第16話 七曜の軌跡、フィア=エンデルとの面談

 現実世界の仕事を終え、再びログインした俺は、静かな広場で寛いでいた。

 赤ちゃんアバターの姿でぼーっとしてただけなのに、遠巻きにこちらを眺めるプレイヤーがちらほらいる。


 “赤子が上級ダンジョンをソロ攻略”──という珍事は、完全にバズっていた。

 動画も画像も拡散されているし、SNSでは“泣き虫ベビー”タグがすでに定着していた。


 「うーわ……本当に広まってる……」


 「おつかれ、ベビーさん! すっかり有名人だね!」


 背後から声をかけてきたのは、ミリアだった。

 このゲームでは俺の先輩であり、今や同じギルドの“ギルドマスター”でもある──【泣き虫と魔法使い】の。


 「なんだか、すごいことになってきてるな……」

 

 「うん、そしてもっとすごいことが来たじゃん!」


 ミリアがウキウキとした様子で、ウィンドウを開いて見せる。

 そこには──


 【ギルド“七曜の軌跡”より、面談申請】

 『申請者:フィア=エンデル(ギルドリーダー)』

 『面談場所:セレスティアの塔・応接区画』

 『目的:“泣き虫ベビー”殿に直接お話を伺いたく──』


 「確かに……、そんなのきてたな……」


 「そうだよ! あの“七曜の軌跡”から、正式な申請! フィア=エンデルって聞いたことある?」


 「いや、聞いたことどころか、動画で見たこともあるぞ。前のイベント、全員黒装備でラスボスを瞬殺してたチームのリーダーだろ……」


 “七曜の軌跡”──PVPもPVEも最前線を走る、全プレイヤー憧れのギルド。

 そして、そのギルドマスターが、俺に面談を申し出てきたという事実。


 「……でもさ、うちってネタギルドだよな? 二人しかいないし」


 「それは違うよ」


 ミリアは、ほんの少しだけ声を真剣にして言った。


 「ネタで始めたけど、今や“泣き虫と魔法使い”は、ちゃんと“冒険してる”ギルドになってる。だから……この面談も、ちゃんと受けて、自分の言葉で答えてきてほしいな」


 「……ミリア」


 俺は、いつのまにか頷いていた。

 たった二人のギルドでも、自分たちで作った場所を大事にしたい──

 そんな気持ちが、今の俺にはある。


 「よし。じゃあ、“セレスティアの塔”に行くか。トップギルドの本拠地ってやつに」


 「うんっ! 一緒に行こう!」


 ミリアと並んで歩きながら、俺は一度だけギルドページを開いた。


 【ギルド:泣き虫と魔法使い】

 メンバー数:2名

 ギルドレベル:1

 ギルドロール:マスター:ミリア/副マスター:ベビー

 ギルドマーク:赤ちゃんと星のワンドが交差したアイコン


 俺は、ここにいる。

 そして、ちゃんと“自分の意思”で、この世界に立ってる。



 セレスティアの塔は、想像以上に巨大だった。

 その白亜の塔は、まるで雲を貫くように天高くそびえていて、塔の周囲には同じギルドのメンバーらしき高レベル装備のプレイヤーたちが静かに立っていた。


 俺とミリアが近づくと、警備役のNPCが応対する。


 「ようこそ、セレスティアの塔へ。ご案内いたします、泣き虫ベビー殿」


 「……名前、完全にそれで定着してんのか……」


 エレベーターのような魔法陣に乗り、塔の上層へと転送されると、目の前に広がったのは洗練された応接室。

 白を基調とした室内に、七曜を象ったステンドグラスの光が差し込んでいた。


 そして、その中央に──

 銀髪の中性的な人物が一人、椅子に腰掛けてこちらを見ていた。


 「ようこそ。祝福の遺児殿、そして魔法使いミリア姫。

 ご足労感謝します。“七曜の軌跡”ギルドリーダー、フィア=エンデルです」


 声は穏やかで、どこか静かな湖のように落ち着いている。

 だが、その一言一句に含まれる威圧感は、明らかに“ただ者ではない”ことを伝えていた。


 「……は、はじめまして。ベビーです」


 自分の姿が赤ちゃんであることを、これほど意識したのは初めてかもしれない。


 「緊張されなくて結構。こちらとしても、単なる好奇心がきっかけでしたから」


 フィアはそう言って、ふっと目を細めた。


 「赤子の姿で、胎動の間をソロで突破し、観測者ユニスにまで接触した──

 あなたの存在は、我々にとっても“例外”です」


 「……どうして。何故、観測者ユニスの事を知っているんですか?」


