第7話:森のバグモンスターと、ティアラのファインプレー(とセシリアの奇跡的ドジ)

 翌朝、セシリア、ティアラ(優)、エドガー、そして村長ゴードンの一行は、ケント少年を捜索するため、そして呪いの森の謎を解明するために、再び森へと足を踏み入れた。

 朝霧が立ち込める森は、昼間だというのに薄暗く、不気味な静けさに包まれていた。時折、遠くで獣の咆哮のようなものが聞こえ、セシリアの肩を小さく震わせる。


(《広域センサー》起動。ケントらしき子供の生体反応は……北東方向、約五百メートル。ただし、道中には複数の魔力反応(敵)ありだ。セシリア、ナビは俺に任せろ。お前は絶対に勝手に動くなよ。お前の方向感覚は信用ならん。GPSで言えば常に圏外だ)

 優は、ティアラの機能を駆使して周囲を警戒しつつ、セシリアに的確な指示を送る。


 しかし、セシリアはセシリアだった。

 優の指示通りに進んでいたかと思えば、ふと目の前を横切った、見たこともない美しい瑠璃色の蝶に心を奪われてしまう。

「わぁ……綺麗な蝶……」

 フラフラと蝶を追いかけ始めたセシリアは、あっという間に一行のルートから外れそうになる。


(おい! 蝶に釣られるな! お前は猫か! そっちは危険地帯だぞ! トラップの匂いがプンプンするぞ!)

 優の焦ったような念話が飛ぶ。

「あっ! す、すみません!」

 慌てて元の道に戻ろうとしたセシリアだったが、今度は木の根に躓き、派手に転びそうになった。

「きゃあ!」

 エドガーが素早く手を伸ばし、間一髪でセシリアの腕を掴んで支える。「聖女様、お足元にお気をつけください」その声には、呆れと心配が入り混じっていた。

 ゴードン村長は、深いため息をつき、何も言わずに先を歩き始めた。その背中が、心なしか普段より丸まっているように見えたのは、気のせいだろうか。


 気を取り直して進むことしばし。

 ティアラのセンサーが、茂みの奥にかすかな子供のうめき声を感知した。

(いたぞ! ケントだ! だが、近くに別の強い魔力反応もある。警戒しろ!)

 優の警告と共に、一行は慎重に茂みへと近づく。

 そこには、木の根元で足を抱えて座り込んでいるケント少年の姿があった。彼の足首は赤く腫れ上がり、どうやら怪我をして動けないらしい。


「ケント!」

 エドガーが真っ先に駆け寄る。

「兄ちゃん……! よかった……怖かったよぉ……」

 ケントは、兄の姿を見て安堵の涙を浮かべた。

 一行も、ケントの無事な姿(怪我はしているが)に胸を撫で下ろす。


 しかし、安堵したのも束の間だった。

 彼らの背後、鬱蒼とした木々の間から、ザザザ……という不気味な音と共に、巨大な影が姿を現した。

 それは、車ほどもある巨大な蜘蛛がたの魔物だった。鋭く尖った八本の脚、複数の赤い複眼が不気味に光り、口からは毒々しい色のよだれしたたらせている。その姿は、明らかに通常の生物ではなく、瘴気しょうきによって歪められたバグモンスターであることを示していた。


(警告! 大型敵性オブジェクト接近! 戦闘態勢に入れ! こいつは……昨夜の狼より数段ヤバそうだぞ!)

 優は、即座に戦闘モードへと思考を切り替える。


「くそっ、こんなところに待ち伏せか!」エドガーが剣を抜き放ち、ケントを庇うように前に出る。ゴードン村長も、年季の入ったなたを構えた。

 巨大蜘蛛は、人間たちを獲物と認識したのか、カシャカシャと顎を鳴らし、鋭い牙を剥き出しにする。


 セシリアも、ケントを守らなければという一心で杖を構える。しかし、目の前の異形の魔物の迫力に、足がすくんで動けない。昨夜の狼とは比べ物にならないほどの威圧感だ。

 その時、巨大蜘蛛が目標をセシリアに定めたかのように、猛然と突進してきた!八本の脚が地面を蹴り、あっという間に距離を詰めてくる。


(セシリア、避けろ! ……くそっ、間に合わんか!)

