第17話 祭りの鐘と、ベビーの挑戦
ログインした瞬間、画面いっぱいに煌びやかな告知ウィンドウが現れた。
【イベント開催告知】
◆天空祭典セレスティア・フェスタ◆
開催期間:本日~10日間
内容:期間限定ダンジョン、装備獲得、特別演出シナリオあり
※観測対象プレイヤーには“特別枠ミッション”を同時付与します。
「……特別枠ってなんだよ……」
つい先日、“観測者ユニス”に登録されたことが、まだ尾を引いているようだった。
だがそれ以上に気になったのは、イベントの規模だ。
「天空祭典って、なんか聞いたことあるな……」
俺の呟きに応えるように、フレンドチャットがピコンと音を立てた。
「ベビーさん! 起きた? 見た!? 凄いお祭り来たよー!!」
案の定、ミリアだった。
彼女とのチャットウィンドウが開くと、すでに画面の半分が絵文字と感嘆符で埋まっている。
「これ、もしかしなくても大規模イベントか?」
「もしかしなくても、そうだよ! “七曜”も関係してるし、観測者関連ミッションも噂されててさ、もう祭り! バトル! 限定装備! 可愛い衣装!!」
……最後のだけ語気が強い気がする。
「でね、今日から“イベント専用エリア”が開くんだって。中央広場の浮遊ゲートから行けるらしいよ」
「そんな簡単に行けるのか……」
「あと、見てこれ。うちのギルドに、これ来てたよ!」
ミリアが転送してきたギルド宛の通知に、思わず息を呑んだ。
【特別イベント通知】
ギルド:泣き虫と魔法使い様
条件:赤ちゃん系アバター所属ギルド(特例)
内容:観測者ルート・限定クエスト「星の階と胎児の鍵」への参加権付与
備考:該当プレイヤーには個別案内が送信されます。
「……完全に俺ら、観測対象扱いだな」
「すごくない!? 名前がすでに謎解き風で、厨二病心くすぐるし!」
ミリアが興奮でぴょんぴょん跳ねている。
俺も、正直ワクワクしていた。
「イベントって、俺……初めてなんだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫! 私がついてる! 泣き虫ギルドの魔法使い様をなめるでないぞ!」
──ということで。
俺たちは今、イベントのメインゲートに並んでいた。
浮遊する神殿のような“フェスタホール”が、淡い虹色の光に包まれ、天空に浮かんでいる。
周囲はすでに、イベント限定衣装のプレイヤーで溢れかえっていた。
天使風の翼を生やした人、花飾りのドレス、巨大な綿あめの杖……完全に祭りだ。
「ベビーさん、これ着て!」
「え、ちょ、なんでベビー用天使服みたいな装備があるんだよ!」
「期間限定の“はじめてのお祭り衣装セット”だよ! 可愛いし、似合うからっ!」
──こうして、俺たち「泣き虫と魔法使い」は、“天空祭典セレスティア・フェスタ”という、
この世界最大級のイベントに挑むことになった。
泣いて、笑って、転がって──それが、俺の戦い方だ。
祭典の拠点「フェスタホール」は、まるで天界の神殿のようだった。
床は淡く光り、空には無数の星が瞬き、耳には音楽隊の演奏が常に流れている。
プレイヤーたちは皆、目を輝かせながら、飾りつけられた道を行き交っていた。
俺とミリアも、“泣き虫と魔法使い”のギルドマークを背負って、その中央を歩いていた。
俺はベビー天使服姿、ミリアはラベンダー色の魔女風ドレス──イベント衣装らしい。
「こっち、案内出てる。ベビーさんの“個別ルート”ってやつ!」
表示されたミニマップには、他プレイヤーには見えない「金色のマーカー」が浮かんでいた。
俺にだけ用意された、観測対象用の特別エリアらしい。
「“胎児の鍵”って、なんか……名前からして不安になるな……」
「安心して! 私も一緒に行けるように、同行申請しといたから! ギルド特例ってやつ!」
「運営、よく分かってるな……!」
二人でマーカーを追い、小さな浮遊島へワープすると、そこには静寂が満ちていた。
遠くには巨大な門。その前に、見慣れた人物が佇んでいる。
「ユニス……」
白衣を翻し、相変わらず無表情でこちらを見る“観測者”──ユニスがいた。
「観測対象、確認。“祝福の遺児”、および補助プレイヤー“ミリア”」
「わ、わたしにも一応補助って肩書きあるんだ……」
「この扉の先は、観測対象専用空間『胎児の鍵と試練の回廊』。
未成熟な魂に与えられる、選定と成長の記録」
「おおぅ、急に詩的というか中二というか……!」
ミリアが小声でつぶやく中、俺は思い切って一歩前に出た。
「この先には……何がある?」
「あなたが“何者であるか”を、問う空間です。──ようこそ、変異個体。“可能性”の扉を、どうぞお開けください」
扉が、音もなく開かれた。
その向こうには、まるで子宮のような赤い光が満ちた、無重力の空間が広がっていた。
──俺は、何者なんだ?