 「それは、僕も彼女と接触しているからですよ。観測者は、通常ルートではまず出現しません。

 それを引き寄せたという事実だけでも、あなたが“変数”であることの証明です」


 その言い方は、決して嫌味ではなかった。

 むしろ、ゲームシステムを誰よりも熟知した者としての“純粋な興味”が感じられた。


 そして、フィアは本題を切り出した。


 「結論から申し上げます。祝福の遺児殿、あなたを“七曜の軌跡”に迎えたいと考えています」


 室内が、少しだけ静かになった。


 「この世界の最前線で共に戦い、共に歩む仲間として──あなたの存在は、このゲームに新しい風を吹き込む力がある」


 その言葉に、俺は答えなければならなかった。


 フィアのスカウトの言葉を聞いたとき、心が一瞬だけ揺れたのは確かだった。

 ゲーム初心者の俺が、こんな大手ギルドに誘われるなんて──普通じゃ考えられない。


 でも。


 「……すみません。俺は、その……お断りします」


 言葉にした瞬間、フィアの目がわずかに細くなる。

 だが、それは驚きや失望ではなかった。どこか、納得しているような、そんな眼差しだった。


 「理由を、聞いても?」


 俺は、うなずいてから視線を横に向ける。

 そこには、隣で黙って見守っていたミリアがいる。

 いつものように、少しだけ笑って、でもすごく真剣な目でこっちを見ていた。


 「俺は、始めたばかりで何も分からなくて……最初は、ただ“赤ちゃんのアバターが出た”ってだけで笑ってたんです」


 でも。


 「この姿で一緒に冒険してくれる人がいて、ギルドを作ってくれて、名前もつけてくれて……気がついたら、それが、俺にとって“ここで生きてる理由”みたいになってたんです」


 ぎこちなく、けれど真っ直ぐに言葉を紡ぐ。

 こんな感情、現実世界では味わったことがなかった。


 「だから、俺は“泣き虫と魔法使い”でやっていきたいんです。

 まだ小さいギルドですけど、ここが俺の……最初の仲間との場所だから」


 その言葉に、ミリアがにっこりと微笑んだ。

 俺の心の中にある、不安や迷いのすべてを肯定するような、そんな笑顔だった。


 フィアは、しばらく沈黙したあと、静かに頷いた。


 「……ありがとうございます。正直、断られるとは思っていました。

 けれど、あなたの言葉を聞けて良かった。とても、あなたらしい」


 その声には、微塵も怒気もなかった。

 ただ静かで、あたたかく、まるで長く見守ってきた兄のような口ぶりだった。



 「……あなたらしい」

 そう言ったフィアの言葉は、まるで祝福のようだった。


 ギルドリーダーとしての威圧感も、トッププレイヤーとしての実力も──

 この瞬間のフィアからは、ただ“ひとりのプレイヤー”としての温かさしか感じなかった。


 「僕は、貴方の返答を聞くために、今日この時間を設けたんです」


 「え……?」


 フィアは椅子から立ち上がり、俺の目線までしゃがんでくる。

 視線が合う。その瞳には、優しい光が宿っていた。


 「貴方が“自分で選ぶ”ということを、ちゃんとできる人かどうか──それを見たかった。ここは、ただのギルドじゃない。人を“最前線”に立たせる場所です。だからこそ、迎える側も真剣なんです」


 俺は言葉を失っていた。

 スカウトという行為すら、この人にとっては“対話の手段”だったのか。


 フィアはそっと立ち上がり、手を差し出してくる。


 「断られるだろうなって、正直思ってました。でも、貴方がそうやって“選んだ”ことを誇りに思います。

 ──また、戦場で会いましょう。今度はライバルとして」


 その手を、俺はしっかりと握った。

 ベビーの手は小さくても、その中に宿るのは、確かな“意志”だった。


 「……はい。全力で泣いて、転がって、勝ちに行きます」


 ミリアが笑いをこらえきれずに吹き出す。


 「祝福の遺児の名に恥じないように」


 セレスティアの塔をあとにする頃には、緊張もすっかり解けていた。

 夜の街に戻り、ギルドページを開くと、そこには変わらず──


 たった二人のギルドだが、ここは俺たちの場所だ。

 誰かに与えられたものじゃなく、自分たちで選び、作った居場所。


 俺はもう、ただの“赤ちゃんアバター”じゃない。

 この世界で、自分の意志で歩いていく──一人の冒険者だ。

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