第10話 実験

「酷い目に遭いました……」


私はぐちゃぐちゃに乱れたシャツを整え、秘書さんが持ってきたお茶菓子をつまんでいた。程よい甘さがちょうど良い。


テュルカは居心地が悪そうに顔を逸らし続けていた。


「すまん……」

「……確かに私が悪かったわ。髪の毛なんて思いもよらなかったもの」


サテュアも若干不貞腐れながらも、気まずそうな顔をしていた。やはり微妙に目は合わせてくれない。


何のことはなく、私の世界に縁のある物なんてものは、自分自身から調達すれば良かったのだ。皮膚とか毛とか。


「根元の方を2cmくらい切って……これで良しと」


こちらの世界に来て1ヶ月ほど経つので、この世界で伸びた分を切り捨てておく。


「で、これをどうするんですか?」

「ありがとう。術式を発動するわ」


サテュアは机にあったセラミック製の小皿を手に取り、祈るような仕草をすると、小皿が青く発光し始めた。小皿に幾何学模様が浮かび上がってくる。


灰皿じゃなかったんだこれ。


「ここに髪の毛を入れて」

「はぁ。……あ、青くなってきた」

「……やっぱり魔力の通りが悪い。不思議ね。魔力の存在しない世界だと化学構造も多少変わるのかしら?」

「さぁ? 街並みを見る限りではあんまり物理法則は変わらないと思いますけど」

「そんなものかしらね。……よし、これで良いわ」


サテュアは今度は別の装置を持ってくる。先ほどの小皿とは違い、文字板やダイアルが幾つも付いていた。


「これは?」

「簡易転送機よ。やっつけだけど」


サテュアはダイアルを回して何やら調整をしている。それが終わると、小皿からコネクタを伸ばし、部屋の隅にあるタンスほどの大きさの機械に繋ぐ。こいつは大きな透明な球体が露出しているのが特徴的だった。


聞いてもわからないだろうな、と思いながらも手持ち無沙汰なので話しかけてみる。


「これは?」

「魔素検出器。これで飛んでくる魔素を拾うの」


サテュアが球体を爪弾くと、ガラスのような鈍い音が響いた。


「魔素なんてそこらじゅうを飛び交ってるから、ある程度のレベルでトリガーを仕掛けるのよ」


ふぅん。何もわからないねえ。


「じゃあ1回目行くわね……ポチッとな」


サテュアがボタンを押すと、パシュッと小気味の良い音を出して小皿が発光した。次の瞬間には小皿の中の髪の毛は綺麗さっぱり消えていた。


なるほど?


