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「私の遺書を書いてよ」金を払うかわりに、肉体関係を結んでもらう関係のエリナに、ある日、言われた。
「死にたいの?」僕は訊ねた。
「気づかなかったの?」
「残念ながら」
「だと思った。ちょっとは期待してたけど」
「ご期待にそえず、申し訳ない」
「いいよ。勝手に期待したのは私だから」 エリナは煙草に火をつけた。眠たそうな顔をしていた。さっきまで、僕のつたない腰の動きに、よがり、喘いでいた女とは思えなかった。
わかっている。この女は演技している。当たり前だ。だが、それがいいのだ。 僕のために演技をして喘いでいる。よがっている。それが僕の脳を下品な真っピンク色に染める。何十回、何百回抱いても、この快感は変わらない。
「てか、なんで死にたいの?」僕は訪ねた。
「別に、もういいかなって感じで」
「なるほどね」
「なにそれ、なんかムカつく」
「なんか、ごめん」
「別にいいけど」
「よかった」
「で、どうなの? 書いてくれるの私の遺書?」
「遺書って自分で書くものだよ」
「私、文章書くの嫌いなの、だから書いてよ」
「そこ、面倒くさがる?」
「生きるのが面倒くさいんだよ? 文章書くなんて考えられないよ」
「つまり、漠然としたそっちの思いを僕が文章にするってこと?」
「いや、今の思いを言葉にするのも面倒くさい。だから、そっちで全部考えて。それを私がおもしろいって思ったら、それを遺書にするから」
「怠惰の極みだね」
「死にゆく私の最後のわがままだと思ってよ」
「なるほどね」
「お願い」 エリナが頬を寄せてきた。唇と唇が触れそうな距離にある。 「いいよ」僕は言った「ありがと」エリナが言った。
「次に会う日までに考えとくよ」僕はエリナにキスをしようとしたが、避けられ、「よろしくね。連絡待ってる」エリナが微笑んだ。
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