イトスギ博士1
クローバー船長はハカセさんとの出会いを話してくれた。
六年ほど前のこと。天空調査計画が三年目を迎えたある日のことだったという。
その日も空の漂流物研究のために回収作業が行われていた。
アキの国の上空。そこで大きな箱が発見されたのだという。
何の変哲も無い、柄もなければ装飾もない真っ白な箱。鍵らしきものは存在せず、継ぎ目があったところにバールをさしてこじ開けたところ、その中に入っていたのが──
「ハカセさん……だったんですか?」
「そうだ。彼は衣服を身に着けておらず、ヒザを抱えて寝ていてね。大騒ぎになったよ、空には知的生命体がいた、ってね。私も彼をみたときはとても驚いた」
息をのんで話に耳を傾ける。
クローバー船長たちは、すぐさまハカセさんを調べたという。なぜ箱の中に入っていたのか、どうして空に漂っていたのか、それらを知るために。
「ただね、そこからおかしなことが起きたんだよ。彼をベッドに寝かせると、箱だけが霧のように消えてしまってね、あれがなんなのか今でもわからず仕舞いになっているのさ」
あとからその箱も調べる予定だったけど、それは叶わなくなった。
ならばとハカセさんを慎重に調べたとのこと。だけど、胸に心珠がない以外は私たちと変わらない、いたって普通の人間だったらしい。
「目を覚ました彼とは意志の疎通ができた。とはいえ、自分の名前以外はなにも思い出せないと言っていてね、飛行船の中だと教えてもピンときていないようだった。彼は、現在国として周知されているハルの国やナツの国、アキの国やフユの国のどこでもない、我々が存在を知らない国から漂流してきたんじゃないか……そんな気がしてるんだよ」
「…………」
知らない国。漂流。そう聞いて、納得してしまう自分がなんだか寂しかった。
飛行船の目的は空の探査以外にもこんなのがある。
まだ見ぬ文化、文明の発見。ハカセさんはそこからやってきたのかもしれない。
「チカくんはどこでイトスギくんを……今はハカセと名乗っているんだったね。彼とはいつ知りあったんだい?」
そう尋ねられて、私はウィルたちが出て行った扉を見つめた。リリさんのことだから、ここに戻ってくるときはきっとノックをしてくれるだろう。
「ココネ、出てきてくれる?」
「……うん」
ひょこっと体をだして目の前の机に降り立つ。
クローバー船長はまたも驚いた様子でこう口を開いた。
「……その子は?」
「はい、友達で妖精のココネと言います。ちょっと理由があって、ハカセさんやココネのことはウィル以外には内緒にしているんですけど」
ココネはお辞儀をする。クローバー船長も会釈をして迎え入れてくれた。
そして、私たちはハカセさんのことを話した。ココネとの出会いから、心珠が咲かないことの悩み。妖精の森で起きた出来事、ハカセさんとクローバー船長が映っていた写真のこと。病気なのか、感情がなくなっているように見えることも全て。
クローバー船長は口を挟まずに私の話を聞いてくれた。真剣に。
とても険しい表情だったけれど。
「ハカセさんを助けてほしいんです。私たちだけじゃどうにもできなくて。病気のこともそうですけど、心珠の研究も。でないと、ハカセさんがなんだか可哀想で」
「ふうむ……イトスギくんの病気、か」
最後にお願いを伝える。クローバー船長はなにか深く考えこんでいるようだった。
そこでなぜか、チラリとココネを見つめる。妖精が珍しいのだろうか。
世界中をまわっている方なら、妖精を見たことあるかもしれないけど。
「チカくんは、今までココネくん以外に妖精を見たことはあるかね?」
「いえ、ありませんけど」
「そうか……。そういえば、カハズ村にはこんな話があったね。なんでも、悪戯を続ける妖精を村人が追い出したっていう」
「コ、ココネは悪い妖精じゃありません。私の大切な」
「スマンスマン、疑っているわけじゃないんだよ。少し気になっていることがあってね。ココネくん、すまないが私の手に乗ってもらっても良いかな?」
「あ、うん……」
クローバー船長はココネを目の前まで引き寄せると、ためつすがめつ観察した。
そして、船長さんは胸から稲穂が垂れたような赤い花――アニゴザントスの花を咲かせた。
――花言葉は「驚嘆」「意表」。
「ありがとう。イトスギくんの置かれている状況がある程度理解できたよ」
ココネを再び机に戻し、船長さんは腕を組んだ。でも、今のはなんだったんだろう。
ビックリして何かを納得したような感じだったけど。
「君たちの願いは前向きに検討するよ」
「ほ、ホントに!?」
ココネが前のめりになってクローバー船長を見つめる。前向きに、ということはハカセさんを助けたいと船長さんも思ってくれているということ。
「でもね、それには条件がある。イトスギくんの同意を得ることだ。彼にその意志がない場合、船を代表する者として手を貸すことはできない」
「え……」
厳しい答えを聞かされた気がした。手を貸せない、って?
「あなたハカセと友達なんでしょう!? だったら、助けてあげたいとは思わないわけ!?」
「ちょ、ココネ失礼だよ」
掴みかかろうとするココネを腕を伸ばして引き寄せる。手のなかで暴れているけど、構わず私は質問を続けた。
「あの、どういうことですか? 目立つからハカセさんには会いづらいとか」
「そういうわけではないさ。その気になれば、今からだって会いにはいける。でもね、彼を受け入れづらい理由があるんだよ」
「……どんな理由ですか」
実は私も納得がいかなかった。かつての船員だったハカセさんを、まるで突き放しているかのような気がしたからだ。
「つらい話になるが、それでも良いかね?」
落ち着いた声音ではあるものの、その表情は悲しみに暮れていた。
覚悟を決めて頷く。
「結論から言わせてもらうよ。彼の存在は船員たちの不和を呼び起こす可能性があるんだ。クラウドスカイ号を任されている長として、乗船の意志のない者を無理矢理船員にするのは承諾できない。他の船員たちを守るためにもね」
「…………」
相づちさえ打てなかった。
その主張はまさしく、ハカセさん自身が妖精の森で言っていたことと同じだからだ。
クローバー船長の話はまだ続く。
「船員時代の彼の過去を教えよう。他言無用にね」
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