 優は、セシリアの反応の遅さを悟り、咄嗟にティアラの隠し機能――以前、プロトタイプの解析中にその存在を示唆するデータを見つけ、暴走の危険性も孕んでいると分析していた《緊急回避ブースト》――の起動シーケンスを開始した。

(おい、セシリア! 今からお前の身体制御を一部オーバーライドする! 抵抗するな! かなり強引な処理になるが、他に手がない!)


 ティアラが強い光を一瞬だけ放つ。

 次の瞬間、セシリアの身体が、彼女自身の意志とは無関係に、まるで熟練の戦士のようにしなやかな動きで蜘蛛の突進を紙一重で回避した。しかし、その動きはどこかぎこちなく、制御しきれていないのが明らかだった。セシリア自身も、自分の身体が勝手に動いたことに驚き、目を白黒させている。「え……? えっ……!?」


(やべぇ、この機能、やっぱり挙動が不安定だ! 強制介入による反動もデカい! 長時間は持たんぞ!)

 優は、ティアラの内部で冷や汗をかいた。

 一方、攻撃を避けられた巨大蜘蛛は、一瞬だけ動きを止め、赤い複眼をギョロリと動かしてセシリアを捉え直した。


 その一瞬の隙を見逃す者たちではなかった。

「今だ!」

 ゴードン村長の鋭い声と共に、彼とエドガーが左右から巨大蜘蛛に斬りかかる。蜘蛛は硬い甲殻で攻撃を受け止めるが、その巨体がわずかに揺らいだ。


(セシリア! 今がチャンスだ! 奴の腹部、そこが唯一の弱点だ! 魔法を叩き込め! 《マナ・チューニング》と《照準アシスト》、起動!)

 優は、残されたエネルギーを振り絞り、セシリアの魔法をサポートする。

 セシリアは、まだ自分の身体の奇妙な動きの余韻と、ティアラからの急な指示に混乱しつつも、必死に杖を構えた。

「せ、聖なる光よ……!」

 震える声で呪文を唱え、ティアラから投影されるガイドラインに従って、浄化の光弾を放つ。


 光弾は、巨大蜘蛛の柔らかそうな腹部に正確に命中した。

 キシャァァァァッ!

 巨大蜘蛛は甲高い悲鳴を上げ、その巨体を激しく痙攣させる。そして、力なく地面に倒れ伏すと、紫色の瘴気しょうきを放ちながら塵へと変わっていった。


 ケントを無事保護し、一行は急いで森を脱出する。

 セシリアは、自分の身体が勝手に動いたこと、そしてティアラの謎の力に、まだ混乱していた。しかし、同時に、自分を助けてくれたティアラへの信頼を、ある意味でより一層深めていた。


(今の機能、完全に想定外の挙動だったな……プロトタイプ故の隠し仕様か、それとも深刻なバグか? ログを解析して検証が必要だ。二度と使えんかもしれんし、使ったらセシリアの身体にどんな影響が出るか分からん……)

 優は、ティアラの機能とセシリアの身を案じつつ、警戒を解かない。

(しかし、あの蜘蛛、ただのバグモンスターじゃなかったな。妙に知性を感じたぞ……まるで、誰かに操られているような……)


 森の出口が見えてきた頃、遠くで、先ほど倒した蜘蛛とはまた別の、より強力な魔物の咆哮のようなものが聞こえてきた。それは、今までのバグモンスターとは明らかに違う、より強大で不吉な気配だった。


(サブクエストクリア、だがメインクエストの難易度が跳ね上がった予感がするぜ……この森、思った以上にヤバいバグの巣窟かもしれん! そして俺の隠し機能、完全にバグってたな……これは早急にデバッグしないと!)

 優の脳裏には、新たなシステムエラーの警告灯が、激しく点滅しているような気がした。

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