「やっぱりね……」

「何が?」


綺麗な顔を歪めながらサテュアが呟く。このまま眺めていても芸術的で良いのだが、流石に何も理解できていないので聞く。


「転送時に放出される魔素の量が想定と合わないのよ。恐らくは……転送物に吸われてる。これだとKファクターを推定できない」


聞いても何も理解できないとは驚きだった。


ただ一つ確かなことは、私が髪の毛を供出しなければ、このエルフどもは私の下着を消し飛ばそうとしていたという事実である。


「髪の毛はどこに行ったんです?」

「分からないわ。隣の机の上に転送したはずなのだけど、どこにも見当たらない。この世界の物ではうまく行ったのだけれども。念の為ぶっつけ本番しなくて正解だったわ」


なんということだ。下着のみならず私ごと消し飛ばそうとしていたとは恐れ入る。



「これで課題が2つあることが明確になったわ」


サテュアが告げる。


「1つはあなたの転送。今のままだとどこに吹っ飛ぶか全く分からない。もう1つはあなたの元の世界の位置。これも幾つか実験をして確かめる必要がある」

「どのくらいの時間がかかるんでしょうか?」

「5年……いや3年で正式化してみせるわ」

「サテュア様。我々の時間感覚とヒトの時間スケールをお考えください。3年は結構な時間です」

「む、むぅ。簡単に言ってくれるわね……じゃあ1年で形だけでもどうにかするわ……」

「あと単純にサンプルの限界があると思います。髪の毛も下手すると1年で20cm伸びるかと」

「それはそうね……髪切った時は私に送ってちょうだい。あと保険で服も取っておいて。繊維をちょっとずつ切りながら使うから」


結局服も供出することになりそうだ。近い将来、実験室で他人の服を切り刻む変態が生まれると思うと、もはや一周して楽しみである。


「私の世界の位置の特定はどうやるんです?」

「それはちょっとね……私の中で倫理に決着がついたらね」

「聞き捨てならないお言葉です、サテュア様。具体的にどうするのですか」

「……もう何人か召喚してみればある程度絞れるかなと」

「言語道断です。これ以上私の家では保護できませんよ」

「だからこれは最後の手段だって!」


サテュアが慌てて補足する。道連れが増えるかと期待したのに、残念。


ふと外に目をやると、もうだいぶ陽が傾いている。気付けば夕方になっていた。


「じゃあ今日はこのくらいで良いかしらね」

「明日は朝から頼む」


テュルカがぬるりと告げる。


「明日は何をすれば?」

「引き続きサテュア様の補佐をして欲しい。サテュア様が研究に没頭できるようにしてもらえると助かる」

「……嫌な予感がするので聞きますが、具体的に何をすれば?」

「この辺の経理申請の山を処理して欲しいのよ」


サテュアがこともなげに言い放つが、どう考えても協力者に頼むような仕事ではない。


「……まあ、そういう事だ」

「そうですか……そういうのやっても業務違反とか情報漏洩とかになったりしません?」

「一応解釈の範疇だ。白寄りのグレーと思ってくれて良い」


そこは嘘でも良いからグレー寄りの白と言って欲しかった。嫌すぎる。


今度はサテュアが口を開く。


「代わりに研究進めてもらっても良いのよ?」

「遠慮しておきます。仮にやれたとしても自分の作ったシステムで死にたくないので」

「言ってくれるわね……安全とかコンプラとか真面目に考えないとダメ?」

「サテュア様。くれぐれもそのような発言は当事者の前でなさらないようにしてください」

「分かってるわよ。伊達に毎回炎上してないわ」


サテュアはプンスコ怒っている。毎回炎上してるのか……


「じゃあそういう訳で。帰宅ラッシュ前にお帰りなさい」

「ではお言葉に甘えまして。サテュアさんも定時ですか?」

「何言ってるのよ。これから徹夜よ。早く完成させないといけないんだもの」


一瞬テュルカの顔が曇る。


「では私も遅くなる。サテュア様より先に帰るわけにもいくまい」

「テュルカも先帝代みたいなこと言ってるんじゃないの。あなたは今月そろそろ残業上限でしょ?」

「いえ、フレックス*で葬ればまだいけますが……」


すごく既視感のある会話だ。元の世界を思い出すのでやめてほしい。


「別に付き合わなくて良いわ。あなたはあなたでもう少し自分を労りなさい」

「ありがたいお言葉ですが、深夜の一人作業は禁止です」


テュルカは半目で答える。以前、1人で深夜作業中に倒れて朝まで発見されなかった事故があったとのこと。


「うっ……誰かいると気が散るから、今日は早く帰って欲しいなぁ〜なんて……ね?」

「……分かりました。私は何も聞いてませんし知りません」

「ごめんね? 集中してると独り言多くなるから……聞かれるとそれはそれで恥ずかしいし」


テュルカもいそいそと帰り支度を始める。


「ではお先に失礼致します。サテュア様もお気を付けて」

「はーい。何かあったら呼ぶわね」

「という訳でスミレ。帰ろう」

「急に気安いですね」

「オンとオフがハッキリしていると言ってくれ」


テュルカはぶっきらぼうに答えると、私と共に庁舎を後にした。



*フレックス(フレックスタイム制:従業員が始業・終業時間をある程度柔軟に設定できる制度。時に残業時間を葬るために使われる。残業時間の上限が決まっているため、如何にして労働時間を葬るかが多様な働き方の本質である)

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