第8話 広がる信仰
あれから数週間。
私はすっかり村に馴染んでいた。行く先々でソナス様、ソナス様と声をかけられた。あれから何人かの病気と怪我を治していた。そのたびに律歌を歌っていたらあっという間に信仰心が高まっていた。元々、この村には珍しく信仰が無かったようで抵抗なく、受け入れられていた。
少し悲しかったのは、アルスまで私のことをソナス様と呼んで来たことだ。律に染まったのは嬉しいことなんだけど…
今は、焔のような夕日が村を染め、空が朱に染まっている時間。私はこの村の中心の広場いいた。今、ここには石を円形に積んだ簡素な祭壇があり、その前に立っていた。
その姿を村の全ての者が見つめていた。夜に近い今の時間は仕事が終わり、全ての人が集まれる時間だった。そして、見つめている者は目に一様な光を宿していた。
今まで言っていなかったが、私の律に触れた者は少ながらず影響されてしまう。だから何度も触れ続けると皆、信仰心を抱き、同じ様な光を宿し始める。
「……今日より、あなたたちに律歌を授けます。」
あ、あれから口調を正すことにした。ステータスを見ると神になっていて、それに合ったものにするために。
律歌を広めれば、より多くの人が更に律が広がることになる。そうすればより律が広まってくれる。
「これは祈りではなく、奇跡を呼ぶ音律です。あなたたち一人ひとりが、この世界と調和し、力を借り受け、行使するもの。律により世界そのものに働きかけているのです。」
私は創った律によって世界に干渉する。決められた律のため、私が創ったこと以上のことは出来ないが、それでも大きな奇跡の力となる。
「心で歌い、魂で響かせるのです。まずは、私の声に続いて。」
静けさの中で、私の唇が開かれる。そして、律が放たれた。澄んだ旋律。風が揺れ、木々がざわめき!鳥たちが沈黙した。
その旋律は波のように広がって、村人達の胸に、脳裏に染み込んでいく。
「さあ。今度は、あなたたちの番です。」
みんなが沈黙する中、最初に声を出したのはアルスだった。少年の細く澄んだ声が、私の律が教えた律をなぞる。
たどたどしい。だが、確かに呼応していた。
律が彼の中に反響し、村の空気にわずかに律動を生み出す。確かに、それは律歌となっていた。
次に、老いた農夫が口を開いた。
それに続いて、少女が、老婆が、一人、また一人と律を紡ぎ出していく。
次々と響きの連鎖。音が音を呼んで、律が律を誘い、やがて村全体が一つの旋律を奏でていた。
――共鳴
村全体で奏でる一つの旋律。それは風の音、木々が揺らぐ音…すべてと共鳴していた。
私は目を閉じた。村全体で奏でる律が私の中に届く。生まれたばかりの律が、脈打っていた。
ふと、アルスが近づいてきた。彼の瞳には涙と、狂信者特有の輝きがあった。
「……ソナス様。今、母の病のときに聞いた律が、僕の中に、はっきりと響きました。」
「ええ。それは貴方がこの律を受け取る器だから。」
私は、彼の胸元に手を当てた。その中には、すでに律の核が灯っている。
「君は、いつかこの世界を導く声を持つ者となる、」
「……僕が?」
「そう。私の代弁者として、律を奏で、広める者に。」
彼は驚きながらも、ゆっくりと頷いた。
その夜、村には篝火が焚かれた。
だれもが歌い、踊り、互いの声を確かめあった。それは祝祭だった。
神が、旅人が、この村を選んだという歓喜。
そして、初めて自らの声が世界に干渉できると知った人々の、芽生えの夜だった。
私は篝火のそばで静かに耳を澄ませた。
人々の律が、まだぎこちないながらも、確かに息づいていることを感じながら。
(この音が、世界を変えていく)
私はそう確信していた。
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