ただの初心者か、偶然の産物か。
それとも、世界を揺らす“赤子”なのか──
「行こう、ミリア」
「うん、ベビーさん。全然、泣いても大丈夫だからね!」
二人で、試練の空間に飛び込む。
足元に地面はない。
浮遊する島々が、まるで細胞のように淡く鼓動を刻む。
ここは「試練の回廊」──ユニスが言っていた、“選定と成長の記録”の空間。
「……なんか……不気味だけど、キレイ……」
ミリアがそっと呟く。彼女の声も、まるで水中にいるかのように、少しだけ遅れて届く。
そのとき、空間にノイズのような揺らぎが走った。
浮遊島の奥、胎児の鼓動のように光る“核”が、不穏な黒に染まる。
「敵……来るよ、ベビーさん!」
現れたのは──真っ黒な“赤ちゃん”だった。
俺と同じフォルム。だが目は虚ろで、口元にはニタリとした笑みを浮かべている。
『──偽ベビー、出現──』
「こいつ、俺の……コピー!?」
情報ウィンドウが開く。
【偽ベビー】
種別:模倣存在(観測型試練)
属性:闇+混乱
スキル構成:泣く(模倣)、寝る(暴走化)、笑う(虚偽効果)
スキル構成、まるで俺の劣化コピーだ!?
「赤ちゃんの戦い方、見せてやるよ……!」
俺は一気に距離を詰める。
抱きしめるように飛びかかる──
「『ハイパーハグダイブ』ッ!」
ズドンッ!
シュールすぎる動作ながら、敵の腹に直撃。ダメージがドカンと跳ね上がる。
相手が“柔らかい敵”属性なのか、特効が刺さっている!
「ベビーさん、右! また来るよ!」
「今度はこれだ……『這いよる寝返り《スリープローリング》』!」
ゴロンゴロン……と転がりながら前進。
敵に接触した瞬間、パァンとスタンアイコンが表示され、動きが止まる。
「今だ、ミリア!」
「任せてっ! 『シューティング・スノウ』!」
ミリアの魔法が炸裂し、偽ベビーを凍結状態に。さらに追撃を加える!
だが──ここで、相手の“泣く”が発動。
「うっ……!」
耳をつんざくような泣き声が空間中に響く。
状態異常・恐怖・混乱がこちらに降り注ぐ──が。
「……効かない? いや、違う……」
ウィンドウが開いた。
【パッシブ効果:本物の泣き虫】
状態異常「泣く」に対して耐性50%UP
ギルド“泣き虫と魔法使い”所属時、さらに追加耐性+30%
……ギルド補正……こんなところにも働いてるのか!
「いける、勝てるぞ!」
ラストの一撃。俺はSPをギリギリまで溜めて──
「『夜泣き』ッ!」
空間が震える。範囲内に濃い眠気が広がり、偽ベビーの動きがふっと止まる。
そして──そのまま倒れ、黒い光になって消えた。
『試練・第一段階:完了──胎児の鍵が覚醒しました』
俺の足元に、小さな光るアイテムが浮かび上がる。
【胎児の鍵】
効果:次なる扉の開放に必要。
特記事項:観測者との再会条件を満たしました。
ミリアが駆け寄ってくる。
「ベビーさん……すごいよ! 完全に、主人公だった!」
「いや、俺、赤ちゃんだからな……!」
でも──わずかに、胸が高鳴っていた。
俺は、この世界でちゃんと“前に進んでる”。
次は、どんな扉が待っているんだ?
試練の空間がゆっくりと崩れていく。
浮遊していた島が一つずつ光の粒となって弾け、胎児のように丸まったコアは、やがて静かに消滅した。
俺とミリアは、再び転送魔法陣に立っていた。
次に目を開けたとき、そこは祭典の中央神殿──フェスタホールの奥まったエリアだった。
そしてそこには──白衣を翻す少女の姿。
「……ユニス」
観測者ユニスは、俺たちが現れた瞬間、まるで“当たり前”のように振り返った。
「観測、完了。変異個体、成長の兆候あり」
「いやいや、そんなに機械的に言わなくても……!」
ミリアが苦笑する。俺も苦笑いだ。だがユニスの目は、ほんの少し──ほんのわずかだけど、柔らかく見えた。
「胎児の鍵、取得確認。これにより、次段階『胎動の門』へのアクセス権を付与する」
「た、胎動の門……?」
「その先にあるのは、さらなる試練。
あなたが“観測対象”として選ばれた理由──その片鱗に触れる場でもある」
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
観測対象にされた理由……そのヒントが、次にある。
「今はまだ、あなた自身が“自分の可能性”を理解していない。
だが、その歩みは確かに──“世界を変える力”を含んでいる」
「ちょ、ちょっと待てよ、それどういう……」
「次の段階は、フェスタ最終日。準備を整えておくことを推奨します」
そう言うと、ユニスはふわりと浮遊し、またどこかへと姿を消していった。
残された俺たちは──祭典の広場を眺めながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……ねえ、ベビーさん」
「ん?」
「なんか、すごいことに巻き込まれてない……?」
「ああ……俺もそう思う……」
だけど、胸の奥はほんのり熱く、
どこかで「まだ、先へ行ける」と囁いている気がした。
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