラの内部で大きなため息をついた。

(こいつ、トラップへの吸い寄せられっぷりが異常だな……もしかして『ドジっ娘フィールド』でも展開してるのか?だとしたら、どんな索敵機能も無意味だぞ)


 道中、毒々しい色の粘液を垂らす沼地、鋭い棘が無数に飛び出す落とし穴、甘い香りで獲物をおびき寄せる幻覚植物など、様々なトラップや危険な原生生物に遭遇した。

 その度に、ティアラが《危険予知アラート》を発し、エドガーが機転を利かせてセシリアを庇ったり、優の的確な指示でセシリアがギリギリのところで回避したりという状況が繰り返された。セシリア自身は、ほとんどパニック状態で杖を振り回しているだけに近いが、その無茶苦茶な動きが、時折、偶然にも敵の意表を突いて危機を脱するという奇跡的な場面もあった。


(このユーザー、もはや予測不能な乱数生成器だな……ある意味、最強かもしれん。俺の演算能力では対処しきれんぞ)

 優は、そんなことを考えながらも、必死でナビゲーションとサポートを続ける。


 比較的安全だと思われた迂回ルートを進んでいたはずが、突如として、一行はバグモンスターの群れに遭遇してしまった。

 それは、瘴気しょうきをまとった俊敏な狼型の魔物と、空から毒針を飛ばしてくる巨大な蜂がたの魔物の混合部隊だった。数も多く、統率の取れた動きでじりじりと包囲網を狭めてくる。


「ちっ、敵の配置パターンが変わってる!これは罠か、それとも……偶然にしては出来すぎている!」

 優は、ティアラのセンサーで周囲の状況を再スキャンするが、敵の出現は完全に予測外だった。


「聖女様!お下がりください!」

 エドガーが剣を抜き放ち、セシリアを背後にかばうようにして前に出る。彼の表情は険しく、額には脂汗が滲んでいた。

「ティナのためにも……ここで倒れるわけにはいかないんだ!」

 エドガーは、そう強く念じると、狼の群れへと果敢に斬り込んでいく。


(おいおい、死亡フラグ立てるなよイケメン……だが、その覚悟は本物だな。いいだろう、俺も全力でサポートするぜ!)

 優は、エドガーの勇気に敬意を表しつつ、セシリアに指示を出す。

(セシリア、エドガーだけに任せるわけにはいかんぞ。お前も戦え!援護魔法だ!狼は炎に弱いはずだ!蜂は風で動きを止めろ!)


 セシリアは、目の前の激しい戦闘と、エドガーの悲壮な覚悟に、恐怖を押し殺し、必死に杖を構えた。

「はいっ!」

 ティアラの《マナ・チューニング》と《照準アシスト》を受けながら、エドガーを援護するための魔法を次々と放つ。

 以前の初戦闘の時よりは、いくらかマシにはなっていた。ティアラの補助のおかげで、彼女の放つ小さな炎の玉は、威力こそ低いものの、確実に狼の足元を狙って牽制し、風の刃は蜂の羽を掠めて飛行を妨害している。それでも、時折、炎の魔法がエドガーのすぐ近くに着弾したり、風の魔法がなぜか自分の方に戻ってきて髪をぐちゃぐちゃにしたりと、そのおっちょこちょいっぷりは健在だった。


(……やっぱりダメだこりゃ。こいつの魔法制御ルーチン、根本的にバグってるな。後でソースコードから見直さないと……いや、そんな機能、俺にはないんだった)

 優は、頭痛をこらえるように内心で呟いた。


 激しい戦闘が続く。

 エドガーは、ティアラ(優)からの的確な弱点指示(セシリアに叫ばせる形)と、セシリアの(かろうじて役に立っている)援護魔法を受けながらも、多勢に無勢で徐々に傷を負い、追い詰められていく。セシリアの魔力も、底が見え始めていた。


(まずいな……このままでは全滅だ……!何か手は……《クロノ・ブースト》を使うか?いや、まだ温存したい……!あれは最後の切り札だ……!)

 優が焦燥感に駆られている、まさにその時だった。


 エドガーが、渾身の力で狼の一匹を斬り捨てた。その狼が倒れ際に落としたのか、あるいは元々身につけていたのか、古びた革袋が彼の足元に転がり落ちた。

 革袋は衝撃で口が開き、中から羊皮紙の束が数枚、はらりと地面に散らばった。

 それは、ゴードン村長が若い頃に書いたと思われる日誌の一部だった。なぜこんなものが魔物から?と一瞬疑問がよぎるが、今はそれどころではない。


(敵がドロップアイテムだと!?しかも村長の個人情報!……いや、今はそれどころじゃない!この状況、どう切り抜ける!?だが、あるいは……この日誌に何かヒントが……?)

 優の脳裏に、一筋の光明が差し込んだ気がした。

 しかし、その光明を確かめる前に、新たなバグモンスターの群れが、彼らに襲いかかろうとしていた。

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